【短編】トラックに轢かれそうな子供を助けるまでのひととき

じょお

【短編】トラックに轢かれそうな子供を助けるまでのひととき

- 前世・有り勝ちな終生 -


自分は「山口 正平やまぐち まさひら」38歳、独身…。会社名は控えるがそこそこ有名な会社…の下請け会社で働くプログラマーだ。よく、「しょうへい…さん?」と勘違いされるが、「まさひら」と読む。苗字が有り勝ちなので間違われないんだけどな…意味は「正しく公平に…」という意味を込めてあるらしいが…初対面で名前の修正を求める毎度のやり取りに飽きが来る。だが、訂正しないと(名前で呼ばれることは滅多に無いが)間違えて呼ばれた時、反応しないと失礼に当たるので…止む無く毎回訂正してるって訳だ。


さて…長い自己紹介の後で申し訳無いが…。実は自意識を保つのがもう限界ギリギリだ。何故なら…先程横断歩道で子供が青信号を渡ってた時、偶々その傍に居た自分が…うっかり気付いてしまったのだ。信号無視して直進してくるトラックを…。運転席を見れば、道交法上やっちゃいけない「ながらスマホ」をしてる自分より若干若い運転手が…そして、ゲームでもしてるんだろうか?…目を輝かせてスマホを持ち上げ、そして喝采を上げてるシーンを…。横断歩道まで残り10mはあるが、そのまま直進すれば子供とトラックは衝突間違いないだろう…。そしてスルーすれば子供の無残な交通事故を目撃したまま、後味の悪いことに目撃者としてインタビューを受けたり、「何故助けに飛び出さなかったんだっ!?」とか謂れのないことで被害者家族に怨嗟えんさの目で訴えられたり…何か想像していただけでウツになりそうだ…



- そして時間は数分前へとさかのぼる -


「はっ!?」


何故か体が動いている…そう。子供に向かって全力疾走を…何故!?…そのまま歩道で立ち止まっていれば死ぬことはない…恐らく。トラックの運ちゃんが慌てて子供を避けようとしてハンドルを切ったりすればこちらに突っ込んでくるだろうが…ってそんな場合じゃない!


「くっ…」


自分は子供の体を担ぎ上げる。既にトラックは後数mまでの距離に迫っており、時間にして猶予は2~3秒って所だろう。慣性の法則に従って自分の体は前方に働いてるが、子供の体をどうすれば助かるか考える…いや、考えても数秒じゃ全然思い付かないが…


「はっ!」


見れば目の前…対岸の歩道にはこちらを見ている野次馬が何人か居た。中にはそこそこガタイがいい男性も居る…彼ならば子供を受け止めることが可能かも知れない。そう反射的に判断した自分は…子供を思い切り放り投げる。数m先の男性に向けて…そして自分の体は子供の体を投げたことに依り、運動エネルギーを失ってその場に留まる…いや、速度を失って少しだけたたらを踏むように止まってしまう。


「はぁ…これであの子が助からなかったら、親に恨まれるだろうな…」


そんな呟きの間もトラックは接近を続ける…チラと視線だけ向ければ、今頃横断歩道へ信号無視赤信号で突っ込む所だと気付いたトラックの運ちゃん。慌てた表情でブレーキを踏んだ…と思う。トラックが我が身の数10cmまで近付いた時点で制動を始めたのだから…だが、もう遅い。知ってるか?


…車は急に止まらない。若しくは…止まれない。


って標語を…


自分の体は標準的体格に比べてメタボ気味だ。だから、体重も横にも標準よりは大きく重い…だが、それだけ脂肪を多く含む腹や二の腕、その体重を支える太ももも太いってだけで頑丈って訳じゃない。あぁ…骨もそこそこ頑丈らしい。だが…この幹線道路を法定時速40km/hを超えるであろう速度で突っ込んでくる4トントラックには勝てる筈は無い…喧嘩にも勝てた試しは無いくらいだからな…そんなトラックに勝てたらどんだけチートな存在だろう?


…まぁ、正面…じゃあないか。自分の体の真横から突っ込んできた、ブレーキを今更全力で踏み込んで制動を失ったトラック。一旦運転席の真正面に衝突し…下手に速度が落ちたせいか、跳ね飛ばされずお手玉するかのように何度かトラック運転席にどん、どん!…とぶつかりながら道路の横…の建物の壁に突っ込み、そのまま体全体を壁とキス…なんて甘くもない衝撃でぶっ潰され…人間の死体としては目も当てられない状況になって、その生涯を終えることとなった…


え?…何でそこまで克明に知ってるのかって?


だってさ?…最初にぶち当てられた瞬間に即死して(どうも打ち所が悪かったらしい)…幽体離脱して…そこから最後の瞬間(壁に激突した後、警察や救急車両が来て…(略)…葬式上げて無縁仏として納骨される)までこの目で見てたからな…はぁ、世の交通事故者はここまで自らの最期を見届けてたりするんだろうか?…切ないなぁ…(葬式には会社の上司1人くらいしか来なかったし…いや、孤児院出身者なので孤児院の院長も来るかな?…と期待してたんだけど…連絡が付かなかったのかどうか不明だけど、誰も来なかったんだわ…ハァ)


幸いといっちゃなんだが…自分には悲しむ家族も恋人も存在しない。孤児院出身だからな…ひょっとすると自分を捨てた両親とか居たかも知れないが…捨てたってことは戻っても自分の居場所は無いんだろう…と、子供心に悟ってたのか…訊くことは無かったそうだ(孤児院の先生たち曰く)


恋人なんて…女性は経済的に弱者の自分らは恋愛の対象と見てくれないそうで…まぁそういうことだ。真面目に働いていても、そういうのは何となくわかるんだろう…近寄ってくる女性も居なかった訳ではないが、余計な入れ知恵をした同僚女性により阻止されたりとかな…まぁ今世はこれで終わり。輪廻転生とかあるなら、次世はもうちょっとマシな人生を歩みたいな…



- 次世・覚醒 -


僕はジャスティ=マウンテウス。下級貴族「ジェンデウム=マウンテウス」の子。ゼンダー兄さんが家を継ぐので気楽な次男坊だ。一応、予備ってことで兄さんと同じことをしなくちゃならないけどね…剣術を習い、学問を一通り修め、礼儀作法を習うなど…ちょっと面倒臭いけど辛うじて合格点は貰えてるよ?


そんなお気楽な次男坊の僕なんだけど…とある日、正確には神からスキルを与えられる神業与の日。雷に打たれたようなショックを受けて倒れた。慌てたみんなは「兎に角教会へ!」「此処が教会だろう!?」と、おバカな叫び合いをして…まぁ急いで救護室に運ばれて治療寝台に寝かされたんだけどね。


え?…何でそんなことを知ってるんだって?…だって…気絶した僕は何か知らないけど自分の体を少し浮いた場所から見下ろしていて、事のあらましを全て見てたんだもん。そして…その間に覚醒したんだ。何にだって?…所謂「前世の記憶」って奴を自然と思い出したんだ…まぁ、今の世より色々進んでたみたいだけど、独りぼっちな僕…いや、前世の僕は一人称が「自分」だったね…まぁ、「彼」にとっては過ごし難かったみたいだ。親に捨てられ、その後の人生も他人と接する機会も限定され…特に異性とはほぼ交流が持てなかった…みたいだ。寂しいよね…人との触れ合いが皆無に近い人生なんて…


(うん…今度の人生ではそんなことが無いように頑張らないと…な。せめて、前世の「彼」が未練を持たずに一緒に輪廻に戻れるような人生を歩みたい、かな…)


なんてことを考えてたら、うっすらと気配を感じる。そして…



〈お前はお前の人生を歩め…。俺は…自分は…お前が幸せな家庭で生きること。唯、それだけを望む…〉



そんな言葉が聞こえた気がした。振り向くとそこには何も存在せず、見上げれば人の魂らしき半透明なモノが昇天して逝く所だったと…思う。いや、僕の記憶はそこまでで途切れてて、手を伸ばした先には両親が滂沱ぼうだの涙を流して叫んでた所なんだ。丁度手を伸ばしたら両親が掴んでてね…まぁ痛くないといえば嘘になるけど。痛いってことは生きてるってことなんだと今更ながら思い知ったね。教会の神官さんたちが怒りながら治療してて、僕は僕で兄さんに視線を交わして、苦笑いしてたよ…



- その後の人生 -


その後?…兄さんは元気に成長して学院をそこそこの成績で卒業し、十数年の間は公務員(国のお役所勤め。詳しくは教えてくれなかったけどお金に関する部署で働いていたとか…。まぁ、あれだ。金融局なんだろうな…働いていた部署は)を経てから実家に戻り、暫く父について補佐をしながら勉強してから正式に家督を受け継いだ。その頃には30になっていて…お嫁さんも20の頃には娶ってたので独り身って訳じゃないので親子共に安心して見れたよ。子供も26くらいにようやくできて、家督を継いだ30には4人の子供に恵まれてた…けど、全員女の子で父には


「跡継ぎはまだ産まれんのか?」


とせっつかれてたけどね(苦笑)…奥さんはまだ若い(確か26歳って聞いたような…?)ので、まだまだ頑張れる筈!…と、家族でせっつくので青色吐息の兄さんには同情を禁じえなかったかな…僕?…勿論両親と共に、表向きは応援してたけどね?(兄「ひでぇ!」)


僕は兄さんが存命だから後継者の予備…ではなく、補佐する立場になった。兄さんの仕事の補佐をしながら家を守護する為の…恰好良くいえば守護騎士みたいな立場。まぁ…現実は兄さんの仕事補佐兼、雇っている私兵たちの隊長なんだけどね。そして…そこそこ美人…というよりは、可愛らしいお嫁さんと出会い、結婚して2人(男女1人づつ)の子供をもうけたよ。


え?…お嫁さんとの出会い?…えっと…恥ずかしいな。まぁ~…家を護る守護の為の修行中の…あれは18歳の春になったばかりの頃だったかな?…自領を出て、壁の外を見回ってた時だった。街道から少し離れた辺りで悲鳴が聞こえて来てね…同僚…といえばいいのかな?…一緒に巡回警備してた彼と顔を見合わせて駆けてった所で数人の男たちが女性2人を追いかけてた所でね…まぁ何とか助けたんだけど従者らしい少し若い男性は息を引き取っていた。


僕はその女性2人を町までエスコートして、同僚は詰め所に一足早く報告に行った訳さ。後日、その悪漢たちは捕まって処刑されたそうだけどね…女性を襲う常習犯だったらしく、しかも他領で悪さをし過ぎてうちの領に逃げて来た…って話だった。まぁ当然の報いだろうね?


え?嫁さんはどうしたのかって?…まぁ…その…その女性2人の片方に見初められて…まぁ押しかけ女房というか…そういう訳さ。何?…尻に敷かれてそう?…あーまぁ…悪いか?


その後は特に波乱万丈に満ちた人生を送ることはなく…まぁ、ちょっとだけ…家に泥棒が侵入したとか、治めてる領地を盗賊団が襲ったとか、定期的に王都へ出向く時に往復の道中で野盗に襲われたとか…この世では珍しくもない事件には遭遇したけどね?(勿論、全て撃退するか捕縛して難を逃れたとも)



そして…子供たちも立派に成人し、少しばかりの試練らしい事件は起こったりしながらも解決したりして…そんな子供たちにも嫁入りしたり嫁さんを連れて来たりして結婚し、その後に喜ばしいことに孫が…できた頃合いに寿命が来て…ね。息子が無事に僕の仕事を引き継いでくれて…「これで安心だな」…と気を抜いたら…まぁしょうがないか。緊張の糸が切れた途端に命の紐も切れるとは思わなかったがな…


これで…僕の2代に渡る人生はおしまい。前世の彼?…輪廻の輪に戻る際、手を引いてくれてね…待っててくれたらしい。生真面目な彼らしい…かな?


そして…最期にひとこと。


〈おつかれさま…自分も…君も…ね?〉


だってさ…。いやはや、本当に…おつかれ…さま…。


「彼」は満足げに頷き…「僕」の手をとって…一緒に…溶け合い…空の遥か彼方…光の流れに向かって…高く…高く…溶けて消えて往った…のだった…


残された家族たちは、悲しみの涙を流していたが、やがて墓の前から立ち去る。そして一言。


「お疲れ様、あなた…」


と。


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