5-2 ハティエ城攻防戦
予想外に手強い獲物だ。
砦周辺の見回りから戻った偽装野盗団を率いる傭兵隊長の一人、ジョセフ・シリマンは面倒な仕事を請け負ったことに気づいた。周りの伏兵が潜めそうなところには、今度はこちらから罠を仕掛けた。
(だから、砦なんて築かずにさっさと城を攻めてりゃ良かったんだ)
雇い主の注文に応えたせいで、戦いがややこしくなった。速攻すれば戦いとも言えぬ数に任せた襲撃と略奪で終わりにできたのに。
こちらは十人ばかりが討ち取られるか戦闘不能で、向こうは防備を固めてしまった。ここからの力攻めは更に犠牲が出る。あまりに被害を大きくすると、傭兵隊長としての力量が問われる。手下から見放されるのは避けたいが、依頼を受けた以上は城も落とさねばならない。
「木製の城壁なぞ焼き払ってしまえばいいんだ!」
同格の傭兵隊長が乱暴な解決策を口にした。
「頭を冷やせ。雇い主が欲しがっているのは城と村だ。廃墟じゃない」
もう一人の傭兵隊長が諫める。ドウラスエから送られてきたお目付け役が深く頷いた。戦闘開始前には百人いた偽装野盗団は、四人による合議で運営されていた。それも戦いを余計に難しくしていた。
「森の中には、まだ敵の罠がある。日が出てから進軍して、正攻法で城を攻めればいい。あの城に援軍は来ないのだろう?」
ジョセフはお目付け役に問いかけた。
「それはもう間違いなく……」
どんな手を使ったのか知らないが――おそらく近隣のゴッズバラ諸侯はフォウタの土倉に借金があるってところだろう――援軍の来ない城なら、人数差でじっくり攻めればいつかは落ちる。
真面目にやりつつ、犠牲は他の傭兵団に押し付ける。ひとまずジョセフはその算段を巡らせていた。もちろん、他の傭兵隊長たちも。
お互いに全体の損になると分かっていても止められない。傭兵隊長の性だ。
(やはり依頼を受けるべきではなかったか。だが、報酬が良かったしな……)
反乱を恐れる雇い主に課せられた船頭の多さに憂鬱になりつつ、誰も自分たちの勝利までは疑っていなかった。
月蝕に入った天極月が赤く弱い光を世界に投げかけている。位置によっては星あかりの方が頼りになる。真琴は城の屋上から闇と一体化した森を視界の周辺部で、ぼんやりと眺めていた。夜目を効かせるために、あえて篝火は焚いていない。
砦の襲撃に行った連中は仮眠をとっていた。いま夜襲を仕掛けられたら後手に回りかねない。本当は自分も参加したかったが、こうして夜間の警戒をする人間も必要だ。
罠と夜の暗さで野盗の夜間行軍は難しいはすだが、すでに近くに来ている可能性もある。街道近くの城から離れた農家にも罠がたくさん仕掛けてあった。それらが作動した様子はまだなかった。
城近くの農家はすでに解体されて、木材が二の丸に運び込まれている。作業した領民たちの手際のよさもあるが、それだけ家の造りが粗末なのだった。
(建て直しが簡単なのが不幸中の幸いか)
同情というよりも人々に恨みを買うことを恐れて彼女は思った。彼らは家族を軍事遠征で失うことには慣れているが、自分たちの故郷が戦争で襲撃されていることには、そこまで慣れていない。長年、前線は北にあってハティエは後方地帯だったのだ。
協力的なのは戦争にスレていないおかげかもしれなかった。あるいは敵が野盗の皮を被っているおかげか。正規軍も野盗との違いは怪しいものだが、マクィン軍をひきいるコルディエ近衛長官直率の部隊はそれなりに軍規が整っているらしい……。
考え事をしすぎたと思って、首を振って監視を続けると視界の隅で何かが動いた。手前側から、森の方に向かって。
「む?」
別方向を見張っていた司に声を掛けて、注視すると人影がこそこそと農家に忍び寄っていく。
「ちっ!」
真琴は城を駆け下りた。途中で捕まえた夜番の兵士を引き連れて走る。城付きの兵士と傭兵一人ずつ。これが自分たちを城から誘い出す陽動なら危険だが――直観的にそれはないと判断して城外まで追いかける。
「戻ってきなさい!」
そいつが罠を恐れてノロノロしていたおかげで間に合った。怪しい人影は家に残したものを取りに城から抜け出した農民だった。彼が城壁を乗り越えた部分の補強と、処分の課題ができてしまった。最悪、野盗と通じていて手引をするつもりだった可能性もある。捕虜の他に尋問する相手がまた増えてしまった。
処罰の是非は恨みを買っては逆効果とすったもんだの議論があったが、湯子が人前を避けてケツバット十回振るうことで決着した。城から離れた家の住民には日の出直後に一人だけ貴重品を取りに戻ることを許すことになった。
敵が来る前のセコい騒動で貴重な睡眠時間を削られる。先が思いやられる一幕だった。
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