ハーヴェスト

白井まくら

第1話 仮面の男たち

ある路地裏にて。

「アマンダ、これくらいでいいか?」

右手に持った小型剣にこびりついた血をはらいながら大男は言った。

「ああ、今日はご馳走だな。マスケラルお前、仮面が血まみれだぞ。」

アマンダは怖いんだよと言いながら大男目掛けてタオルを投げる。

「ああ、すまんな。おーふかふかじゃねーか。こんな高価そうなの何処で手に入れた?」

「まあ、ちょっとな」

二人の住む街、ランドは貧民や冒険者と呼ばれるもの、明らかに人間でないものがうじゃうじゃいる。そんな廃れた街では日常用品を手に入れることさえ難しい。

「もしかしてまたあいつらか?あんなのに構ってたら骨の髄までしゃぶられて捨てられるのがオチだぞ」

「わたしもあいつらと関わりたくなんかないさ。けど、生きていくには諦めることも大事だ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ。それより早く戻ろう。腹が減ってお腹と背中がくっつきそうだ」

ぐぅーと腹がなり、大男は腹をさする。

「そうだな。オレも腹減ってきたぜ」


この後も何気ない言葉を交わしながら二人は捕らえた獲物を抱え帰路に着いた。




アジトに戻った二人は早速食事の準備を始める。

「もう腹ペコでしょうがねぇ。今ならそのままこいつらに噛み付いても上手い気がするぜ!!」

数時間前に捕らえた獲物を抱えた大男が叫ぶ。

「何言ってんだ、死にたいのかお前は。毒抜きするからこっち持ってきてくれ」

「冗談だって。調理されてない化獣食うほど落ちぶれちゃいねぇよ」

大男は抱えていた獲物を台所まで運び、一匹づつ丁寧に皮を剥いでいく。皮は冒険者組合でできるだけ高く換金してもらうため、綺麗に綺麗に剥ぎ取っていく。だが、今回は小型剣を突き刺してトドメを刺した。剥ぎ取った皮を広げると、刺した部分には穴が空いていて高値での換金は期待できない。

「失神させるべきだったか」

大男達二人が狩った化獣はオオオオカミ三匹。普段は路地裏のような人の住む街にはいない化獣ではあるが、特に手こずる相手ではない。他にも色々やりようはあったんじゃないかと考えるが今となっては後の祭り。

「他にやりようなんてなかったさ。なんてったってオシカミの討伐依頼を受けてたからな。だからマスケラル、お前さんの小型剣でヤるのが一番速くて楽だ」

オシカミとはオオオオカミの略称。名前にオが四つでオ四カミ──オシカミと冒険者の間では呼ばれている。

「最初は揚げようかとも思ったんだが、この大きさでしかも三匹だしなぁ。今日は塩コショウで焼くか! 」

服を着替えていたアマンダが台所へやって来来る。そのまま塩コショウの入った瓶を冷蔵庫から取り出し、大男が剥ぎ取ったオシカミとその皮を交互に見やる。

「随分上達したな。皮も剥げなかったあの頃が懐かしいよ」

「おいおい、あの頃って。まだアマンダと出合って半年そこらだよ」

少し照れながら大男は半年前を思い出す。過去の自分と今の自分。アマンダと出会う前はよく言えば我武者羅に、悪く言えば考え無しに猛進、その日の食事もままならないほどボロボロな毎日だった。金は無い、手がかりもない、明日に備える宿すらない。それに比べて今は手がかりこそ無いが、こうして食料も宿もある。確実に前に進んでいる実感がある。

「まあでもアマンダと出合えてほんと良かったぜ。これからもよろしく頼むぜ、相棒!!」

大男が拳をアマンダの前に出す。

「なんだよいきなり。ほら、毒抜きするから桶持ってきてくれ」

答えるようにアマンダは自分の拳を大男の拳にぶつける。


この時の二人はまだ知らなかった。二人の住む街ランドに大男の探しているある男とその手がかり、そしてそれを探す敵となりうる存在が近づいていることに。



ある路地裏にて。

「うぉらぁああ!!」

手刀でオシカミの胴体を半分に切り裂く。一匹、二匹、三匹、四匹と向かってくるもの一切構わず、右腕の手刀のみで路地裏を真っ赤な血で染める。

「ったく、キリねぇな。ここがこんなに化獣が出る街だなんてきいてないぞ!」

右腕を曲げ、腰を低く保ち、構える。すると右腕が光を帯びる。その光は徐々に右腕から右手の指先まで囲んでいく。

「ふあっっ!!」

手刀の男は帯びた光をオシカミ目掛けて投げるように振り下ろす。帯びた光はブーメランの如くオシカミを捉え切り裂いていく。未だ襲いかかろうとしていたオシカミ全てを余すことなく切り裂いた後、右腕へと戻っていった。

「フゥー、終わった終わった」

手刀の男は切り裂いて半分になったオシカミを掴み上げ観察する。

「それにしても多かったな。しかもこんな路地裏で出てくる化獣じゃぁねぇな。何が起きてんだ、この街に」

「遅れてすみませーん。ああもう全部倒しちゃいましたかぁ」

手刀の男へ手を高くふりながら近づいて来る一人の影。

「倒しちゃいましたかぁ、じゃねーよ。来るのが遅いんだよ」

「だってワンさん走るの速いんすもん」

「ケイ、お前が来るの遅くて全部倒して俺ぁ疲れちゃったよ。思ったより数も多いし、大変だったぁ。もうほんと疲れたぁ。こんなところで体力使う予定なかったのによぉ。俺ァもう休みてぇよ。と、いうことで後よろしく!!」

ワンがそそくさと帰っていく。その後ろ姿をを見ながらケイはため息をつきつつも任された仕事に向き合うため、路地裏へと視線を向けた。

「うーわ、マジか。これの後処理はきついぜー」

ケイが見たのは真っ赤な血で染まった路地裏とそこに転がった無惨な死体の山。億劫になりながらポケットから手袋を取り出す。手袋をはめた両手を合わせ意識を集中させる。

「オープン」

すると一部の空間が歪み始める。歪んだ空間はそのまま長方形くらいまで大きくなる。空間の一部を切り取ったようにも見えるそれはケイが作り出したゲートであった。

「うし、このくらいでいいか。さっさと終わらすべー」

転がった死体をゲート目掛けて放り投げていく。死体はゲートの中、つまりケイが作り出した別空間へ入っていった。全ての死体を片づけるとゲートは消滅した。続いてケイはポケットに常時発動させているゲートに手を突っ込み、ホースを半分の長さまで出して発射ボタンを押す。ザーと水が吹き出し血で染まった路地裏を綺麗にしていく。隅々まで流しきった後、今度はポケットからモップと乾いた雑巾を取り出し、一滴も残さず水を拭き取った。

「おーし、これでオーケー。バッチリ綺麗!」

ケイがここまで綺麗に掃除をしたのは、ワンに後処理を任されたからだけでは無い。証拠隠滅でも無い。ケイ自身が綺麗好きだからである。綺麗好きと言ってもただの綺麗好きではない。汚さの程度は関係なく最後に水をかけて綺麗にする、それしかしない。どんな状況下においても最後に水。これはケイのプライドであり誇りであった。

「ん?なんだこれ」

路地裏の奥のほうに赤い宝石のような物体が転がっている。形は正八面体に近い。路地裏に水をかけたことで付着した水滴が反射しケイの眼球にまで届いた。拾ってよく見てみるとプラスチックのようにも思えてくる。ただ拾ってみて一つだけわかったのはその赤い物体はそれ一つで完成されたものではない。つまり何かの破片である可能性が高いということだった。

「まあ一様な」

赤い物体をポケットゲートへ突っ込む。そのまま来た道を戻り路地裏を後にした。



路地裏近くに住む老夫婦はその日、三人の仮面を被った人物を見たという。一人は筋肉質の女性を連れたドクロの仮面の大男。そして真っ赤な仮面に二重丸が書かれた男と緑色で真ん中に数字で三と書かれた男。あとの二人は特殊な能力を使っていたという。

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