第10話 狂戦士化

「成程」


少年の名はゴンザ。

現在彼の妹――カニカは、病気で死にかけている状態だそうだ。


「妹が死ぬ前に、せめて最後に大好きだったあの店のパンを喰わせてやろうとしたって訳か」


いやそんなもんより薬だろと、そう思わなくもない。

だが薬品類なんかは店頭に並んでいないので、簡単には盗めない様になっている。

しかもどういった病気かもわからないので、有効な薬も分かっていない。


ゴンザがせめて妹を喜ばそうとパンを盗もうとしたのは、子供なりの精いっぱいの行動だったのだろう。


「盗みで見つかったら、もうあの店には近づく事も出来ない……俺、妹に何もしてやれ……うっ……ぐぅ……」


ゴンザがすすり泣く。

死にかけている妹の為に何もできない事が、悲しくて悔しいのだろう。


まあパンを持って行ったからって、死にかけの妹がパンは食えないとは思うが……


いやまあ、そう言う野暮な突っ込みは勿論しないぞ。


「ゴンザの妹の居る所に連れてってくれるか?俺なら、ひょっとしたら治してやれるかもしれない」


「――っ!?ほ……ほんと?」


俺の言葉を聞き、ゴンザが目を丸める。


「絶対とは言えないけど、たぶんな」


この世界の病気は、魔法でも治す事が出来た。

まあ物によっては、かなり高レベルの物が必要になって来るが。


因みにゲリュオンは、闇以外では高度な魔法は使えない。

闇魔法なんかに、病気を治す物なんてなさそうだと思うだろ?

だが裏ワザ的な使い方をする事で、大抵の病気を治す事が可能だった。


その魔法の名は――狂戦士化バーサクだ。


狂戦士化なんか、どう考えても病気と関係ない様に思えるだろ?

けど狂戦士化には、身体能力を限界以上に高める効果がある。

そしてここでいう身体能力って言うのは、免疫能力も含まれていた。


つまり、限界を遥かに超えた免疫力を得る事で病気を克服させるって訳だ。

もちろん、暴れない様に拘束や睡眠魔法で大人しくさせる必要があるし。

バーサク中は勝手にダメージが発生するので、それの回復も必要になるが。


まあだが、病気はこれで大体が治る。

物語終盤、主人公のレイヤがメインストーリーのイベントでこの方法を使って、ある街を救った際に明言されているからな。


因みに、レッカの病気もこれで治せただろうと思われる。

まあ他に治す手段があったみたいだから、メエラにはその事は言わなかったが。


「取り敢えず、案内してくれ」


「わかった!こっちだよ!!」


俺はゴンザに連れられ、彼の妹の場所に連れていかれる。

そこは人の気のない空き地で。

壁にボロボロの木が何本か立てかけられている内側に、ゴザの上で少女は寝かされていた。


「カニカ!」


「ごんざ……おにぃ……ちゃ……」


少女がゴンザの声で目を覚まし、朦朧もうろうとした声で兄の名を呼ぶ

熱がある為かその顔は酷く赤く、体のあちこちには黒いシミの様な物が広がっていた。


……確かにこれはやばそうだ。


医術の心得などないが、放っておけば少女の命が長くない事は素人目にも明白である。


「癒術師さんを連れて来たぞ!」


癒術師と言うのは、怪我や病気なんかを治す仕事を請け負う人物全体を指す言葉だ。

まあ医者の様なもんである。


「ゆ……じゅつ……し……さん?」


「ああ、君を治療する。今から君を寝かせるから、目を覚ます頃にはすっかり良くなってるよ」


「は……ぃ……おねが……します……」


本人の承諾を得たので、俺は早速準備に取り掛かる。

まずは呪文を詠唱し、闇魔法で彼女を眠らせた。


「スリープ」


「……」


カニカの意識が飛んで、その瞼が閉じた。

魔法による昏睡なので、時間経過か回復魔法をかけない限り、彼女が目を覚ます事はない。


「ゴンザ、治療のためにちょっとあれな状況になるけど俺を信じてくれ」


「う、うん……」


「何だったら、お前も寝とくか?起きた頃には、妹は元気になってるだろうし」


「ううん。いい」


気を利かせて尋ねたが、ゴンザは首を横に振る。

まあ俺の事を信用しきっていないのに、自分まで寝るって選択肢を拒否するのは当然だから仕方がない。


「わかった」


俺は長呪文を詠唱し、バーサクをカニカに使う。


因みに、バーサクは基本味方にかける用の魔法となっている。

敵に使うと、成功率が極端に低くなる仕様のためだ。


「ぅ……ああぁっ……」


バーサクをかけたカニカが呻き声をあげ、その体がビクンと大きく跳ねる。

昏睡が解けた訳ではない。

バーサクによる肉体の滾りたぎりによる物だ。


まあ超激しい寝返りや寝言みたいなものだと思って貰えばいいだろう。


「だ、大丈夫なの?」


ゴンザが不安げに聞いて来る。


「ああ、大丈夫だ」


「ううぅぅ……うぅぅ……」


その時、彼女の皮膚が裂け血が流れだす。

バーサクによる、自傷ダメージによる物だ。


「――っ!?」


血を見て焦ったのか、ゴンザが立ち上がろうとする。

俺はその肩に手をやり、無理やりそれを押さえた。


「落ち着け。大丈夫だから」


「で、でも……」


体をビクンさせながら全身から血を流す妹を見て、不安になるのも仕方がない。

が、邪魔されても事なので脅しを入れておく。


「邪魔されてもかなわないし、俺が信じられないなら強制的に寝かせるぞ」


「う……分かった」


「よし、じゃあ座ってろよ。シャインヒール」


俺はバーサクによるダメージを回復させるため、カニカに回復魔法をかける。

程なくして、彼女の全身に広がっていた黒いシミが消えていくのが確認できた。


「よし、これで大丈夫だ」


全身から全て消えたのを確認してから、俺は状態異常回復の魔法をかけてカニカのバーサクとスリープを解除する。


「偉いぞ」


治療時間は10分程と長くはなかった。

が、苦しむ妹が全身から血を流す姿を見守っていたゴンザには。酷く長く感じられた事だろう。

そんな治療を最後まで目を逸らす事なく見守っていた彼の頭を、俺は撫でてやる。


「ほ、本当に……本当に妹は治ったんですか」


「ああ、大丈夫だ。じきに目を覚ますはずだ」


「あ……ありがとうございます。ありがとう……ございます」


ゴンザが喜びから涙を流し、感謝の言葉を口にする。


確認すると、カルマ値はマイナス592になっていた。

プラス45とか美味すぎる。


正にウィンウィン。

こっちこそありがとうだ。

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