32.無関係を装って。

 その後はと言えば、俺と星咲ほしざきは別々に教室へと戻っていった。本当は同じタイミングに談話室を出て、同じ場所へと戻るのだから、一緒に行くのが普通なのかもしれないが、星咲から、


「ちょっとタイミングずらして」


 と要求されたので、それに従うことにした。


 いや、まあ、最初は抵抗しようと思ったけどね。


 ただ、ホームルームの時間に面談が行われたこともあって、一限の開始まではそこまで時間がない。そのあたりの事情を後から説明すれば情状酌量が働く気もするのだが、それは星咲のような毎日きちんと通っている優秀な生徒にのみ存在するものであって、わざわざ出席日数を計算して出ているような俺みたいな舐め腐った学生には適用されないのが常だ。


 しかも今日の一限を担当している教師は、何故か俺を目の敵にしている。


 本当はこいつの授業を聞く機会を出来るだけ少なくしたいし、俺もそうやって計画を練っているのだが、出席日数に関する規定に「全教科一定数出席すること」みたいな、クソ下らないものがぶら下がっているため、仕方なく、他の教師が比較的めんどくさくない今日こと火曜日を基本的には登校日に設定している。


 この日は隠善いんぜんの授業も入ってるしな。アイツの独特過ぎる授業は俺からすると大分楽しくて、出席日数を稼ぐ以外の意味で、学校に出向く数少ない意義となっている。


 と、まあ、そんなわけで、星咲様は俺と一緒に教室に戻るのが嫌。加えて俺も、一限に遅刻して、融通も聞かないクソ教師に計画が狂わされるのも嫌。俺たちにしてはかなり珍しい利害の一致があり、星咲側の要求を素直に飲む形で、時間差をつけて戻るという恰好になったのだ。


 ちなみに、その時あまりに俺が素直なので、星咲が「何か企んでいるんじゃないか」と疑問に感じるという、心の底から無駄な時間があったが、何とか言い聞かせた。


 まったく。そんなとこで一体俺が何を企むんだよ。ちょっと考えれば分かるだろうに。疑心暗鬼が過ぎるんだよな。ま、その状態にしたのは俺なんだけど。


 その後は俺からすれば比較的騒がしい一日だった。教室に戻った後は、前の席に座っている同級生が、俺にひっそりと、


「ね、何があったの?」


 と聞いてきたりしたのだ。実にめんどくさいことだ。そんなこと、俺じゃなくて、色々語ってくれそうな星咲に聞けよと思ったし、実際に言いもしたのだが、


「いや、星咲さん、ちょっと近寄りがたくって……」


 と返されてしまった。それじゃ俺は近寄りやすいのかとか、体よく情報源に使うなとか、様々な返しが思いついては消えていったものの、結局「こいつ多分追い払っても、何度も諦めないで聞いてくるな」という俺の直感もあり、大まかなことのあらましを説明してやった。もちろん、俺と二見ふたみ、後ついでに星咲びいきの情報だけを入れた、偏向報道だ。


 ま、そもそも偏向してるとも思ってないけどな。これが事実だ。三匹はゴミで、星咲はめんどくさい寂しがり屋。二見は俺の幼馴染だからたまたま巻き込まれただけで、俺はちょっとした気の迷いで首を突っ込んだせいで、面倒なことに巻き込まれた悲運の被害者。それが事実。


 三匹に聞けば、そんなことはないと吠えるだろうが、そんなものは知ったことか。賛否両論だの喧嘩両成敗なんてのは、建前だ。実際にはどっちかが加害者で、どっちかが被害者。ま、その加賀者がどこかで被害者だったりもするんだけど、それはまた別の話だ。


 と、まあ、そんなわけで、俺の側から見た事実を伝えてやったのだが、それを聞いた同級生の反応はと言えば、


「へえ……神木って結構面白いのな」


 意味が分からなかった。というか、実際に「意味が分からん」とも言った気がする。だけど、そいつは全く取り合わずに、改まった自己紹介までしていた。


 名前は……なんだったかな。もう忘れた。ま、必要なら二見にでも聞いておこう。アイツ、そういうのはきちっと覚えてる質だからな。その割には帰宅部だけど。なんか部活動入ればいいのに。喫茶二見の手伝いがあるから駄目なのかね。


 そんなわけで、一連の騒動は、俺の周りをちょっと騒がしくはしたものの、俺目線ではそんなに大きな変化をもたらさず、「面倒くさいことに巻き込まれた思い出」として、脳内に収納され、そのまま忘れていくはず、だった。

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