6-3 初手柄
夜間戦闘があった日から二日後、ハティエ城の東にある森の中から狼煙が上がった。それを追いかけるようにハティエ城からも狼煙が上がって何らかの信号に応える。
これをみた攻め手の間には動揺が走った。夜間怪しい動きがある場所を偵察に行った甥っ子を遭遇戦で失った傭兵隊長の一人が憤激しているところに、援軍を臭わせるこの動きである。力攻めで落としてしまえとの声もあがる。
ジョセフ・シリマン隊長としては、怒っている隊長の傭兵団が力攻めの犠牲を全て請け負ってくれるなら構わなかったのだが、その傭兵隊長はシリマン傭兵団も同時攻撃に巻き込もうとしてくる。そもそも一傭兵団の三十人ばかりでは数が足りないのだ――これまでの被害でもっと実数は減っていて傭兵団一つあたりの戦力は敵と同数程度に落ち込んでいた。
攻者三倍を得るには全体で力を合わせるしかない。だが、残る二人の傭兵隊長は強攻に乗り気ではない。甥を戦死させるのが嫌なら戦場に連れてくるなと思っている。それくらい覚悟しておけと――実際に口にしたら喧嘩になるので黙っているが。
お目付け役からハティエ城に援軍は来ないと太鼓判を押されたことも気になっている。仮に外部と連絡しているにしても、すぐに援軍が来ると決まったわけじゃない。お目付け役はお目付け役で問い詰められると「絶対(援軍来ないこと)はない」と意見を後退させるからややこしい。
相手のある戦争なのだから「絶対はない」と言うのは、その通りではある。
「援軍が本当に来たら撤退していいんだな?」
「……いや、ハティエ城を落とすのが契約だったはず。援軍の撃退も試さずに撤退するのは認められません」
お目付け役の言葉に物凄く険悪な空気が漂う。甥を失った傭兵隊長だけが「だから力ずくで攻めるしかねえんだって!」と気勢を上げる。このまま漫然と包囲を続けることは許されない雰囲気だった。
腕組みをしていたジョセフは重々しく口を開いた。
「俺に作戦がある……」
野盗団は撤退を開始した。城をこっそり抜け出した仲間のあげた無意味な狼煙に騙されて、援軍が来ると勘違いしてくれたようだ。しかし、城に籠もっていた領民たちが喜びを爆発させるには失った物が多かった。野盗に占領されていた街道沿いの農家にも放火が行われたのだ。
城を落とせなかったことや戦いで仲間を失ったことの腹いせか。
再びハティエを攻めたいと思っても宿営地になる農家がなくなったら敵も不便なのに、短気なことである。家の持ち主たちは呆然としていた。
落城のプレッシャーから解放された転移者たちは膝から崩れ落ちて寝たい気分だったが、その前にやることが残されていた。湯子が疲れを隠して明るく音頭をとる。
「さあ、宴の準備だぁっ!!!」
その日の夜、野盗たちはハティエの森まで戻ってきた。篝火で二の丸上空の雲が明るくなり、粗末な楽器を下手くそに鳴らして騒いでいる音が低い夜空に反響する。
「こんな初歩的な作戦に引っ掛かるとは……」
「思い切って農家を焼いたのが良かったか」
傭兵隊長たちは語り合う。ジョセフの作戦はシンプルなものだった。いったん退却したと見せかけて、城が油断したところを襲う。大陸の東部では巨大な木柱に潜んで防御側が城に運び込まれたところを出撃した逸話なんかもあるが、この戦いの規模で出来ることじゃない。
ただ、英雄譚に出てくる話をよく覚えておいて応用するくらいの真似はできるから、ジョセフ・シリマンは傭兵隊長をやれているのだった。
「櫓の見張りもいないな」
「少し怪しくないか?」
「怪しかったとして敵に打つ手があるか?入ったところを狙い撃ちされないようにだけ気をつけろ。数はこっちが多いんだ」
この状況で使える敵の作戦として、門を入ったところに新しい壁を用意して、その空間を
「いくぞっ!」
殺気の籠もった声で甥を殺された傭兵隊長が駆け出した。梯子を担いだ部下たちが続く。万が一にも各個撃破を許すわけにはいかない。他の傭兵たちも一斉に城壁めがけて駆け出した。これまでの戦いで罠は取り除かれている。
『うぉおおおっ!!』
夜気を切り裂いて飛んでくる矢の幻影に怯えながら、ついに丸太を立て並べた城壁の麓に到達する。叩きつけるように梯子を掛ける。
「登れ!登れ!どんどん行け!!」
ちんけな城でも多少は略奪するものがあるだろう。あるいは邪な欲望を抱いて、仲間に遅れじと大半の傭兵が城内に飛び込んでいく。森から動かなかったのはお目付け役と彼の護衛くらいだった。
ハティエ城の副郭に乗り込んだ野盗が待ち伏せや同士討ちに気をつけながら歩を進めると、中央に丸太のベンチを並べた宴会の跡が広がっていた。ただし、住民の姿はない。木の椀が転がっているのをみても、あわてて逃げ出した様子だった。
(ちっ!紙一重で本丸に逃げられたか……)
攻略前進には違いないが、ちょっと面倒になった。それより不思議なことは、誰もいないはずの宴会場から騒がしい楽器の音や人の声がまだしていることだった。注意してみると井戸の上がぼんやり光っている。
恐る恐る近寄った野盗たちは井戸の蓋に乗った掌サイズの板が光と音を発しているのを目撃した。
「なんだこれは?」
野盗たちが頭の上を「?」でいっぱいにした瞬間、本丸の方から赤い光の球が尾を描いて大量に飛んできた。
「火矢だっ!」
「まさか……」
嫌な予感を覚えた傭兵の予想通り、火矢は副郭のそこら中に突き刺さり、その日のうちにあえて燃えやすくしてあった建造物に引火した。そもそも城を守る壁自体が木製なので可燃物には事欠かなかった。
火に巻かれた二頭の豚が狂乱して走り出し、さらに火事を広げた。
「……っ!こんなバカなッ!!?二の丸まで燃やして、どうやって生きていく気だ?生活が立ち行かなくなるぞ!!」
自分たちも人の家を燃やしておきながら、ある野盗がサイコパス的なツッコミを入れる。
だから野盗団の意表を突くことができた。まさか、守るべき城の半分を自分から燃やしてくるとは思わない。ここまで無茶しなくても守れる可能性があったではないかと攻める側は思うのだが、守る側はまだこの世界の常識に染まっていなかった。一冬も越していないのだから施設の価値も十分に理解できていない。
もちろん領民は反対したのだが……。
自爆的な火計が
無理に突破を図った傭兵は火だるまになった。燃えて突撃してくる豚を仕留めるのにも苦戦して著しく士気が下がる。
郭の中心にいても猛烈な熱気と、薄まっていく酸素、上昇気流が巻き起こり火災旋風の発生も時間の問題である。ただし、一箇所だけ確実に生き残れる場所があった。井戸の中だ。
だが、この人数が殺到すれば下の人間は圧死してしまう。かくなる上は仲間を殺して生き残った人間だけが井戸に入る……。
究極の選択に走りかけた野盗たちの耳に聞き覚えのある声が届いた、蓋を開けられた井戸の中から。
「おーい!降りてこーい!」
「中は広げてあるぞー!」
それは最初の戦いで捕虜になった味方の傭兵の声だった。
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