7-1 飛躍への一歩
ハティエの
傭兵隊長のジョセフ・シリマンはお目付け役の名前を大声で呼んで開門を求めた。しばらくして城門を挟む塔の小さな窓からお目付け役が顔を突き出す。
「い、生きていたのか……こっちには来るなと言ったはずだぞ!」
野盗とドウラスエは繋がりがないように一応よそおっていたのに、直接ドウラスエに乗り込まれては台無しである。お目付け役は顔に焦りを浮かべた。それには他にも理由があって、野盗の砦に対してドウラスエから討伐の軍隊を出していたからでもある。
傭兵たちが全滅したなら、もはや用済み。輸送路支配に使える砦だけは討伐の形にして正当な顔をしていただく。そういう計画だった。これにお目付け役は反対していたのだが。
まさかあの状況から傭兵たちが生きて――城主まで捕虜にして戻ってくるとは予想外である。
「だったら早く入れてくれよ。俺たちの姿を見られたら困るんだろう?」
『そうだ!そうだ!』
「言われた通り城主と家族を生け捕りにしてきたんだぞ!」
「報酬寄越せ!報酬!!」
ほとんどゆすりたかりの雰囲気で傭兵たちが要求する。剣と盾をぶつけて騒音を立てる。お目付け役は言葉に詰まって首を引っ込めると、誰かと激しい議論を交わし、再び首を突き出した。
「亀みたい……」
神妙な顔をしていた湯子が吹き出しそうになってしまう。「亀」は言った。
「わかった。幹部と捕虜だけ入ってこい!」
ドウラスエの兵は出払っているが、幹部さえ閉じ込めれば何とかなる。そういう計算だった。だが、傭兵たちに付き合うつもりはなかった。
「少しでも門が開いたら、こじ開けて突入しろ」
二人の傭兵隊長は小声で部下たちに伝達する。もしも、心変わりを起こして本当に文武たちを突き出そうとすれば、部下に紛れ込んだハティエ兵に斬り殺される立場だった。お目付け役が傭兵一人一人の顔と装備を覚えていたら、この策略は失敗したかもしれない。
もっとも、傭兵がハティエ城で奪った鎧兜をつけていると解釈すれば、それも難しい。ともかくついに門は開かれた。五十人以上の傭兵たちが雪崩込み、まずは城門を制圧、瞬く間にほとんど兵のいなかった市内も席巻して主だった人物を捕虜にしてしまう。わずかな人間だけが舟でフォウタ湖に逃れた。
これも攻防戦が始まる前からドウラスエで活動していた密偵が、急いで兵の出撃を知らせてくれたおかげだった。もし仮に多くの兵が残っていても市街戦を行う覚悟だったが。
凶事の後、ドウラスエの市民兵は怪我人と留守番だけしかいない野盗の砦を制圧して帰ってきた。彼らが入城して目撃したのは、自分たちを取り囲む柵代わりの馬車と人質にされた家族の姿だった。その後ろで城門が重い音を立てて閉じた。
こうしてゴッズバラ領ハティエ城を制圧するはずだったドウラスエ――フォウタの陰謀劇は、逆に港町が制圧されることで終演を迎えた。
――大火災の後のこと。井戸に逃げ込んだ傭兵たちは身動きがほとんど取れない状態で、朝の光と転移者の顔を見上げることになった。内部が広げてあるから圧死はしないと言われても、十分に広いわけではなかったのだ。武器を向けることもできない。ツバを吐いても自分に落ちてくる。まさに決定的な敗北だった。
「負けを認めて生涯の忠誠を誓えば出してやる」
生殺与奪を握った敵将の要求は過激だった。それくらい要求されても違和感のない立場ではあった。
それでも甥を殺された傭兵隊長は反対した。
「くそがっ!お前らに仕えるくらいなら死んだほうがマシだ!!」
だが、賛同の声は続かない。プライド的に受け入れがたくても背に腹は代えられない。井戸だった穴の底からは水がじわじわと染み出していて、このままでは溺死する妄想に襲われる。彼らが晒されていたのは正気を保つことさえ難しい状況だ。
反対した傭兵隊長は周囲の男に押さえつけられ、意図的か偶発的にか、殺されてしまった。
文武はその成り行きに恐怖したが、できるだけ平静を保って、
「他に反対は?」
と尋ねた。自分が最初に立てた作戦では、ここにいるほぼ全員が焼き殺されていたはずだった。真琴のアドバイスで安全に助ける方法をみつけて採用したのだ。彼らの行いを批判する権利は自分にはない。
「分かった……我々は降伏する。だが、生涯の忠誠を求めるなら責任をもって食わせてくれ」
命が助かるだけでも儲けもの。それでも交渉を試みた結果、聞かされたのが、ドウラスエ制圧の作戦――というより謀略だった。
それは井戸の底で生き延びたい一心に追い詰められた野盗たちに垂らされた蜘蛛の糸だった。
部隊の動きを示した図はこちらの近況ノートにあります https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330655409140765
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