第4章 雌伏の章
第44話 ロングウッドの森で○○に出会った
馬車でなら1日で付くところを俺はなんとか徒歩で2日かけて辿り着いた。そこはロングウッドの森と呼ばれるシルザールの北西に広がる森林地帯だった。
そこは先日師匠のヴァルドア=サンザールと一緒に訪れた少女が暮らしている場所だった。ただ詳細な場所は覚えていなかったので、森の入り口で少し途方に暮れていた。
「さて、どうしたものかな」
師匠とは約束も何もしていないが、いずれこの森に来るはずだと踏んでいた。勿論俺の修行のためだ。
だが一番の問題は広大な森の中で一人でルナジェール=ミスティアが住んでいる場所にたどり着かなければならないと言うことだった。
馬車が通れる道を通った筈なので何とかなると軽く考えていたのだが、進めど進めど見覚えのある場所は出てこない。
「おーい、ルナさーん、コータローです」
大声で叫んでみるが返事は無い。とりあえず野宿することにしたが、この時期そろそろ夜は寒い。俺は大きな木の洞を見付けてそこに入り込んだ。
森の中で安易に火を起こすこともできない。暖を取るには枯草を集めて潜り込むくらいで精いっぱいだ。
食べるものはなんとか木の実や果実でしのげるが、それもいつまでも続かない。早急に対策を考える必要がある。小川も近いので飲み水には困らなさそうだ。とりあえず、この洞を拠点にして森の中を探索することにしよう。
ルナはあの若さ(実年齢は知らない)で師匠が頼りにするくらいだ、相当な魔法使いに間違いない。俺の拙い感知魔法では到底捕らえられない。
逆にルナには簡単に俺を探知でくるように色々と魔法を使ってみる。特に何かの魔法を使うのではなく単純に魔法力を開放したりしてみる。
今のところ特段何の反応も無かった。さてどうしようかと思案しているが特段いい案も浮かばない。
シルザールに戻る選択肢もないので、ここで何とかするしかない。俺はとりあえず近くから探索することにした。
目印を付けながら一方向に一定時間進む。半日進んで半日で戻る、という感じだ。森の中なので半日で進める距離はそれほど長くはないが、それを四方八方に繰り返す。
しかしその方法では1週間たっても手掛りは得られなかった。ルナは見つからないし、ルナも見つけてくれない。師匠も来てはくれなかった。
こうなったらサバイバルだ、ということで石を積んで囲み延焼しないように周りの草木を刈り取ってコンロを作った。これで注意すれば火を起こしても問題なさそうだ。
小動物を狩って少しの肉も手に入れた。うん、なんだかここで生きていける気がしてきた。
その間も修行は続けている。大量に仕入れていた例の薬は収納魔法で持参している。未だに死にかけるが、まあそこそこ慣れてきた。ただ問題なのは以前ほどマナの総量か増えなくなってきている。
俺の基本的な戦い方は大量のマナを近い攻撃魔法や防御魔法は数で勝負、というやつだ。
もちろん精度や威力も上げるよう努力しているが、そのあたりの才能はあまり持ち合わせていないようなので、とりあえず質よりは量だ。
師匠に言わせると俺のマナの総量は異常らしい。自分より多い人間を初めて見た、ということだ。もしかして自分の自慢も入っているのか?とも思っていた。
いずれにしても大量のマナに裏打ちされた物量、じゃなくて魔法量で相手を圧倒するのだ。まあ、実際のところ師匠相手以外には誰とも魔法で戦ったりしたことはないんだが。
修行も大切だがルナも探さなくては行き詰ってしまう。俺は捜索範囲を徐々に広げていき、一日ではたどり着けないところまで伸ばしてみた。しかし、全く痕跡すら見つからない。
ふと不思議なことに気が付いた。そうなのだ、こんなに大きな森なのにルナどころか誰の痕跡も見つからなかった。本来なら林業をやっている人々は一定数いる筈だ。他にもキノコを採集したり色々と人の痕跡はあってしかるべきだとおもった。それが全く見当たらない。
「何かが可笑しい。もしかして人が住めない森なのか?」
それはあり得ない。実際に俺はもう2週間も普通に過ごせている。数日は雨も降ったし水分補給も万全だ。木の実も果実も小動物も、あまり苦労をしないで手に入れられている。とても過酷な環境とは言い難い。それなのに大都市であるシルザールに近いこの森で誰も暮らしていないのは、やっぱり可笑しく思える。いるとしてもルナ一人なのか?
俺は元居た洞より森の中心に近い、もっと大きな洞を見つけて、そこを今後の拠点とすることにした。生活はより快適になってきている。
「ここでずっと暮らそうかな」
なんてことを真面目に考え始めていた。
そんな夜の事。
「こんなところで何をしている」
突然声を掛けられた。
「えっ、誰だ?」
「それはこちらが聞いているのだ、お前は誰で、ここで何をしているのだ」
「いやいや、夜中に突然話しかけて、名乗りもしないで誰だとか、あり得ないだろ」
相手の姿は見えない。隠形魔法や隠蔽魔法を使っているのか、それも探知できなかった。
「我を誰だと心得ておるのだ」
「だから知らないんだって。そこまで言うなら名乗ってくれよ」
「我が名を知らんと。このロングウッドの森に居ついておるにもかかわらず我を知らんと言うのか」
「だからさ、さっきからそう言っているでしょうに。夜中に他人を起こしておいて何を難癖つけてるんだ?」
俺は睡眠を邪魔されて不機嫌だった。元々睡眠は浅い。少しの物音でも起きてしまう。森の中は夜でも様々な音がするので何とか慣れてきたが、熟睡には程遠い。
「難癖などつけておらん。失礼な奴だな。よかろう、無知なるお前には、こちらから名乗ってやろう。我が名はナーザレス・ロングウッド、この森の主だ」
「森の主?それはどういう意味で?」
「どうもこうもない。我がこのロングウッドの森を支配しているということだ」
「へぇ、じゃあこの森はあなたのものなんだ」
「そう言っておる」
「貴族が領地として持っているとか?」
「我は貴族などではない。ただこの森が生まれた時よりずっとここに在る、我こそがロングウッドの森そのものなのだ」
なんだか面倒な奴に絡まれた気がする。人間ではないのか?
「その森の主様がなんで俺を起こしに来たんんだ?」
「お前を起こしに来たわけではない。我が森に見慣れぬ者がおったので声を掛けたまでだ。それで、こんどはそちらが名乗る番ではないか?」
まあ正論だ。相手が名乗ったのだ、こちらも名乗るのが筋というものだろう。
「俺の名前は沢渡幸太郎。駆け出しの魔法士だ、これでいいか?」
「サワタリコウタロウ?聞きなれぬ名だな。お前生まれは何処だ、アステアなのか?」
「俺の生まれは滋賀県、琵琶湖の畔だ」
「シガケン?ビワコ?聞いたことが無い。それはどこの国にあるのだ?」
「多分何処の国でもない。俺は異世界から来た転生者なんだ」
変な奴だが何故だか嘘を吐く気にもならなかったので俺は本当のことを話した。滋賀県生まれの大阪育ちだ。琵琶湖の畔は嘘だが。
「なんと転生者だと言うのか。それは珍しい」
「なんだ転生者にあったことがあるのか」
「一人だけな。名をジョン・ドゥと言ったか」
またあいつか。なんだか俺はそのアメリカ人の後を追い続けているかのようだ。
突然洞の前が黒い何かで覆われた。話していた相手が姿を現して洞の前に立ったのだ。
その姿は完全にヒグマだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます