第51話 少女の過去


望月慎介にそそのかされて、こっそり麗奈がリハビリを行っていたのだ。


看護師を巻き込みリハビリを続け、由紀子は自分の足で立っている麗奈の姿を見て喜んでいた。


このままでは麗奈は歩けるようになってしまう。


もしかしたら病名や治療法を偽っていたことがバレてしまうかもしれない。


早急に望月慎介を排除する必要があった。


『リハビリをしたことで病気が悪化して死んだ』『お前が殺したんだ』そう言って追い返すと、思惑通り望月慎介は見舞いに来なくなったし、麗奈はリハビリを拒否するようになった。


ワタシの幸せが戻ってくると坂巻は、ほくそ笑んでいた。


坂巻先生:「いつまでその指輪をつけているんですか? あの男はこの世に居ないのに」


坂巻の下品な笑顔を見て、由紀子は狼狽える。


柳 由紀子:「な、なんで知ってるんですか……夫が他界してること」


下唇を噛む由紀子の瞳が揺れる。


坂巻先生:「田舎ですからね。噂は耳にしてますよ」


坂巻は由紀子を手に入れるためなら、小さな嘘を躊躇なく積み重ねていく。


坂巻先生:「ワタシが新しい指輪を買ってあげますよ。そしたら治療費なんて要りませんし、不自由ない暮らしを提供できますよ?」


柳 由紀子:「私は今でも夫を愛しています! この先もずっと私が愛する人は主人だけです!!」


由紀子は指輪が光る左手を強く握りしめて、一筋の涙を流した。


由紀子の涙を見て、坂巻は怒りに顔を歪ませる。


坂巻先生:「誰のおかげで娘の長期入院が出来てるのか分かっているんですか!? 食事の1回や2回、付き合ってくれたらどうなんですか!?」


もう‟良い先生”の殻は剥がれていた。


柳 由紀子:「長期入院に関しては、もう問題ありません」


坂巻先生:「……は?」


柳 由紀子:「麗奈を自宅に連れて帰ります。そして二度とこの病院には来ません」


由紀子は涙の跡が残るまま、坂巻を睨むように見つめた。


初めて見る反抗的な態度に、今度は坂巻先生が狼狽えた。


坂巻先生:「ほ、他の病院じゃ治療費が高いですよ。ここならそんな心配は要らない」


柳 由紀子:「それでも麗奈を連れて帰ります。リハビリを積極的に行ってくれる病院を見つけて、麗奈をまた歩けるようにしてあげたいんです」


坂巻の幸せな日々が音を立てて崩れ去っていく。


手を伸ばしても、幸せの欠片すら掴み取る事が出来ず、絶望の闇に取り残された。


どうしてこうなった!?


ワタシは尽くしていた。


柳麗奈や妹の香奈にも優しくしてあげたし、ケーキやお菓子など看護師や他の入院患者にも内緒で与えていた。


由紀子さんのために治療費を激安にして、診察室で治療の進行状況を説明するときには必ず高級菓子とお茶を用意していた。


由紀子さんが病院に泊まるときは、無料で食事とベッドを提供した。


ワタシは柳家に尽くしていた。


顔を見るだけで、声を聞くだけで幸せだった。


笑顔を見れたら、その日は全てが上手くいった。


なのになぜ、幸せはワタシに背を向けるんだ?


……そうだ。


あの餓鬼だ。


望月慎介。


あいつがワタシの幸せを奪い去ったんだ!!


坂巻先生:「あの子はもう歩けませんよ。骨化してきている部分が多いです。リハビリは彼女を苦しめるだけです」


柳 由紀子:「それ、嘘ですよね?」


坂巻先生:「仰ってる意味が分かりません」


柳 由紀子:「娘は黄色靱帯骨化症ではないと言っているんです」


坂巻先生:「……何を根拠に素人がそんなことを」


柳 由紀子:「確かに素人ですけど、娘の症状で調べたんです」


坂巻先生:「ネット環境が無いと記憶していますが、図書館にでも行かれたんですか?」


柳 由紀子:「そうです。娘のために通いました」


坂巻先生:「でも病名や治療法が異なっても、症状が同じ病気も多く存在しますよ?素人が断定はできません」


柳 由紀子:「確かに本当の病気は何なのかまでは分かりませんでした。でも黄色靱帯骨化症とは症状がかなり異なります。だから他の病院で検査して娘の病気を突き止めます!!」


由紀子の娘を思う母親の姿に、坂巻は手の平に爪が突き刺さるほど強く拳を握った。


由紀子の愛情は全て娘と、轢き殺した旦那へ向けられていた。


坂巻に向けられているのは、不信感。


信頼という感情は過去の話。


坂巻が欲しい愛情などどこにも無かった。




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