5.ほんのちょっとの見栄で。
「それで
「そう。だから、それ以降は特に見てねえよ、眼鏡は……まあ、流石に分かるだろ。目立つしな」
二見が、
「え、でも前私が眼鏡つけてた時には全くコメントしてくれなかったけど」
「あれは明らかに俺のツッコミ待ちだったろ。今時見ないぞあんな瓶底眼鏡」
今思い出しても酷かった。普段は裸眼で、目なんて欠片も悪くないのはよく知っているし、なんだったら時々それを自慢してくるくらいの二見が、漫画のガリ勉がつけてそうな、丸眼鏡(強烈にダサい黒縁のやつ)を付けてたら、そりゃ「あ、ツッコミ待ちだな」ってなるだろう。
そうなったら、こちらの取る行動は「突っ込まないで、羞恥心から言い出してくるのを待つ」に決まってるじゃないか。目には目を、歯には歯を、そしていたずらにはいたずたを。少なくともそれが俺と二見の関係性で、俺はそれにのっとったに過ぎない。
俺は総括するように、
「とにかく。俺がお前のピアスに気が付いたのはそういう意味だ。眼鏡はその時にかけてなかったのを知ってるから流石に分かる。そして、」
俺はにやりと笑い、
「この話で納得するってことは、お前は
星咲ははっとなり、
「そ、それはまた別の」
いつの間にか星咲の隣にいた二見がぽんぽんと彼女の肩を叩き、
「諦めなさいな。
「屁理屈とは失礼な。論理展開と言いなさい」
「こういうトートロジーだけは超一流だから」
「それ、意味分かって使ってる?」
二見の意味不明なマイペースさにほだされたのか、星咲が一つため息をついて、
「……内緒にして。お願いだから」
「で、対価は?」
「うわぁ流石、流れるようにして対価を要求するね」
「当たり前だろう。今時仲睦まじいカップルも、リベンジポルノで法廷沙汰になる時代だぞ。これだけの情報、何にも使わずにポイ捨てするなんてなんてもったいない」
星咲が実に軽蔑を込めた視線を向けつつ、
「最低ねアンタ……知ってたけど」
「おいおい、失礼だな。俺が最低なのはともかく、お前がそれを知ってたってのはおかしいんじゃないか?」
二見がぽつりと「最低なのはいいんだ」とツッコミを入れてきたが無視する。別に最低でいいだろう。人間だもの。
当の星咲は「なんでそんなことを聞くんだ」という感じで、
「そりゃあ……ねえ?だってあんた、友達いないでしょ?」
俺は噴き出して、
「ぷっ……この子、友達いないイコール最低らしいですよ、奥さん」
話を振られた奥さんこと二見は淡々と、
「いや、別に奥さんじゃないし……でも、流石にちょっと証拠不十分な感じがしますよね、検事さん?」
「だろう?どうだい、裁判長さん。いっちょこの女に、私の良さを教えてやってはくれないかね」
裁判長さんこと二見はしれっと、
「ほっほっほっ、やーだ」
「まさかの裏切り!?」
「何よこれ……」
星咲が途方に暮れる。良いぞ。そのまま自分が何に憤っていたかも忘れてしまえ。人間、驚いている時が、一番処理能力が欠落するからな。今ならば押し切れるだろう。
「と、言う訳だ弁護士さん。悪いがお引き取り願えるかな。私はこれから、チョーさんとじっくり話し合わないといけないんだ」
「誰がチョーさんだ、誰が」
「裏切りの街角!?」
チョーさんもとい二見はあくまで冷静に、
「いや、街角かどうかは知らないけど……流石にそれ、返してあげたほうがいいんじゃない?」
星咲の方を向いて、
「それで、星咲さんも。興味本位でって部分はあると思うけど、零くん。一応、落とし主が自分の知ってる作家じゃないかって確認するために中身を確認したところもあるみたいだし、多めに見てあげてよ。お礼はほら、なんか奢るとか。そんなんで、ね?」
この場をまとめにかかろうとした。流石幼馴染。このまま俺に主導権を握らせておくと、とんでもないことになるであろうことを良く分かっている。
ここから「うるさーい!俺はこの弱味で星咲になんでも命令するんじゃ―い!」とキレ散らかしてもいいにはいいし、それを止めたりはしないだろうけど、ここは幼馴染の顔に免じて、やめておこう。
「良かったな、星咲。
うんうんと頷く。それを見た星咲は疑問四割嫌悪感六割くらいの視線を向けつつ、
「は?意味わかんない……」
ま、分からないでしょうね。
というか、分かろうとしたうえで、嫌悪感を抱くな。不愉快すぎるぞ。
なにはともあれ、場は収まった。俺は手元にあった原稿を綺麗に整えた上でもと入っていた茶封筒に入れて、
「ほら」
「あ、えっと」
「なんだ、要らないのか?要らないなら、資源ごみに」
「要る!要ります!」
星咲は必死になって俺の手元からブツをひったくった。全く、それなら最初から素直に受け取ればいいのに。これだからツンデレのなりそこないは……
星咲は封筒から原稿を出したうえで、中身を精査し、
「ん、全部揃ってる、と。意外ね、あんだけごねたもんだから、一枚くらい無くしたのかと」
「おいおい、俺がそんなことするように見えるかい?」
二見が即答で、
「ううん。でも、無くしたことにして、一枚ちょろまかして、困らせるくらいのことはしそう」
「やめて、幼馴染特有の冷静な分析やめて」
まあ、ぶっちゃけ、俺のキャラからすれば、それくらいのことはしてもおかしくないかもしれない。けれどそれは、
「まあでも、それをするのは、もっと興味のあるものに対してだけだ。アレにそこまでの感情は無いな」
余計な一言、というのはこういうものを言うのだろう。
いや、実際言った瞬間「あ、ちょっとやっちゃったかな」という感じはした。
あ、この場合、流れ的には「また俺何か
「ちょっと、今のはどういう意味?」
星咲が俺に詰め寄る。声のトーンも一段くらい低い。
正直、誤魔化しても良かった。
ただ、俺はこの時、大分余計なことを考えてしまった。
星咲の絵は確かにうまい。漫画としての表現技法にも問題はない。そこだけならば俺からしても価値のあるものだ。
だけど、いかんせんシナリオが平々凡々。更には流行りに乗っただけのそれはそれは痛々しいものだ。
もしそれが。平凡でつまらないシナリオが良くなったらなら。そのきっかけが俺だったのなら。覇権作品の作家とつながりが出来ることになる。そうでなくとも、好みの絵で好みのシナリオが紡がれる漫画が一つ増える。俺の人生に、このクソみたいな世界に一つ、楽しみが追加される。その可能性に賭けてみる価値はある。そう、思ってしまったのだ。
結果として、おおよそ最悪な受け答えをすることになる。
「や、言葉の通りだ。俺からしたら価値が無いってこと」
「価値が無いって……」
「いや、厳密には違うな。絵は良い。絵は良いんだ。だけど、いかんせんシナリオがな。あれじゃ駄目だ。第一異世界転生ってのが気に食わない。どうせあれだろ?お前も「楽して無双超気持ちいい~」ってんだろ?お前、そもそもが無双チートみたいなスペックしてんのに、それでもまだ、無双したいんだな。強欲そのものだ。そうだ。強欲。その強欲さをもっと作品に」
言えたのはそこまでだった。
次の瞬間、俺は星咲に胸倉をつかまれ、持ち上がっていた。
「言ったわね!アンタ、それだけ言うってんなら、私よりも面白い話が書けるってんでしょうね!?」
「おお、出た出た。「それならお前がやれ」。そんな精神だから、あんなレベルの低い」
「そんなことはどうでもいい。今私は聞いてるの、書けるのか、書けないのか?」
正直言う。この時の俺にはそんな気持ちなんてなかった。
どころか、やってみたいという欲も無かった。
面白ければそれでいい。それが現実だろうと
だから俺はこの時、実に半端な気持ちで、「面白そうな方」に掛け金をベットしたに過ぎない。つまり、
「書けるさ。当たり前だろう」
見栄を張った。
その軽い気持ちが一体どんな現実を引き寄せるのか。この時の俺はまだ、分かっていなかった。
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