第7話 悪食

「あ、あった!」


何度か蛇の魔物に遭遇して、その度にメエラがキャーキャー喚く事にはなったが、ケテル草は比較的あっさり見つける事が出来た。


レア度高めの薬草ではあるが、大蛇が生息しているこの辺りは人の出入りが極端に少ないないからな――超レアの薬草がとれる冬場を除き。

そのお陰だろう。


メエラが手早く薬草を採集する。

カルマ値を確認すると、マイナスが666になっていた。

助けた時より増加値が多いのは、さっきのは実はたいしたピンチじゃなかったって事なんだろう。


しっかし、1時間程度で10も増えるんだから人助けは猛烈に美味いな。

この調子で人助けしまくれば、あっという間に……


と言うのはまあ無理だ。

指名手配されている身としては、人の多い街中でそう言った手助けを必要とする人間を探す様な行為は難しい。

外に至っては、そもそもそんな人間転がっていて遭遇する方が稀だろう。


そう言う意味で、今回は完全にラッキーだったといえる。


「よかったな」


「はい、ありがとうございます!これもヤマダさんのお陰です!!」


この体の名前は、エヴァン・ゲリュオンだ。

が、極悪な山賊として指名手配されている名前を使ったら、流石にメエラもその事に気付くだろう。

だから偽名を名乗っておいたのだ。


ま、本名なんだけどな。


偽名なのに本名。

これ如何に。

文字面だけで見ると、ちょっとしたトンチである。


「さて……ちょっと乱暴に扱うけど、少し我慢しててくれるか」


俺はメエラに近づき、片手でひょいと肩に担ぎ上げた。


「あ、あの……ヤマダさん?ひょっとして……」


「ああ、大蛇だ。しっかり掴まっててくれ。それと、折角とった薬草を落とさない様に」


「ひゃ、ひゃい!」


俺の目的で大蛇討伐。

その方法は当然だが、メエラに伝えてある。


――まずは、奴を沼から引き離す。


沼周りでそのまま戦うと、弱った際に沼に逃げ込まれてしまうからだ。

それを避けるため、まずは沼から離れた場所に奴をおびき寄せる。


幸い蛇系は執念深い性格をしているので、余程遠くまで逃げない限りは此方を追いかけて来てくれるだろう。


メエラを担いだのは、彼女が蛇恐怖症だからだ。

恐怖から、途中でこけられでもしたら目も当てられないからな。


俺は沼から遠ざかろうとすると――


「しゃーーーーー!」


此方の動きに反応し、少し離れた場所――沼の中――から、奇声をあげて大蛇が飛び出して来た。


「ぴゃああああああああ!!!」


その巨大な姿を見て、メエラが可愛らしい絶叫を上げる。


今日一の声量だ。

まあさっきまでの蛇は、体長6から7メートル程度。

それに対して大蛇は、軽く体長20メートルはあるからな。


メエラ所か、俺さえ一飲みに出来るサイズ。

そんな奴が凄い勢いで向かって来るのだ。

蛇恐怖症じゃなくても、絶叫するレベルである。


「ぴゃああああああああ!!!」


メエラの悲鳴は続く。

正直、五月蠅くてかなわない。

怖いのは分かるが、口は閉じててもらえると有難い。


まあ少しの辛抱だから我慢するけど。


「よし、ここでいいな」


沼からそこそこ離れた位置。

草の生い茂った開けた場所で立ち止まり、俺はメエラを素早く降ろす。

そして踵を返して、追いかけて来る蛇に向かって突っ込んだ。


メエラの側で戦うと、彼女を巻き込んでしまう。

そうならない様にするためだ。

まあドワーフなので、ちょっとぐらい攻撃を喰らっても大丈夫だとは思うが。


「ハイパージャンプ!」


俺は大蛇と接触する直前で、特殊能力のハイパージャンプを発動させて大きく飛ぶ。

一瞬で体が急上昇する。

その跳躍は軽く10メートルを超え、そして頂点から重力に従って俺は蛇の真上に落下していく。


「デビルクラッシュ!!」


俺はスキルを発動させ、両手に握った斧を落下の勢いと共に大蛇の胴体に叩き込んでやる。


これはゲーム内で、主人公達との戦いでゲリュオンが使ってくる必殺コンボだ。

後衛どころか、前衛ですらこの一撃を受けると戦闘不能になる程高威力になっている。


「きしゃああああああ!!」


俺の必殺コンボは鱗を容易く切り裂き、肉を抉って大蛇の背骨まで届く。

流石に胴回りが太いので切断とまではいかないが、これで相当なダメージがはいったはずだ。

その証拠に、大蛇は痛みに暴れまくっていた。


俺は素早く奴から距離を取る。


「さて、回復は封じさせて貰うぜ」


この手の大型の魔物は、自然回復能力を備えている事が多い。

この大蛇にも当然それは備わっており、今受けたダメージも、放っておけば徐々に回復してしまうだろう。


まあ短期決戦で終わらせる予定なので誤差ではあるのだが、封じておいて損はないだろう。


回復の呪言グロブスヒール!」


素早く魔法を詠唱し、俺は闇属性の魔法を大蛇に入れる。


デバフとは、相手にマイナス効果を発生させるスキルや魔法の総称だ。

グロブスヒールは相手の受ける回復間補法の効果を大幅に下げ、自然回復効果も著しく低下させてる効果のあるデバフ魔法となっている。


通常デバフ魔法は相手の抵抗力や、此方の魔力次第で成功率が変わって来るのだが、

この魔法は実質敵専用であるためか必中となっていた。


「しゃああああああ!!!」


大蛇が怒りに任せて、その巨大な尻尾を俺に向かって振り回して来る。


「パワースラッシュ!」


大蛇の巨体から繰り出されるパワーは大したものだが、エヴァンのパワーはそれを上回る。

俺はそれを躱さず、攻撃スキルでそれを正面から受け止めはじき返した。


「やっぱこっちじゃ、思ったほどダメージ出ないな」


パワースラッシュは振り回す系の武器全般で使える、凡庸攻撃スキルだ。

特殊性質である悪鬼のみが扱えるデビルクラッシュに比べ、その威力はかなり低い。


なら何故、強力な方のスキルを使わなかったのか?


それは簡単な理由である。

ゲーム用語でいう所の再使用時間クールタイムが、このゲームのスキルにあるためだ。


スキルにはそれぞれ固有のクールタイムがあり、強力なスキル程これが長く連射出来ない様になっていた。


「ま、とは言え……これぐらい通れば十分ではあるが」


斧の一撃を受けた尻尾は鱗が砕け、肉まで抉れている。

必殺コンボ程ではないが、削りには十分だ。


「ぎしゃああ!!」


大蛇が今度は頭から突っ込んで来る。

直前で奴は状態を起こし、そのまま頭上から俺を丸呑みにしようと襲い掛かって来た。


俺はそれをギリギリで躱し、奴の頭部にスキルを喰らわせてやる。


「デビルハンド!」


デビルハンドは素手でのひっかき技だ。

ひっかきと聞くと弱そうに思えるが、威力はデビルクラッシュよりやや弱い程度なので十分強力だ。


まあ素手での攻撃になるので実際の威力には結構な差が出てしまうが、その分このスキルにはプラスアルファの効果があった。

毒・動きの鈍る麻痺などのデバフが確率で発生し、更に与えたダメージの3割俺のHPを回復させてくれるのだ。


残念ながら今の一撃でデバフは発生しなかったし、HPも減ってないから回復も無意味ではあるが、ダメージはそこそこ入っている筈なので良しとしよう。


「しゅうぅぅぅぅ……」


態勢を立て直した大蛇が鎌首をもたげ、憎々し気に俺を睨みつける。


「悪いけど、お前じゃ何をどうやっても俺には勝てねーよ」


俺の言葉を理解した訳ではないだろうが、大蛇は大きく向きを変えて逃亡を図る。

ハイパーステルス自体は効いているが、流石に今の一連の攻撃で自分では勝てないと判断したのだろう。


危なくなったら即退散。

賢い判断ではあるが、それをさせないため態々沼から引き離したのだ。


「逃がすかよ!デビルブーメラン!」


逃げる大蛇に斧をスキルで投擲。

と同時に、奴に向かって俺は駆けた。


投げた斧が直撃し、その肉を引き裂いた。

その痛みから、奴の動きが止まる。

俺は戻って来た斧をキャッチして、跳躍した。


ハイパージャンプだ。

そしてその状態で繰り出すのは、クールタイムの終わった例のスキル。

そう、デビルクラッシュだ。


「貰ったぜ!!」


一撃目で大きく抉った位置。

そこに寸分たがわず、二発目を叩き込む。

その一撃は今度は骨を断ち、奴の胴体を完全に分断した。


「ぶぅぅぅ……」


寸断された蛇がその場に崩れ落ちる。

だが奴はまだ死んでおらず、その状態で俺を睨みつけている。


その瞳からは明確な憎悪を感じるが、奴はもう虫の息だ。

ヒューヒューと口で荒く呼吸するだけで、それ以外は身動き一つしない。


「ふむ……」


俺はチラリとメエラの方を見た。

彼女は顔を両手で覆い、草むらでしゃがみ込んでいる。


「メエラは見てないし、喰っとくか……」


エヴァン・ゲリュオンには、特殊性質増悪の身が持つスキル――悪食があった。

これは生きた生物を喰らう事で、その生物のスキルを一定確率で習得するという結構えぐい効果を持っている。


……雑魚どもはスキルも糞もないから無視したが、この大蛇にはスキルがあるからな。


「生肉に噛り付くとかあんま気は進まないけど……」


幸いなのは、悪食の効果で腹を壊す心配はない点だ。

俺は顔を顰めつつも、切断部分から大蛇の肉を斧で切り落として口に放り込む。


「む……案外悪くないな」


口に入れた蛇の肉は、マグロの様な味だった。

特に臭みやエグミもない。

残念な点をあげると、刺身の様にしょうゆで味が付いていない事ぐらいだ。

お蔭で若干薄味。


「もぐもぐもぐもぐ……」


腹が減っていたのもあってか、食が進む。

切っては喰い。

喰っては切る。

それを繰り返していると、いつの間にか結構な量を喰ってしまっていた。


たぶん、人間一人分ぐらい軽く喰ってるよな?

その質量はどこに消えたのか謎だ。


確認すると大蛇は既に死んでおり、俺は新たなスキル――危機察知を習得していた。

後、カルマ値も9ほど増えてマイナス657になっている。


★☆危機察知☆★


自分を殺しうる敵対関係の相手が一定範囲に入ると、それを感知する事ができる。


☆★☆★☆★☆★☆


「ゲェップ……」


もう死んでいるので、これ以上喰う意味はない。

俺は口元についた血を拭ってから、震えて座るメエラへと声をかけた。


「終わったぞ」


「え?も、もうですか?」


メエラが恐る恐る目を開き、地面に転がっている大蛇を見てギョッとした顔になる。


「す、凄いです。あんな大きな魔物をこんなに簡単に倒しちゃうなんて……まるでおねぇちゃんみたい」


道中で聞いた話だと、この時点でレッカのレベルは60近いとの事。

彼女の高い戦闘の資質を考がえると、下手したら俺も普通に負けかねないレベルの差である。

出来れば、敵としては出会いたくはない物だ。


「ははは、そいつは光栄だ。ま、お互い用事も終わった事だし、街まで送るよ」


「何から何までありがとうございます。ヤマダさん」


俺は街の近くまでメエラを送って、そこで別れた。


彼女には是非お礼をしたいと粘られたが、断っている。

大きな町なので、指名手配されている身でよるのは不味いからだ。


「ふむ……このままじゃ活動しにくいよな」


顔丸出しだと、食料の買い出しなんかも出来やしないからな。

顔を隠す事の出来る、フードなんかが欲しい。


「メゲズが近いし、あそこに行ってみるか」


此処から東に行った所に、メゲズという治安の悪い小さな街がある。

悪人御用達しみたいな場所だ。

そこでなら、簡単に憲兵に見つかったりもしないだろう。


そう決めた俺は、東にあるメゲズのへと向かうのだった。

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