第33話 不和

「くそっ!」


室内に響く怒りの叫び声。

同時に物の壊れる音が。


声の主の名は『ジャスティスヒーロー』の主人公、レイヤ・ガーディアン。

そして響いた破壊音は、彼がテーブルに拳を叩きつけて真っ二つにへし折った際の音だ。


レイヤは荒れていた。

声を上げ、物に当たり散らかさずにはいられない程に。


「レイヤ、少しは落ち着いて」


白いローブを身に纏う金髪の女性――エリン・ポロンがなだめる様にレイヤの肩に手に置く。

だが彼はその手を、乱暴に払いのけた。


「落ち着いていられるかよ!やっと……やっと見つけたんだ、姉さんの仇を……それなのに……」


あと一歩。

剣を振り下ろしてさえいれば、愛する姉の仇が討てた。

そう、本当に目と鼻の先だったのだ。


だが叶わなかった。


突然の爆発音と、煙幕。

それに惑わされた彼は、剣を振り下ろす事が出来なかったのだ。


そしてまんまと逃げおおされてしまう。

憎きエヴァン・ゲリュオンに。

しかもその行方は、自らの特別な魔法を以てしても探しだす事が出来ない状態。


その手に掴みかけていたのに、零れてしまった。


レイヤは自分の間抜けさに。

そしてままならぬ世の理不尽に。

身を焦がす程の怒りで、今にも狂ってしまいそうだった。


「「……」」


下手に慰めの声をかけても逆効果。

それが分かっているから、仲間達もただ静かに彼が落ち着くのを待っている状態だ。


「くそっ!だいたいなんで見つからないんだ!!」


レイヤが怒りに任せて、椅子を蹴り飛ばす。

彼のみが扱う事の出来る魔法――悪を見つけ出す魔法は、何故かエヴァン・ゲリュオンを捉える事が出来ない。

それはメエラが妨害した結果なのだが、それを知らないレイヤは、その事実に更なる焦燥感を募らせる。


「くそっ!くそっ!くそっ!!」


手当たり次第に、目につく物に怒りをぶちまけるレイヤ。

テーブルを、椅子を、カウンターや床を破壊して、それでも止まらず雄叫びを上げる。


そこはレイヤ達――『ジャスティスヒーロー』の面々に貸し切られている街の宿で、働く従業員達は、食堂から聞こえて来る雄叫びと破壊音に震え上がっていた。

普通なら、即座に憲兵に通報されてしかるべき状態だ。

だが貸し切っている相手が国に所属するエージェントであり、更に、すべて弁済する事を先に伝えられていたから大きな問題とならずに済んでいる。


「はぁ……はぁ……」


散々暴れて疲れたのか、レイヤの息が上がる。

周囲はボロボロを越えて倒壊寸前で、下手をすれば立て直す必要すらあった。

国の特殊部隊である自分達の財布を預かるサンダース・グンスーは、その手痛い出費に大きく溜息を吐く。


「少しは落ち着いたか?」


「……」


仲間の言葉に、レイヤは返事を返さない。

だが怒りに喚かないのなら、もう十分落ち着いただろう。

そう判断した大男――ドノー・グラシアスが、疑問に思っていた事を口にする。


「なあ、レイヤ。あの男。あれは本当に――エヴァン・ゲリュオンだったのか?」


と。


これは、レイヤを除くジャスティスヒーローの面々全てが思っていた事だ。

エヴァン・ゲリュオンは大量の殺人を犯している人物で、レイヤの姉であるヘレナもその凶刃に倒れている。

誰が考えても、文句なしの大悪党。


だが、ジャスティスヒーローの面々との戦いで、エヴァンの凶悪さは感じられなかった。

それどころか――


「何が言いたいんだ?」


レイヤがドノーの言葉に、険を帯びた視線を向ける。

明らかに、何を言っていると言わんばかりの目だ。

だがドノーはそれを軽くな受け流し、言葉を続ける。


「あいつは俺達を殺そうとしてなかった。噂に聞く、大悪党が俺達の命を気遣うかって話だ」


――そう、エヴァン・ゲリュオンはダンジョン内の戦いに置いて、ジャスティスヒーローのメンバーをその手にかけようとはしなかった。


戦いは確かに終始優勢な物だったが、もし彼が殺意を持って行動していたなら、仲間の何人かは命を落としていた可能性が高かっただろう。

その事は怒りで目が曇っているレイヤ以外、この場にいるの全員が認識していた。


だから疑問が出たのだ。

あれが、あの時戦った男が本当にエヴァン・ゲリュオンだったのか、と。


「ふざけるな!あいつはエヴァン・ゲリュオンだ!ヘレナ姉さんの仇の!!魔法でもはっきりそう出ていた!!」


レイヤはノートンの疑問に――仲間達の疑問に激高する。


彼の魔法は悪を見つけ出す。

それは同時に、その人物の情報つみをも浮き彫りにする物だ。

その中にレイヤはハッキリと見た。

義理の姉であり、育ての親に等しいヘレナの殺害の情報を。


だからあれは間違いなくエヴァン・ゲリュオンなのだ。

姉の仇に間違いない。

なのに仲間はその事を疑っている。

その事実が、彼の収まりかけた怒りの炎を再び燃え上がらせた。


「じゃあなんであいつはミコトを殺さなかった?」


せっかく落ち着いて来たのに、またぶり返してしまったな。

そう考えつつも、口にした物は仕方がないと、ドノーはその話を続ける。


何故なら、あれがもしエヴァン・ゲリュオンでなければ、自分達は全く関係ない人間を殺そうとしていた事になるからだ。


そこをなあなあで済ませる訳にはいかない。

彼らは悪をくじく、正義を貫くための集団なのだから。

間違いは許されないのだ。


「それは……」


他の状況はともかく、ミコトの事は決定的だ。

デバフで無力化された彼女に、エヴァン・ゲリュオンが攻撃を仕掛けていれば間違いなく命を落とす事になっていただろう。

それを妨害する術は、レイヤ達にはなかった。


だが、エヴァン・ゲリュオンはそれをしなかった。

明らかに人を殺す事を嫌ったのだ。


それまで大量の人間を手にかけて来た悪党が、そんな事を嫌うはずはない。

敵の頭数を減らすチャンスを、棒に振る訳がない。


そのため、怒りに目の曇っているレイヤであっても、そこを指摘されれば言葉を詰まらせるしかなかった。


「レイヤ。俺は――俺達はお前を信じてる。けど、お前の使う魔法まで無条件に信じるつもりはない」


レイヤの魔法は、彼だけが扱える物だ。

他に類を見ず、扱える者がいない。

それは間違いなく、特別な魔法だ。


だが誰も扱えない特別な魔法だからこそ、疑問の余地が生まれる。

広く普及している魔法では、起こりえない疑問。

それは――


その効果が確かな物かという疑問だ。


攻撃系なら、見た目でその効果がはっきりとわかる。

だが、情報系の魔法は周りからその効果がはっきりとは見えない。

そのため、術者が嘘をついていたとしても、結果がハッキリするもの以外は確認しようがないのだ。


もちろん、ドノー達はレイヤが自分達に嘘を言っているとは思っていない。

嘘を吐く理由などないのだから。


だが彼の扱う魔法が、実は彼の思った物と違う、ずれた効果だったとしたら?


魔法の効果を誤って認識していたのなら、当然その結果も誤った物になる。

ドノーはそれを疑っているのだ。


「俺の魔法が間違っているとでもいうのか!?」


「普遍的な魔法なら、その仕様はハッキリする。効果に認識のずれがあっても、多くの人間が使えば、自然とそこは浮き彫りになって来るだろうからな。だがレイヤの魔法はレイヤにしか使えない。魔法に対する認識のずれがあっても、気づけていない可能性が高い」


「それだけを信じるのは、確かに危険かもしれませんね」


ドノーの言葉に、赤いローブを身に纏った少年――エクス・マギナが同意する。

彼は最年少で魔法学園を卒業した、天才少年だ。

属性が炎であるため専門は炎魔法だが、それ以外の魔法に関する知識や感性も、他とは比べ物にならない程高かった。


「現に……エヴァン・ゲリュオンを突然見つけたかと思ったら、今度は見つけられない訳ですし」


エクス・マギナの言葉に、青いローブを身に纏った少女が追従する。

彼女はフラン・マギナ。

エクス・マギナの双子の妹で、属性は風。

彼女も兄に負けず劣らずの、魔法の天才である。


「それを説明できるかい?」


「それは……」


エヴァンを突然発見できたのは、世界の強制力。

そして見つからないのは、メエラによる妨害の為だった。

だがその事実を知らない者達からすれば、レイヤの魔法はとても不安定な物に映っただろう。


だから疑う。

彼の魔法。

その効果を。


「その理由は分からない。だが……確かに出ていたんだ!あいつがエヴァン。ゲリュオンだと!!」


レイヤのみは、自分の魔法を信じていた。


だから生まれる。

認識のずれ。

軋轢が。


「くそっ!!」


仇を討てなかった怒り。

自身の扱う魔法を疑う仲間達の視線。

それらの要素がレイヤの心を苛み、膨れ上がる。


――彼の持つ闇の属性が。


それはもう一つの属性である光を塗り潰すかの様に、確実にレイヤの中で広がっていく。

そんなレイヤの変化を眺め、遥か遠くでほくそ笑む者がいた。


その者の名は――


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