第56話 シルザールの街で潜んでみた
俺は今度は目的を持って城に行くことにした。セリスに会う。ジョシュアを探す。ついでにオメガに会ってもいいか。あまり欲張るといいことが無い。とりあえずはセリスだ。
城に入る前から隠形魔法を使う。飛翔魔法を早く覚えたいが、今のところそんな暇がない。ダンテが居なければ俺の隠形魔法はそこそこの筈だ。
見知った城内を歩く。セリスが居るとすれば何処だろう。マシュー・エンロールやマロン・シシドスの部屋は覚えている。その辺りは魔法使いの部屋が多いはずだ。
セリスは曲りなりにも第二夫人なのでそれなりの部屋に軟禁されているはずだ。俺は軟禁されていると決めつけていた。
何人かメイドをやり過ごす。その中にはセリスの部屋の係が居るかも知れない。メイドたちの会話を少し聞いてみる。
「なんでしょうね、あのお姫様は。いくら旦那様とご結婚される予定だとはいえ、まだ正式にはただの婚約者でしかないというのに」
何やらメイドはご立腹のようだ。少し聞いているとシンシアかセリスのどちらかの担当で間違いなさそうだった。ただ名前を呼んでくれないので、どちらの担当かが判らない。
そのメイドは用事を済ませたから午後のお茶を部屋に持って行く、という事なので付いて行った。
部屋に入ると煌びやかで豪勢な調度品に溢れている。応接部屋と寝室が繋がっていて、その部屋の主人はソファーに凭れて眠っていた。
「お嬢様、午後のお茶をお持ちいたしました。そのようなところでお休みになられては風邪をひいてしまいますよ」
メイドは声を掛けて部屋の主人を起こし、テーブルにお茶の用意をしている。セリスではなかった、ということはシンシアか。
俺は少し迷ったが、闇雲にセリスの部屋を探しても見つからないのでメイドが出ていくまで部屋に潜んで待つことにした。
魔法使いでもない二人に気取られる心配はなかったが俺はバルコニーに出ることにした。勿論窓を開けたりはしない。
バルコニーは日が差し込んで暖かかった。迂闊にも俺はそこで眠ってしまった。
「あっ」
俺は目覚めた。拙い、あれから時間が経って居る様だ。そとはもう寒かった。中の様子を伺うとシンシアとメイドでない別の女性が話をしていた。セリスだ。軟禁されているのではなく、割と自由にしているのか。
「シンシア、でも本当にどうしたらいいのか判らない」
セリスは姉のことを名前で呼ぶようだ。何の話だろうか。
「セリス。公爵様のお考えは私にも判らないわ。なぜ私とそしてセリスも妻にと仰るのか。第二夫人や第三夫人はそれほど珍しい訳ではないけれど同時に二人、それも姉妹をと言うのは聞いたことが無いわ」
この世界でも珍しいことなんだ。そういえば、そんな話を聞いたことが、あったっけかな?
「何かシンシアでないといけないこと、そして同時に私も一緒でないといけないこと、があるのでしょう。そうでなければ男色家として有名な公爵様が妻帯されることなど考えられません」
二人には想像が付かない何か、そして理由も判らない求婚に従わなければならない身の上、貴族は貴族で大変なんだな。
「私は覚悟していたからいいけれど、あなたにはもっと自由に生きてほしいと思っていたのに」
「私もシンシアには悪いけれど自由に生きるつもりでしたわ。でも王都で簡単に捕まってしまって。ジョシュア一人ではあの子供の魔法士一人に全く太刀打ちできませんでした」
子供の魔法士、エル・ドアンのことか。
「彼も精一杯やったんでしょう。魔法を使えない者は魔法使いには勝てません。剣で対抗しようとするのなら、それ相当の修行も必要でしょう。彼単独ではあなたを守るには不足しているのではありませんか?」
シンシアは強い言葉でセリスを窘める様に言うが、それはセリスに対しての愛情の裏返しの様に見える。自由な恋愛に生きようとする妹に対して応援したい気持ちと嫉妬心との狭間で揺れているのかも知れない。
「ジョシュアは私を守ってくださいましたわ。でも」
「魔法使いに眠らされてしまって、というのでしょう。それでは騎士の役目は果たせません。それでその頼りない騎士はどうなったのですか?」
シンシア、いいぞ、俺はそれが聞きたかったんだ。
「ジョシュアは私を誘拐した犯人として捕まってこの城に幽閉されている筈です。そもそも私は誘拐されてはいないので冤罪なのは間違いありませんが、そんなことは関係なく近々処刑されるかも知れません。シンシア、公爵様に彼の助命を頼んではくれませんか」
それは無理な話だろう。見せしめとしても処刑は間違い無い。
「私から?公爵様は苦手だわ。あなたが直接お願いしたら?」
「そんなこと言える筈がないじゃない」
本気で言っているとしたらシンシアはちょっと浮世離れしているな。
「彼は悪くないのです。私を自由に暮らさせたい、その一心で連れ出してくれたのですから」
「いいわね、あなたはそんな人が居て。私には勿論居なかったし、もし居たとしても付いては行かなかったでしょう」
政略結婚の花嫁としていずれかの貴族に嫁ぐことは生まれた時から決まっていたのだ。シンシアはそれを何の疑問も持たずに受け入れていた。
シンシアは特段悪い子ではないようだが、他人に対して厳しい見方しか出来ないのかも知れない。メイドに強く当たっていることも、公爵の妻になるからではなく元々そういう性格なのだろう。
俺は声を掛けようかと思ったが、セリス一人になるまで待つことにした。ここはシンシアの部屋だからいずれ自室に戻る筈だ。シンシアが居たら俺のことをベルドアに突き出してしまうかも知れない。
二人はその後もしばらく平行線の話をしていたが、外か少し暗くなったのでセリスか戻ると言い出した。
「ではシンシア、これで失礼するわ。夕食には出ないから公爵様に伝えてくださいな。少し体調が悪い、と言っていたとか言っておいて」
そう言うとセリスは部屋を出ていく。俺は直ぐに後を追った。
セリスはシンシアの部屋から少し離れた同じ中庭に面した部屋に入って行った。自由に出入りで来ているということは軟禁ではなく賓客として遇されているということか。第二夫人になるのだから当り前なのだが一度逃げているのだからもっと厳しく見張られているのかと思っていた。
俺はセリスの部屋に忍び込んだ。壁抜けは得意ではなかったが、繰り返していると慣れてくる。
部屋に入るとセリスが服を脱いで部屋着に着替えようとしているところだったので慌てて声をかけた。
「セリス」
「えっ、誰?誰なの?人を呼びますよ」
俺はとりあえず声だけで話すことにした。見た目が変わっているので騒がれる可能性が高い。
「俺だよ、沢渡幸太郎だ」
「コータロー様?本当にコータロー様なのですか?」
「そうだ、ルスカナの屋敷で別れてから少し時間が経ってしまったね。元気そうで何よりだ」
「私は身体は元気なのですがジョシュアが」
「聞いたよ。それでこの後ジョシュアを探しに行こうかと思っているんだが、あいつが幽閉されている場所に心当たりはないか?」
「ごめんなさい、この城にまだ慣れて居なくて。それに私が自由に行き来できるのはこの部屋とシンシアの部屋だけなのです」
なるほど、その二つの部屋だけは自由に動けるのか。
「そうか、じゃあ探すしかないな」
「それにしてもコータロー様、どうして声だけなのですか?声もなんだか別人のように聞こえるのですが、本当にコータロー様なのですか?」
うんうん、それだよな。姿を現して説明が必要だよな。一々面倒なので名札でも貼っておこうか。
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