18.鈍感になれる奴にだけ転がり込むもの。
と、まあ、そんな下らない話はさておいて、
「ま、お前が何を目指そうが、そのために自分をどれだけ押し殺そうが、それは勝手だ、ただ、ひとつだけ。恐らくあの三匹は、お前の望む“青春”とか“高校生活”を提供はしてくれないぞ?」
「それ……は」
口ごもる
そう。
残念なことに、星咲が望むような学園生活はあの三匹と一緒に居ても訪れない。
これから三年間の星咲は恐らくずっと、自らを出せないままだ。場の空気という存在するのかも分からないような曖昧なものを必死に読み、存在しない感情を顔に貼り付けて、時には自らが
そうしていれば、彼女らと一緒に居られるから。彼女らと一緒に居られれば、クラスの中であぶれるようなことは無いから。
だが、それは、星咲が求めているような学生生活ではない。
友達と、あくまで対等に、時には腹を割って話し合う。そんな未来は、恐らく訪れない。
俺は、星咲のことをよく知らない。従って、こいつがどれほどの頭を持っているのかは分からない。ただ、周りに合わせて立ち回れていることを考えると、恐らくそれなりの頭は回るのだろう。
けど、それは無用の長物だ。
青春に、頭の良さはいらない。
頭が回れば回るほど、そこに横たわっている何の意味もない「空気」の虚無感に気が付くから。だからこそ、義務教育を経てきたのかも怪しいやつらでも人気者になれたりするんだ。
そこには厳密な基準なんてない。足が速かったり、頭がよければそれだけでモテていた小学生のような単純さは無い癖に、明確な基準が存在するかと言われると存在しない。
言語化出来ない感覚。それこそが星咲の求めている「学園生活」で、それは星咲のように、「頭で空気を読んで立ち回る」ような賢さのある人間には恐らく不向きで、
「お前が何をしようと、どういう高校生活を送ろうと俺には関係はない。だがな、星咲。これだけは言っておく。お前のしようとしていることは、お前の求める学園生活とは最も遠いところにあるものだ。あの三匹はお前がいくら凄い漫画を描いても「自分たちよりも劣っている人間が凄いことをしているから褒めて遣わす」のテンションから変わることは無い。お前があいつらの要望を受けて、断れてない時点で、その力関係は決まったようなもんだ。その上に、あんな面白くないものを持って行ってみろ。それこそ馬鹿にされるだけ」
「っ……!」
瞬間。
立ち上がった星咲が俺の胸倉を思いっきり捻り上げた。
恐らく怒鳴りつけたかったのだろう。しかし、それをすると、俺はともかく二見に迷惑が掛かる。他のお客に注目されるのも嫌だ。それらの感情をひとつひとつ天秤にかけていった結果、「ギリギリ許容出来るラインの行動」がこれなのだ。
確かにこれなら、星咲の陰に隠れて、俺の姿も、何をされているのかも分からない。音も大してしないから、よほど「何かありそう」という直感が働くような人間か、実はずっと俺たちの方を観察していたという変人しか気が付きようがない。
そんな状態のまま、星咲は暫く俺に、それはそれはびっくりするほどの苛立ちを込めた視線をぶつけてきていたが、やがて、一方的に手を放し、
「……帰る」
あくまで淡々と、鞄から財布を取り出し、小銭をテーブルの上に置いて、
「これで。おつりはいいから。それじゃ」
感情を無理やり押さえつけて二見に告げ、さっさと席を立つ。
「あっ……星咲さん!」
「……めんどくせぇ」
そう。
面倒くさいのだ。
人と人との関係性というのは実に面倒くさい。
「学校」という閉鎖空間ならばなおさらだ。
そんなものは存在しないはずなのに、いつのまにか存在する上下関係と、「この人が凄い」という空気感。一度醸成された空気はちょっとやそっとでは変化することはなく。文句を言おうものなら「和を乱すやつ」という認識で爪弾き。ただただ、意味のない空気を維持することに終始する。そして、そんなものなど存在しないと信じ込めるものにだけ、青春というものは転がり込んでくる。
俺は、小銭を無駄に綺麗に積み重ねながら、
「めんどくせぇ……」
もう一度、呟くのだった。
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