29.「流行ってる作品理解してる私超凄い」ってやつ。

 俺はターゲットを変更し、


「伝わり切らないねえ……」


「な、なんだよ」


「ちょっと話がそれるけど、お前、数年前に流行ったあの、入れ替わりもののやつ、見に行った口か?」


「そんな曖昧な表現じゃ分からねえよ」


 それに対して、二見が横から、


「多分、「あなたの名」のことを言いたいんだと思います」


「ああ」


 あなたの名。


 少し前に流行って、社会現象にまでなったアニメ映画だ。内容的には割とシンプルなボーイミーツガールのSFで、出来が良いには良いけど、俺からすればそこまで盛り上がるような作品では無かった。ところが、それがまあ、とんでもないメガヒットになり、しかも、リピーターまで生み出し、ちょっとした社会現象にまでなったというものだ。


 そんな作品をボス猿は、


「見たよ。それがどうかしたっての?」


「そうだな……お前はあれを何回見に行ったんだ?」


「えっと……」


 ボス猿は指を折りながら数え上げたのち、


「五回かな」


「それはなんでだ?」


「それは……面白いと思ったから」


「なるほどな。確かに面白いと思った作品を何度も見る。あり得る話だ。ただ、本当にそれだけか?例えばネット上の考察記事とか、動画を見てから、もう一回見て、確認したりはしていないか?最初は正直そこまでピンとこなかったけど、何度も見るうちに面白いと思うようになっていったとか」


 ボス猿が一歩後ずさり、


「な、なんで知ってるんだよ」


 ビンゴだ。


 アキレス腱を見つけた。


 隣で二見ふたみが「わあ、悪い顔」という感想を口にしていたが、完全無視し、


「と、言うことはだ。お前は最初の一回で、作品の内容をきちんと理解しきっていなかったことになる」


「い、いいだろ。難しかったんだから……」


 俺はここぞとばかりに踏み込んで、ボス猿の顔を覗き込み、


「じゃあ何故、星咲ほしざきの描いた漫画も、何度も読まなかった?」


「そ、それは……」


 俺は再び距離を取り、既に大分多くなった聴衆(恐らくは同級生)に対して語り掛けるようにして、


「そうだ。お前のような人種はいつだってそうだ。自分が理解できるから面白い。理解できないから面白くない。自らの理解能力が足りないかどうかというチェックはしない。そのくせ、流行ったもの、社会現象となったものは、理解出来ないと、理解出来るようになるまで、何度も精査する。それだけならまだいい。それどころか、正しいのかどうかも分からない自称・評論家様の描いたそれっぽい考察シナリオを読み。それをなぞることで理解した気になり。何度も見て、確認し、いつしか「大して響いていなかったはずの作品」に対して、「凄く面白い作品」だとか「歴史を変える名作」などとほざきだす」


 俺は再びボス猿の近くに歩み寄り、


「きっと貴様は流行っているという噂を聞きつけて見に行ったのだろう。だけど、理解が出来なかった。何が面白いのかが分からなかった。だけど、それでは「流行っているものが理解出来ない自分」が完成してしまう。そんなのは嫌だ。皆と同じ感動を味わいたい。そんな無意識から、必死に「作品名、スペース、考察」とネットで検索したに違いない。そして、大分分かった「気になった」貴様はそれから何度も映画を見に行き、そのどこの誰かも分からないような人間のありがたーい考察を、自分の理解にすり替え、作品の良さが分かったと良い、挙句の果てに、「何度も見ると良さが分かる」などと通ぶったことを言いだし」


「やめろ!!」


 言い切れなかった。


 ボス猿は、にじり寄ってくる俺を思い切り突き飛ばしていた。俺は一瞬あっけに取られた表情をした後、


「おやおや?これはひょっとして暴力かな?俺は別にお前に対して罵倒なんかをした覚えはないぞ。ただただ、お前の通って来た、実に分かりやすく、面白みのない現実リアルを想像し、語ったに過ぎない。だというのに、これはどういうことだ?暴力を振るうとは。怖いなぁ……こんな暴力女が同じクラスだなんて、俺耐えられ」


 その時だった。


「ほい、どいたどいた」


 いつの間にか出来ていたちょっとした人だかりをかき分けて、一人の男が顔を出す。


「おーら。何やってんだこんなとこで。そろそろホームルーム始めるから。席につけ、席に」


 担任だった。彼は俺らのことを一瞥し、


「そこの馬鹿六人。後で俺んとここい」


 俺ら全員を「問題児」として扱った。


 ……首、突っ込むんじゃなかった。 

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