花が咲くまで初見月。

おくとりょう

出会い

 つるっと滑った雨上がり。世界は反転、音がやむ。激しい痛みが身体に走り、空はただただ青かった。

 素知らぬ人が慌ただしく行き交う駅のホーム。夢から覚めたみたいに視界が晴れて、小さく息を吐き出すと、頭がコツンと地面にあたる。濡れてひんやり冷えていた。錆びた泥の香りがしていた。


「あの……」

 視界に小さく影が差す。ぎゅっと目を細めて見上げると、紫のメッシュを一束入れた、艶のあるボブの女性がこちらを覗き込んでいた。


「……大丈夫、ですか?」


 心配そうに歪む唇で、リングのピアスが鈍く光った。若く穏やかな声だった。恥ずかしさと情けなさに満ちた愚かな私は返事の代わりに身体を起こす。濡れた落ち葉がハラリと落ちる。


「怪我はない?……立てます?」

 黒く塗られた爪が主張する細長い指に掴まって、私はゆっくり立ち上がる。塵と埃でドロドロになった自慢の髪が、汚れた肩をふんわり撫でた。

「よかったら、使ってください」

 ふわふわのタオルを私に残して、黒いギターが去っていく。甘く知らない匂いが漂う。


 明日は美容院に行こう。


 白いタオルに印刷された、耳慣れないバンド名をぼんやり見つめて独りごちる。スケジュールの隙間が埋まった。

 まだまだ寒いと思っていたけど、春はもうすぐ来るらしい。

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花が咲くまで初見月。 おくとりょう @n8osoeuta

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