5-3 ハティエ城攻防戦

 野盗の砦に襲撃を仕掛けた翌日の午前中にハティエ城の攻防戦が始まった。城の西側、裏街道を挟んだ向こうの森から人影がわらわらと出てきて、まずは街道沿いの農家に取り付く。

 農家に仕掛けられた罠に引っ掛かる粗忽者がいたらしく、悲鳴が午前の冷たい空気を切り裂いた。農家の裏から盾を構えた男たちが城への距離を縮めてくる。その後ろには置き盾になる木の板を担いだ男たちが続く。木材の一部は明らかに農家から引っ剥がしたものだ。

 同時進行で、城の北側、二の丸ベイリーの城門がある方向に回り込む一団もいる。


「まだ……まだ放つな」

 二の丸の西側に臨時に設置されたやぐらでは、傭兵隊長が弓兵を指揮していた。臨時の櫓は反対の東側にも設けられ、丸太を並べて立てた壁沿いの建物の屋根には兵が伏せている。一番頼りになるのは城塔の屋上に展開する弩兵で、接近する敵の右側面に横矢よこやを掛けることができた。距離があるので盾をかいくぐって太矢を当てるのは難しいが。


 まずは牽制の気持ちを込めて、敵の弓兵が先に射掛けてきた。だが、射程いっぱいの攻撃にゲーテは微動だにしない。多少の危険は感じても、これは威厳をアピールする機会と捉えていた。

 立ち止まった弓兵よりも、接近を続ける盾持ちに狙いをつけさせる。最初に応射をおこなったのは城塔キープの上にいる兵だった。弩から弾き出された太矢が徐々に落下の角度を強めながら、飛んできて地面に突き刺さる。

 敵兵の手前に土を跳ね上げて落ちたおかげで、その足並みが乱れた。

「放て!」

 ゲーテの号令で櫓にいる三人の傭兵が飛び道具を発射する。一発が敵の一人に命中した。部下たちが二の矢をつがえる間隔を埋めるように、城塔から再び矢が降ってくる。今度は盾に命中して持ち主の腕から、盾をもぎ取った。

「あいつを狙え!」

 盾持ち兵あらため盾無し兵がもんどり打って倒れると、接近する野盗の足が止まった。ただし、一番、城塔に近い側だけだが……。ゲーテは部下に接近をつづける北側の敵を迎え撃たせた。左後方の「天守」を振り返る。

「なるほど大した射撃速度だ……」



 城塔から弩を射ているのは湯子だった。体格の小さな彼女の力では当然、弩の弦を引くことなどできない。だから文武にきつい肉体作業を押し付け、一番楽しい射撃だけを練習していた。姉の横暴である。

 その流れで二人は複数の弩を用意して分業すれば、一人ずつ弩を操作するよりもハイペースで発射できることに気づいた――少なくとも弟の背筋がイカれるまでは。


 文武が弓の戻った弩を引いて胸壁の間に置く。踏み台に乗った湯子が太矢を装填して狙いをつけ、発射する。その間に文武は別の弩を準備する。具体的には、このサイクルであった。三人でやればもっと早くできたが、貴重な弩に余裕がないので二人と二つで運用していた。

 湯子は屋上からの射撃に絞って集中的に練習していたし、原っぱにそれとなく距離の分かる目印を置いていた。二つの弩それぞれの癖も意識して使っている。

 おかげで命中率もなかなか高かった。人に向かって矢を射る、ストレスの強い役割を姉が引き受けている面もある。

「役割を逆にはできないでしょ?」と言って。



 仲間がやられたのをみて、本丸モットに近い部分を進む野盗の一団は、弩の射程外で足を止めて拠点を造りはじめた。

 余裕があれば出撃して破壊したい代物だが、せいぜい城塔から火矢を射ることしかできない。それもすぐに消火されてしまう。消火の手間を取らせる時間稼ぎにはなっていた。

 西櫓からの射撃は北側を進む敵に向けられた。敵は左手に持っていた盾を右手に持ち替える。左手側を攻撃できる城門の櫓はさらに北から来る敵の対処で手一杯だった。

 弓矢で有効打はほとんど与えられないが、意識を頭上に引き付けることは出来た。おかげで接近を続けていた敵が立て続けに転倒する。


 領地の子供に遊びで作らせた草同士を結んだ罠のしわざだった。単体では子供だましでも、意識が足元にない敵には効果がある。

 しかも、一番外側の罠には倒れると頭が来る位置に石や尖った木が置いてある。当たりどころが悪ければ戦闘不能もありえた。

 さらに進めば木片に埋め込んだ釘や片足サイズの落とし穴も混じえて設置されている。ちょっとした罠で敵が動けなくなったところに弓矢が集中する。転移者が雇った羊飼いは屋根の上から投石紐スリングで石を飛ばして来る。彼に教わった領民の志願者も味方の背中だけは攻撃しないように石を飛ばした。

 これで攻め手からは怪我人が続出し、完全に浮足立った。城門の前も状況は同じだった。前を行く味方の苦戦をみた後列の野盗が先に後ずさりを始めている。自分が同じ目に遭うと知って進む勇気が出ないのだ。



 そしてハティエの城門が内側に開く。中から頭と手足を鉄の防具で固めサーコートを羽織った騎士が数人の歩兵を連れて現れると、敵は武器を放り出しかねない勢いで後退した。騎士は少しばかり敵を追いかけて、味方の射程から外れないうちに引き上げた。

 堀に斜めに掛けられた土橋を馬で渡るのは決して簡単ではない。


「ふーっ!立ち向かって来なくて良かったー」

 真琴は兜を脱いで笑った。本当は馬術も馬も戦える水準にないにも関わらず、騎士の姿を見たことで野盗は肉薄攻撃を警戒する必要に迫られた。本当のピンチには出撃できないので、ブラフがバレるのは時間の問題だったが、しばらくは時間稼ぎになるだろう。

 夜襲も罠が生きているうちは難しい。


 問題は稼いだ時間で援軍が来るかだった。



「これで昨日からの怪我人は二十人を超えたはず……」

 司は目のいい味方が数えた敵の負傷者をノートに記録した。彼らが戦線復帰できないと仮定すれば残りは八十人。順調にみえて手の内を晒したにしては少ない戦果だった。敵が戦意を失わないなら、ここからはもっと厳しい戦いになるだろう。



ハティエ城の参考図は近況ノートにあります https://kakuyomu.jp/users/sanasen/news/16817330654836518826

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