第32話 シルザールの街で修業を再開した

 師匠が外出してしまい、俺は特に何もすることが無い。仕方ないのので魔法の修行をすることにした。今後のことも考えて隠蔽魔法の中の隠形魔法の精度を上げることと飛翔魔法を覚える。


 ストックしてあったマナを増やす薬も使いながら俺は無詠唱でハイレベルな隠形魔法を使えるように訓練した。


 壁のすり抜けも含めて屋敷の中を姿を隠したままうろうろとしてみる。誰にも気が付かれない。問題はこの屋敷お抱えの魔法士だ。このくらい大きなお屋敷なら相当高位な魔法士がいる可能性が高い。俺は見つかった時のことも考えてちゃんと屋敷の主に断ってから修行を続けることにした。


「ルアーノさん、ちょっとワリスさんにお願いしたいことが有るので、取り次いでいただけますか」


 廊下で見つけた執事のルアーノに話しかけると、怪訝な顔をされた。しまった、隠形のまま出て来ていたので急に姿を現したように見えてしまったかも知れない。


「コータロー様、いつお部屋を出られましたか?」


「ああ、ちょっとお屋敷の中を見学したくてさっき」


 嘘は言っていない。


「そうでしたか。ヴァルドア様はどうされました?」


 しまった、師匠が屋敷を出たことは俺以外は知らない。これは少し拙いことになるかも知れない。


「ああ、師匠は部屋にいるんじゃないかな。俺は出ていたので部屋で何をしているのかは判らないよ」


 嘘を吐いた。こんなことで騙せるのだろうか。


「では、あとでお茶でもお持ちしておきましょう。主人にご用事でしたね、少しここで待って居ていただけますか、すぐに聞いてまいります」

 

 そう言うとルアーノはワリスの部屋の方に向かった。向かったと思った。正確にはワリスの部屋を知らないのでルアーノが向かった方にワリスの部屋があるのではないかと思った。


 いや違う、あの方角は俺たちが通された部屋だ。ヴァルドアの所在を確認しに行ったのだ。


 ルアーノのは直ぐに戻って来た。拙い、なんだか怒っている風だ。


「コータロー様、ヴァルドア様がお部屋にいらっしゃらないのですが、どこに行かれたのかご存じありませんか?」


 俺が部屋を出た時はまだ師匠は部屋に居た、という俺の設定を踏襲してくれている。俺を疑っていないのか、今のところは設定に乗ってくれているのか、よく判らない。


「えっ、部屋にいませんでしたか?俺が部屋を出た時にはまだ師匠は仮眠をしていましたが」


 少し白々しいか。元々バレているのなら何を言っても同じだろうから、まあいいか。


「今は屋敷の外には出られない方がいいと思うのですが、仕方ありませんね。では、ご一緒に主人にご報告していただけませんか」


 俺からは目を離さない、という意思表示かも知れないが断ることも出来ないので二人でワリスの部屋へと向かった。


「ご主人様、少しよろしいでしょうか」


 ノックの後にドア越しにルアーノが声を掛ける。


「どうしたルアーノ。いいぞ、入れ」


 俺たちへの口調とは少し違う低い声でワリスが応えた。


「失礼します」


 ワリスは俺の顔を確認すると直ぐに笑顔になった。それまでの真顔は一瞬で消えていた。


「これはコータロー様、いかがされましたか?」


「すいません、ワリスさん。実は師匠の姿が見えないのです」


 ワリスは特に驚いた風には見えない。


「なるほど、ヴァルドアがじっと待っている筈もありませんね。大丈夫です、あの男はちゃんと考えて行動していることでしょう」


 考えて行動している?とてもそうだとは思えないが。


「ワリスさんは師匠を信用しておられるのですね」


「いえ、信用している訳ではありませんよ。ただあの男がやることなら私か対処できる範囲で収まってくれると言う意味では信頼しております」


 過去に何があったのか知らないが二人の関係は特殊であることは間違いない。


「そうですか、それでは師匠の件は置いておいて、俺の件を。実はワリスさんにお願いがあってきたのです」


「そうなんですか、私にできることでしたら何でも仰ってください」


「実は魔法の修行で姿を隠して屋敷の中を散策させていただきたいのです。特にお抱え魔法士の方に見つからないかどうかを試してみたいのです」


「なるほど。うちの魔法士は上級魔法士が三人、特級魔法士が一人おりますが、大丈夫ですか?」


 それは想定外だ。上位過ぎるんじゃないか?


「いや、それくらいの方でないと修行になりませんよ」


 俺は強がった。相当に強がった。魔法士なんて師匠しか知らないが確かウォーレン家のお抱え魔法士だったワルトワが中級だったはずだ。上級や特級なんて、そうザラにいるものなのか。それほど、このボワール家がとんでもないという事か。


「それでは彼らにあなたが修行をしておられることをお話しておきましょう」


「いえ、そうじゃなくて知らせない状態でその魔法士さんたちの周りをバレないように歩いてみたいんです」


「そういうことですか。では見つかった時に私がとりなせばいい、ということですね」


 やはりワリスは話が早い。


「そうです、そうです。見つかった時には侵入者として捕まってしまいますから、その時にはお願いします」


「今すぐですか?」


「いや、いつ、というのはお知らせしないようにします。誰にも知らせずに部屋を出て戻れば成功という事で」


「なるほど。ではご自由になさってください。成功したら教えてくださいね」


 ワリスは懐が大きい。自分の家のお抱え魔法士の失態になるかも知れない状況を容認しているのだ。俺なんて歳は食っているが魔法士としては本当にただの駆け出しなのだから。


 その辺りも考慮して俺には不可能だと思っているのかも知れない。師匠の言う通り食えないおっさんなのか。

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