南国因習島奇譚

佐楽

神踊島

纏わりつくような熱い空気を振り払うように闇で覆われた森の中を駆け抜ける。

聞こえるのは自分の激しい息遣いと、聞いたこともないような獣の鳴き声だけである。

それ以外は聞こえてはならないのだ。

俺は走りなれない鈍った体に鞭打つように走り続ける。


「ウワッ」


しかし夜目がきいてきたとはいえ極めて不明瞭な森の中ではたやすく足をとられてしまう。

どうやら蛇のような木の根に躓いて膝を擦りむいたようだがこの程度で立ち止まっているわけにはいかない。

奴らに捕まったらそれ以上に恐ろしい目に遭うのは間違いないのだから。

俺は立ち上がりまた暗い木々の間をさまよい始めた。


どうして、こんなことになったのだろう。


※※※


あれは秋口のことだった。


関口せきぐち神踊島かみおどりじまって知ってるか」


会社の同僚に聞かれた俺は素直に知らないと答えた。


「何それ?どこにあんの?」


同僚、おおとりはスマホの画面を俺に向けた。

どうやら南のほうにある島らしい。


「なんかさ、知る人ぞ知る島であんまり観光地化も進んでないイイ所らしい。メシもうまいらしいぞ」


「ほお?」


俺はちょっとだけ引っかかるものを覚えた。

この男がそんなヘルシーなものに興味をしめす人間だっただろうか。


「で、目玉は何なんだよ」


すると鳳は待ってましたとばかりに下心丸出しの笑みを浮かべた。

「いい店があるらしいぜ…本土から離れてるから結構際どいサービスしてくれるらしい」


風俗好きな男だからそんな気はしていた。俺も彼の紹介にお世話になったことは少なからずある。


「なぁ、次の連休行ってみようぜ」


ウキウキしている鳳は多分一人でも行くだろうが俺はそういう目的で行くとなると一人は厳しいタイプだ。


「そうだな。たまには羽根を伸ばさないとな」


そうして俺と鳳は二人でその島へと向かうことにしたのだった。



神踊島へは近くの漁港にある専用の船乗り場から小さな船に乗って行く。

あろは丸という漁船に客席をいくつかくっつけたような小さな船の中ではスピーカーからなんともレトロな音声の案内が流れているがありきたりな内容だからよく聞いていなかった。せいぜい魚がうまいとかそれくらいしか言ってなかったのではないだろうか。

約30分程度の船旅を終え、桟橋に降りると2人の若い女性が出迎えてくれた。

小麦色に焼けた肌が眩しい若く美しい女性らに花でできた首飾りを掛けてもらうと輝かんばかりの微笑みを向けられた。

ちょっとだけ心が痛む気がしたのは不順な目的があるからだろうか。


島唯一の宿泊施設であるホテルへは送迎用の車が出ておりそれに乗って向かう。

島は熱帯に近い気候である為にあちらこちらに南国の植物が自生しているのが見えた。

そしてまるで南国の密林のような森を抜けた先に白亜の建物がある。これが今日宿泊する神踊アロハホテルである。


ホテルは建設からやや年月が経っているのかレトロな外観をしておりあまり大きくはないようだ。

ロビーでチェックインを済ませると夜まで部屋でゴロゴロすることにした。


「おー、ファイヤーダンスショーとかあるぜ。フラダンスショーもある」


ベッドに寝転がりながらホテルの案内を読む。

一応ホテルらしいイベントがあるようだ。


「ファイヤーダンスはどうでもいいな。男が火吹いてるのとか興味ねーわ」


それもそうだ、と俺も同意して案内のパンフレットをベッドサイドに置きそのまま夜までぐっすりと眠ってしまった。



夕食を終えると、食事中からそわそわしていた鳳に腕を引かれるようにして街へと降りていった。

送迎車の運転手にわざとらしく夜風を浴びたいんですよーなどと話しかけたりしていたが、運転手の男性も分かっているようで小さく微笑んでいた。


鳳がまた帰るとき呼ぶからと言って車を見送ると、俺たちは港町を探索し始めた。

だいたいその手の店はちょっと奥まったところにあるもので、この島も例外ではなかったようだ。


「いらっしゃいませー!」


店に入るとさっせく元気な女性キャストに迎えられる。もれなく露出が高い服装をしているがこれくらいなら都内でも普通にあるだろう。

案内されたボックス席につくと、女性たちも隣に座る。


「こんばんは!私はミナです。よろしくね!」


そう言ってにっこり笑った女性はこの島についたとき出迎えてくれたあの女性だった。

鳳の隣についた女性もそうらしい。

昼間見た時は健康的な雰囲気の女性だと思ったがメイクや服装の関係だろうか、夜の女性らしい雰囲気を纏っている。

適当に酒とつまみを注文し、楽しい時間が始まった。

ここまでは極めて普通だった。


しばらくするとミナともう一人の女性がダンスショーに出るからと奥に引っ込んでいった。

ダンスショーときいて、まぁちょっと色っぽいダンスを踊るくらいかなと思っていたのだが予想は外れた。いい意味で。


詳しくは割愛するがかなりセクシーな衣装でかなりセクシーなダンスが繰り広げられた。

…もうそれ意味あるのかというレベルの面積の布地に気持ち程度に隠された豊満な肉体が至近距離で踊っている。いや至近距離どころか確実に触れてきていた。


そんな夢のような一夜を過ごした俺たちは熱に浮かされたまま車に揺られてホテルへと帰り眠れぬ夜を過ごしたことは言うまでもない。


「明日も行くか…」


何度目かのトイレから帰って来た鳳がぼそりと呟いた。



しかし、翌日は生憎の豪雨でホテルから出られる状況ではなかった。

放っておいたら嵐の中をも駆けていきそうな鳳を引き留めるためにファイヤーダンスショーとフラダンスショーを見に行ったが鳳は心ここにあらずといった表情を浮かべて遠くを見ていた。

なんとも悶々とした気持ちのまま部屋へと帰りテレビを見ているとふいにドアがノックされた。


開けてみれば送迎車の運転手の男性が立っており、何の用かと聞けばにこにこと口を開いた。


「ファイヤーダンスショーご覧になられたと思いますが、お客様たちはあれではご満足いただけないだろうと思いまして。…特別にご用意させていただきました催し物がございます。いらっしゃいませんか?」


「あー、それはどんな…?」


すると運転手は声を潜めて「女性たちと楽しい時間が過ごせます」と耳打ちしてきた。


「行きます」


それに応じたのは奥にいたはずの鳳だった。


かくして俺たちは運転手について先程ファイヤーダンスショーなどが行われていた舞台へと向かった。


舞台の上では篝火が焚かれており人はいない。

ベンチに鳳と並んで待つこと数分、突如鼓膜を破らんばかりの笛の音がどこからか聞こえ始めた。

笛の音に始まり、太鼓の音も混ざり始める。雅楽のようだがそれよりは荒削りというかもっと原始的な響きの不思議な音楽が奏でられる。


「えっ、何?」


鳳も戸惑うようにきょろきょろと辺りを見回していたが、そうしているうちに舞台に人が現れ始めた。


「おっ、おお」


舞台上に居るのは全員仮面を被った女性たちだった。どこか東南アジアの部族が彫ったような仮面で、身につけた衣装は大事な部分だけ確してほとんど丸見えの薄衣である。

その姿に昨日の女性たちを思い起こすが、それもそのはずで顔こそ見えないが体つきや髪型など同じ人物であることは明白である。


それらの女性たちが篝火の周りをまとわりつくように踊り始める。音楽もそれに合わせてどんどん激しさを増していく。

やがて段々とトランス状態になっていくようで、女性たちはより一心不乱に踊り始める。遂には服を脱ぎ始めたのだから思わずぎょっとする。

慌てて鳳の方を向くと、鳳も何かに呑まれはじめているかのように血走った目で舞台を凝視していた。

もはや声をかけても意味がなさそうだ。


太鼓の音がリズミカルに早く響き始めた。

まるでこれから何かが始まるような響きに段々と不安すら覚えだす。

そして満を持してそれは姿を表した。


はっきり言ってコントかお笑いショーだと思った。

ココナッツでできた仮面を被った…筋肉隆々の男性が火のついた棒を携えて現れたのだ。


(これファイヤーダンスの人だな?!)


ファイヤーダンサーもといココナッツ仮面は裸の女性らの輪の中に入ると、まぁ妥当だろう。

ファイヤーダンスを踊り始めた。


「ここやしさま〜〜」

「ここやしさま〜〜」


火花が触れるのも厭わず女性たちがココナッツ仮面に縋り付くようにまとわりつき始めた。

ここまでくると踊りが完全に性行為のそれを模していることがわかる。


「…」


俺は興奮を通り越して何を見せられているのか混乱していた。ただの卑猥なショーなのか、それとも宗教儀式なのかわけがわからない。

段々と冷めてきてしまった。


「ちょっと風あたってくるわ…」


自分以外、全員がトランス状態に入っているらしく出ていく俺を気にするものはだれもいなかった。


階段を上がり、ロビーを通り抜けようとしたとき話し声が聞こえてきた。


「いや〜〜今年もいきのいい生贄がお供えできそうで良かったですわ!」


「ちょうどよく雨が降ってくれたもんですからスムーズに儀式も行えてラッキーですよ!」


何の話だろう。よく解らないがなんだかぞわぞわする。


「そろそろいい塩梅になって来た頃合いじゃないですか」


「そうですなぁ、じゃ行ってきますわ」


男たちが別れたのを確認して、俺はこちらにやってくる男を物陰に隠れてやり過ごすと男の後をついていった。

おそらくこのときにはすでに頭の中で危険を知らせるシグナルが出ていたのだろうと思う。


男が宴会場の中に入っていった。

俺はそろそろと近づいて扉をちょっとだけ開き、そして唖然とした。


舞台の上では鳳が台の上に寝かされている。

目は開いているがだらんと垂れ下がった手首を見るに何かされたのだろう。

その周りを女たちがうねるように踊り狂う。

何か言葉にならない叫びを上げて飛び回る姿は人とならざるもののようだ。

その中心でふらふらと揺れるココナッツ仮面の両手には禍々しい光を放つ巨大な刃物が握られている。

やがてココナッツ仮面は刃物を振り上げたりおろしたりと妙に焦らすような動きをし始めた。


「そろそろかな?おや…もう一人がいない」


その声にハッとして男の方を見る。

男はゴムエプロンにゴム手袋をはめてバケツを手に下げている。

バケツに突っ込まれているのは糸鋸などさまざまな刃物だ。

既視感がある。ホラー映画で見た光景そのままじゃないか。

あれは解体用の装備だ。


ココナッツ仮面の動きがピタリと止まる。

揺らめかせていた刃物が狙いを定めた。

そして鳳の首に振り落ろされーーーー


「鳳!!」


叫んでしまった。


刃物がピタリと止まり、視線が俺に集中する。

それは到底自分たちを温かくもてなしてくれた人たちのそれではなかった。


俺は一目散にその場から駆け出した。

鳳には薄情なことをしたと思うがきっとあいつも俺の立場なら同じことをしたと思う。


そして冒頭の密林の中を彷徨う羽目になったというわけだ。

俺はひたすらに密林を抜けようともつれそうになる足をなんとか奮い立たせて必死に走っていた。

そしてようやく、密林を抜け出したのであった。


「やった!これで…」


全く喜べなかった。

密林を抜けた先は断崖絶壁で、更にその下は暗い海が広がっている。

縁まで行って下を覗いてみるもただただ暗闇が波音だけを伴って広がるだけだ。


どうする。また密林の中へ戻るか。


「いたぞ!!」


密林の中から松明を掲げた島民らがやってくる。


「全く、手間をかけさせて…これはとても光栄なことなんですよ?ここやし様の元に召されるのですから」


運転手の男が糸鋸と金槌を持って近付いてくる。


「く…くるな!」


後ろは断崖絶壁、前はいかれた島民たち。

逃げるとすれば道は一つ。

俺は断崖絶壁から暗い海にダイブ




しようとしたが、足が動かなかった。

俺は己のチキンさを呪った。

今思えば置き去りにしてきた鳳の呪いだったのかもしれない。

そういえば鳳はどうなったんだろう。

いろいろ考えていると、段々と松明を持った連中が近づいてくるのが視界に入った。


「さぁ、ここやし様の元へ参りましょう」


俺が最後に見たのはやけにスローモーションで振り下ろされる金槌だった。






「あれが神踊島ですか」


あろは丸の窓から客の男が島を眺めて言った。


「はい、小さい島ですが都会から来た人にはいい骨休めになる落ち着いたいい島ですよ」


操縦士の男が陽気な声色で言う。


「へえ、楽しみだな。魚がうまいって聞いたけど」


「ええ、とっても美味しいですよ。この辺りは複雑な海流になってましてね」


「ふうん」


男はふと何か思い出したように懐からメモをだすとさらさらと何かを書き始めた。


神踊島。かつては立ち入りが禁じられていた特有の宗教を信仰する島である。信仰の対象はここやし様という正体不明の神?であり南方の影響を多分に受けているとされている。ここやし様は豊漁の神であり不興を買うとその年は不漁に悩まされるといい漁業で生計を立てている島としては死活問題である。

故にここやし様の無聊を慰めるべく数年に一度生贄として健康な成年男子を捧げる儀式を行う。しかしこれらはあくまで過去の話であり今も行われているかは不明のため、現地にて調査が必要と判断した。


「お客さん物書きさん?」


操縦士の男が何気なしに聞いてきたので、客の男はメモを懐に仕舞い込んだ。


「東京の大学で民俗学の研究をしているものです」




この後、客の男はこの島の真実を暴き世間から大いに注目されることになる。

その時の取材を元にして書いた「神踊島調査録」はまるで冒険小説のようなノンフィクションとしてベストセラーとなるのだが、それはまた別の話である。

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南国因習島奇譚 佐楽 @sarasara554

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