21.主人公特有の難聴。
その証拠に、
「
「わお、我関せず」
実はずっと気が付いていたのだが、安楽城は途中から会話を離脱し、持ってきたタブレットで絵を描き始めていた。
もう既に慣れたので気にはならないが、本当に興味の無いことだと対応がそっけない。きっとこれが上下関係の厳しい部活動とか、無駄にやる気だけはある零細企業とかだと目を付けられるんだろう。
安楽城の過去については一切聞いたことがないし、知っていることと言えば、その漫画やイラストに対する熱意と、それ以外に対する興味のなさ。そして、俺よりも数歳は年上であることくらいだ。
年齢的には大学に通っていてもいいくらいだし、毎日のように喫茶二見に入り浸っているわけではないようなので、それ以外の時間はせっせと大学に通っていても不思議ではない。
その辺り、気にならないと言えば嘘になるが、安楽城自身が語ろうとしないので、こちらも聞き出すことなく今日にいたっている。向こうがどう思っているかは分からないが、俺としてはこのつかず離れずの関係性が割と気楽だったりする。
そんな安楽城は俺たちの視線を感じたのか、タブレットから顔を上げて、
「……何か用?」
「いや、なんでもない。今週の原稿は出来てるんだっけ?」
安楽城は無言で頷く。
つくづく、筆の早い奴だ。昨今は筆が遅すぎて、月刊誌に移ったくせに、そこでも間に合わなくて休載する漫画家だっているのに。
早いだけでは意味が無いが、安楽城の場合はクオリティも伴うからなお凄い。これで細かな伏線の張り方と回収の仕方が雑じゃなければ完璧なんだけど。まあ、そういう細かいことを気にしないからこその速さなのかもしれないけどね。辻褄があってるだけの凡作よりはよっぽどいい。世の中はきっと、そうじゃないんだろうけど。
「ね、ね。
「……それは、見たい」
「え、見たいんだ。意外」
安楽城は俺の方を見据えて、
「……良い感想を言えるなら、きっと書ける」
「そう、かなぁ?」
言わんとすることは分かる。話の良し悪しを見分けることが出来るのであれば、きっと、書く方としても一流だろう。だって、見分けられるんだから。
ただ、
「書くのと見るのでは違うぞ?」
「でも零くん、結構自信ありげだったじゃん」
「それは相手が相手だからな。あんなゴミみたいなシナリオに勝つだけならそんな難しくはないからな」
「……自信ないの?」
二見が俺を煽る、
ただ、こんなことは今までもあったことだ。俺はあくまで淡々と、
「自信がない、というよりもあんまり興味がないってだけだ。第一、シナリオだけ出来たからって何になる。あれはあくまで
「だったら作品にすればいいじゃない」
「言っとくが俺は絵は描けないぞ?」
「んじゃ、文章」
「その「漫画はハードル高いけど、文章なら誰でも書けるだろ」みたいなスタンスでの提案は、一部の人間が深く傷つきそうだから、よそではやらないようにしようね?」
「別に誰でも出来るとは思ってないよ。でも、零くんなら出来るんじゃない?だって」
俺は無理やり話を遮り、
「出来るとして、それをやるメリットが無いだろう。知ってると思うが、俺は面倒なことが嫌いなんだよ。はい、終わり終わり。ほら、そんなことより、伊万里さん。原稿はちゃんと提出したんですか?」
唐突に話を振られた
「え?え?あ、ああ、原稿?それなら大丈夫だよ。メールで送って…………」
自らのメールアドレスと確認し、
「えっと……えへへ♡」
「えへへ♡じゃなくて、提出しましたか?」
「提出してませんでした……(小声)」
「()」
「ちょっとー!「まるで成長していない……」みたいな目で見るのはやめてー!」
慌てる伊万里。その隣では安楽城が淡々と漫画を描き続ける。そんな中、ぽつりとつぶやかれた、
「……また逃げた」
耳馴染みのある。けれどどこか冷たい一言に、俺は最後まで気が付かないふりをした。
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