第31話 シルザールの街で匿われた

「ここじゃ」


 ヴァルドアが示したのはシルザールでも多分有数の富豪の御屋敷だった。ウォーレン家も大きかったが、ここはもっと大きい。ここよりも大きいお屋敷はベルドア・シルザールの居城しかなさそうだ。


「師匠、こんな金持ちと知り合いなんですか?」


「儂は元々この街の出身だと言っておっただろう。知り合いは多いのじゃよ。特にここの主人であるワリス・ボワールとは古い友人でな。事情を離せば手を貸してくれるはずじゃ」


 二人の交友関係の深さは判らないがヴァルドアは自信満々なので大丈夫だろう。大丈夫じゃないと、また捕まってしまいかねないから、ここは信じるしかない。


「儂が指南して結界を張ってあるから、とりあえずは気取られないように破らないとな」


「師匠、結界を破ったら単なる侵入者として迎撃されるんじゃないですか?これほどのお屋敷にはお抱え魔法士も沢山いそうですし、ちゃんと案内を請うて入らないと、逆に騒ぎになりませんか?」


「馬鹿もの。お尋ね者の儂たちが入るところを見られたらワリスの立場が悪くなるだろうに。いつも勝手に入っている屋敷だ、任せておけ」


 ヴァルドアに任せると碌なことにならない気もするが、ここは任せるしかない。


「ここから入るのじゃ」


 てっきり飛翔魔法で入るのかと思っていたら、裏口のような所の扉をヴァルドアが簡単に開けてしまう。不用心なわけではなくヴァルドアが侵入に長けているだけなのだ。いつもこんなことをしているとすれば弟子になるのも考えものだが。


「よし、ではワリスの部屋に行くとするかの」


 勝手知ったる親友の御屋敷ということで、いくつもの建物が建ち並ぶ中、ワリス・ボワールが普段過ごしている屋敷に直行する。


 途中、使用人の数人に出会うが、顔見知りなのか会釈をするのみで誰もヴァルトアを咎めない。本当にこの屋敷の主人とは親友のようだ。


 屋敷の扉をノックすると執事が出てきた。


「これはサンザール様、ご案内もなく突然どうされました?」


 執事とも知り合いなので、少しは安心か。


「久しぶりだなルアーノ。ちょっとワリスに用が出来て突然で悪いが取り次いでくれないか。急用なんだ」


 執事は少し考えていたようだが、


「判りました。少し中でお待ちください。主人は居りますので直ぐにお伺いしてまいります」


 俺たちは入り口近くの来客用の居間に通された。執事が出ると直ぐにメイドがお茶を入れて持ってきた。手際がいい、よく訓練されているようだ。 


 少し待っていると賑やかな声と共に主人であるワリス・ボワールが降りてきた。


「おいおい、ヴァルドアじゃないか。今度は何をやらかしたんだ?」


 いつも何かをやからしているらしい。


「やらかしたんじゃない。偽りの嫌疑をかけられてしまっただけだ」


「お前を見付けたら城に差し出すようにベルドア公直々の書状が来ているぞ。それが偽りなのか」


「ああ、偽りだな。儂がいない間に『赤い太陽の雫』が盗まれたようなのだ」


「なんだと、『赤い太陽の雫』が盗まれたのか。そんな話は聞いておらんぞ」


「盗まれたかどうかも真偽は判らん。儂と言うよりは、この弟子に儂が犯人だと守護隊の者が言ったらしいのだ。儂は捕まらないからな」


「おお、はじめまして、ヴァルドアの弟子とは大変な目に遭いましたな。私はワリス・ボワールと申します。ただの商人ですが金で爵位を買った伯爵でもあります。恥ずかしいので伯爵とは呼ばずにワリスとお呼びください」


 さすが師匠の友人だ、この御仁も変わっている。しかし爵位は売っているのか。元々の貴族からしたら侮蔑の対象だろうが本人は意に介していないというところか。


「で、私はお前をベルドア様に差し出せばいいのか?」


「何を聞いておったのだ。儂は濡れ衣だと言っておるだろう。真犯人を探す手伝いをしてほしいのじゃ」


「なるほど。で、私は何をすればよいのだ?」


「だからさっきから」


「いや、具体的にやることを聞いているのだよ。何をすればいいのだ」


 ワリスという男、商人だと言うが本当に話が早いようだ。眼鼻が利くというやつか。


「ワリスさん、とりあえず情報です。本当に『赤い太陽の雫』が盗まれたのかどうか、それが何故師匠の仕業だと思われてしまったのか、そのあたりのことの詳細が判れば助かります」


 師匠はこの手のことは不得手のようなので俺が代わりにお願いした。俺と師匠は屋敷からは出難いので、外の情報が得られるのが一番有難い。


「判りました。色々と探りを入れてみましょう。とりあえず、お二人はここでゆっくりしていてください」


 俺は師匠はワリスが暮らしている屋敷の一室を与えられた。一人一部屋だ。ゆっくりベッドで眠れるのは有難い。


「師匠、ワリスさんって本当にいい人ですね」


「お前の目は節穴だな。あれは一流の商人だぞ、笑顔の下には金の亡者の顔も持っているのじゃ。損得勘定で動いているのに決まっているだろう」


「えっ、そうなんですか?」


「当り前じゃ。真犯人を見付ける過程で、あわよくば『赤い太陽の雫』を手に入れられないかと狙っているのだろう」


「そんなものですか」


「そんなものだな。まあ能力に問題がある奴ではない。寧ろかなり優秀な奴だからちゃんと正しい情報を最短で持ってきてくれるだろう」


 そう言う意味ではワリスのことを信用しているのだろう。そして、俺たちをベルドア・シルザールに売ったりしないことも。


「まあ、お前はここでゆっくりしておれ」


「お前は?師匠はどうされるんですか?」


「儂か。儂はちょっとお出かけじゃ」


「いいんですか、ワリスさんにはここで待っているように言われましたよ」


「よいよい。儂には儂の用事というものがあるのじゃ」


「大丈夫ですか?」


「問題ない。では行ってくる」


 そう言うとヴァルドアはふっと消えてしまった。瞬間移動のようなものだろうか。魔法はまだまだ奥が深い。マナの量では引けをとらなくなったが使える魔法の種類や精度では到底師匠には及ばない。早く事件を解決してちゃんと修行をしたいものだ。

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