第45話 ロングウッドの森でクマさんについて行った

「ヒッ、ヒグマ!」


 俺は思わず後ずさって叫んだ。動物園や熊牧場以外で熊を見たのは初めてだった。


「クマだと?失礼な、我はナーザレス・ロングウッドという名だ、クマなどという名ではない」


 こいつ、自分が熊だと言う自覚が無いのか。


「いや、クマは名前じゃなくて種類の名前なんだが、馬とか鹿とかいう種類の話だ」


「我はクマなどという種族でもないぞ。お前たちと何が違うのだ」


 まさかとは思うが自分を人間だと思っているようだ。どうしてそうなった?


「えっと、そうか、あんたはクマじゃないんだ。いいよ、それで、うん問題は無い」


 俺はとりあえず相手を怒らさない様にすることに決めた。敵対していいことなど何一つないからだ。それに魔法を使っているし人語を操っているには違いないのだから、それはもう人間と言って差し支えない。見た目を除くと、だが。


「何かいいたそうだな。まあいい、それでここで何をしておったのだ?」


 見た目で吃驚して話を止めてしまったので、やっと元のところに戻った。


「ああ、そうだったな。ここである人を、この森に住んでいる人間を探しているんだ。若い女の子なんだが知らないか?」


「住んでいる人間で若い女性だと?住んでいる人間はたくさんいるが若い女などという者はおらんな」


 沢山住んでいるのか。それにしては全く誰にも会わなかったが。唯一出会ったのがこの熊さんだけだ。


「そうなんですか。俺はこの間15~6の女の子に会ったんだけど」


「だからそんなものは居らん。少なくとも我の知る限りは居らん」


 このクマが本当は森の支配者ではないか、本当に居ないのか、判断が付かない。


「それにしても魔法を使えるんだな」


「魔法、使えるが。お前は使えないのか?」


「まだ駆け出しの魔法士なんだよ。少しは使えるけど。それで修行しようとここに来たんだけで、修行をしてくれるはずの人が見つからないんだ」


「なるほど。確かにここには色々な魔法使いが住んでいる。というか魔法使いしか住んでいないな」


 そうか、ここの住民は全て魔法使いなんだ。


「とすると各自が結界なんかを張っていて他人は入れなくなっているとか?」


「うむ。そうかも知れん。我はそんなことは気にせずに何処にでも入って行くがな。でもそんな若い者は確かに居らんはだなんだが。まあ魔法使いの年齢は見た目とは違うのことも多いのでな」


 もしかしたらルナも見た目と違うのか?師匠と幼馴染というのが本当の事だとしたら、見た目に騙されたことになる。


「クマさん、凄い魔法使いなんだな」


「クマでは無いと言っておるだろう」


「でもナーザレスとか言い難いから、もうクマさんで良いじゃないか」


「仕方ない、特別じゃぞ」


 なんだか気に入られたのか、クマ扱いを許してくれた。でも、見た目からしてクマとしか呼びようがないから有難い。


「でもここに来て結構日が経つけどクマさんとは会わなかったな。いつもはどこに住んでいるんだ?」


「我はロングウッドの森そのものだからな。森の中心にあるア・レウラ・ムーロの元で暮らしておる」


「ア・レウラ・ムーロ?なんだそれ」


「この世界で最初に生まれた大樹の名だ。樹齢千年は疾うの昔に超えておる」


 『この世界で最初』は言い過ぎだと思ったが、そんな野暮なことは言わない。本当にこの世界で最初なら千年どころの騒ぎでは無いはずだろう。


「大きな木が森の中心にあるんだ。俺はその中心にはまだ至っていないということか。ここはどの辺りになるんだろう」


「ここは森の中心からは東に半分ほど来たところだ。お前がどこから来たかは知らんがな」


「俺はシルザールという街から来たんだが、知っているか?」


「シルザールと言えばここから一番近い大きな街であろう。馬鹿にする出ない、そのくらい知っておるぞ。行ったことはないがな」


 というか多分クマさんは森から出たことが無いんじゃないか、と思った。実体はあるようだが森の妖精のような存在なのかも知れない。森からは離れられない、とかの制限がありそうだ。


 そう言えば、この世界に来てから普通の人間以外は会ってない。亜人とかは居ないのか?思いもしなかったので聞きもしなかった。エルフとかがいるなら会いたいもんだ。で、最初に出会ったのが人語を操るクマ、っていうのはどうなんだ?


「そのア・レウラ・ムーロってとこに連れて行ってくれないか?」


「お前をか」


「そうだ、俺をだ」


「連れて行ってどうする?」


「いや、ただクマさんの住まいを見てみたいだけだ」


「なんだ我の棲家を見たいのか、変な奴だな。今までそんな奴は一人も居なかったぞ」


 それはあんたがクマだからだろう、と思ったが口には出さない。相手の思考を読む魔法は使えないようだから助かる。もし思考を読まれていたら失礼な事ばかり考えていた。


「では付いて来い」


 そう言うとクマさんは歩き出した。


「いやいや、ちょっと待って、ここを引き払うから」


 寝袋のようなものとかを広げていたので、その辺りのものを全部収納魔法で取り込み俺は後を追った。深夜なのに少し明るい。クマさんの魔法だ。魔法に関しては普通の魔法使いと何ら変わらない。上級魔法士程度と見た。


 そこからア・レウラ・ムーロまでは四日掛かった。クマさんがちょっと迷ったりしたのだ。


「まあこんなこともある。方向は大体判っているのだが真っ直ぐ歩けないので見失うのだ」


「はいはい。そういえば何であの時俺のところに来たんですか?ア・レウラ・ムーロからは相当遠いのに」


「それは、まあ、いいではないか」


 あの時も実は迷ってたな?と思ったが指摘はしない。一応プライドも高そうだったからだ。


「着いたぞ」


 やっとア・レウラ・ムーロに辿り着いた。そこは確かに始まりの大樹と言っても遜色ない巨大な樹だった。










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