4.抜け道を探すには規則への理解が必要だ。
けれど、この日はいつもと違った。
カランカラン……
「おっ!ほら、お客さんだ。お客さんが来たぞ!休憩は終わりなんじゃないか?」
「そんなことより、ほら。ホントのところ、教えてよ。ねえねえ」
この時、
俺が強く出ていれば、
それ以前に、そもそも二見が半ば休憩に入るような形で俺につきっきりになっていなければ。
全てのたらればが、一つの結末へと収束していく。
その行きつく先にあったものは、
「すみませーん……私、さっきここに忘れ物を……あーーーーっ!!!!」
突然だった。
俺も二見も、びくっとして、声の主へと視線を向ける。
その主はと言えば、俺の方を見て、
「あ、アンタ、
「なんだまどろっこしいな。これがどうかしたのか?」
俺は手元にあった漫画の原稿を掲げる。すると、声の主──彼女はそれをひったくろう、
「っ……返せっ……オイ!」
とするが、すんでのところで、掴みそこなう。
何故かって?答えは簡単。俺が取れないように、避けたからだ。
通常ならまあ、そんなことはしない。こんなに焦り散らかさず、「あの……忘れ物をしたんですけど……」程度のテンションで来たのなら、俺はきっと素直に渡していただろう。もし漫画の内容が優れていたら、連絡先の一つでも聞いたかもしれない。優れていれば、の話だけど。
では、現実はどうか。
忘れ物こと原稿の持ち主はかなり慌てている。その上、俺から力づくで取り上げようとした。それだけでも、反射的に「取り合えず面白そうだから取れないようにしてやろう」という悪戯心が働いていたかもしれない。
けれど、今重要なのはそこじゃない。
忘れ物に対するスタンスとか、俺から強引に奪おうとしたとか、そんなことよりも重要なのは、
「お前……
「っ……ち、違いますけど?」
咄嗟に顔を覆い隠す星咲。
いや、今更無理だけどね?
星咲
俺と同じ学校……というか同じクラスに通う、言ってしまえば同級生。
成績優秀かつスポーツ万能で、本人が固辞したために実現しなかったが、生徒会役員へのお誘いもあった、なんて話も聞いたことがある。
ウェーブのかかった茶髪。ちょっと高そうなピアス。陰キャ陽キャという区分で言えば後者にあたり、分かりやすい単語で言えば「ギャル」みもあるのが彼女だ。
それでも教師からの評価が高いのは、概ねその人間性が優れているからだ……なんて話を聞いたことがある。つくづく馬鹿馬鹿しい話だと思ってはいたが、どうやら、俺の感性は腐っていなかったようだ。
俺は原稿をひらひらさせながら、
「へえ~そうなんだ。じゃあ、その眼鏡、取って貰っていい?確か星咲って普段は眼鏡つけてなかったからさ。それ、取ったら、判別出来るんじゃないかなぁって」
「そ、それは駄目」
「なんで?別人なんでしょ?だったら、顔を覆ったり、眼鏡かけたり、いつもとはちょっと違うピアスを外したりしても、別人だなぁって思うはずじゃ、」
そこまで言うと、星咲が自分のピアスを隠すように身を抱えて、
「あ、アンタ、そんなところまで見てるわけ?きもっ……」
「キモイとは失敬な。微妙な変化に気が付いてるんだぞ?そういうの好きだろ?いつだったか、「女の子の微妙な変化に気が付けない男子ってホントないよね~」とか言ってたくせに、いざ、変化を言い当てられたら、気持ち悪がるのはダブルスタンダードが過ぎるだろ」
星咲は後ずさり、
「あ、あんた!?人の会話まで盗み聞きしてるの?」
「別に盗み聞きはしてない。お前の声がデカいから耳に入ってくるだけだ」
「言い訳やめてよ、気持ち悪い……」
おお、おお。わずか数十秒でここまで来たか。まあ、好かれるようなムーブは一ミリもしてないし、当たり前なんだけどな。好かれる気もないし。
二見が横から、
「でも、
疑問をぶつける。
それに対して俺は淡々と、
「前にな、ちょっと気になったことがあったんだよ」
「え、星咲さんのことが?」
「と、いうよりも、そのピアスについてだ」
二見は考え込んだうえで、
「ピアス……え、零くんピアスつけるの?やめなよ。私、零くんがそんな「あうとろー」な人間になるのは嫌だよ?」
「や、俺がしたいとかそういう話じゃなくてだな……」
「じゃあ、どういう意味さ」
「ほら、校則にあるだろ?過剰な装飾物は厳禁みたいな一文が」
「……あったっけ?」
星咲がぽつりと、
「…………よく覚えてるわね、そんなの」
「まあ、抜け道を探るには、まず文言をみないといけないからな」
「そこかよ……」
呆れる星咲をよそ眼に俺は続ける。
「んで、気になったんだよ。星咲って学校ではいつもピアスしてるだろ。あれ、過剰な装飾に入らねえのかなって、純粋に気になって。聞いたことがあるんだよ」
「聞いたって、先生に?」
「そ。んで、返って来た答えが「大きいものでなければ可」なんだそうだ。理由がまたよくわからんくてな。休日とか、学校の関わりがない場所でなら、ピアスはあり。でも、学校でも付けてないと、穴?みたいなのが塞がっちゃいそう。だから、小さいのを付けて、維持するみたいなのはオッケー……なんだそうだ。そんなこと、校則のどこにも書いてないし、理由も嘘っぽいから、多分なし崩し的にOKにしただけなんだろうけどな」
星咲が、
「それで、見てたって訳?」
「そ。ほんとに小さいのしかつけてないのかって思ってな。一週間ほど」
ちなみに一週間とは言っても俺の登校した日なんだけどね。休日も省かれるから、半分言ってるか行ってないかくらい。
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