第25話 ルスカナの街で弟子になった

 ヴァルドアは俺の火球をいとも簡単に吸収してしまった。弾くのではなく吸収したのだ。そして打ち返してきた。それはもはや火球とは言えない、ビームのような収束した炎の線にしか見えなかった。但し威力は俺のそれとは比べ物にならない。相手にとっては造作もないことのようだ。魔法使いとしては最上級なのかも知れない。俺は命からがらなんとか避けた。その動きは奇跡のようなものだった。

 

「お主、本当に魔法は覚えたてだと言うのか?」


「そうだよ、つい先日までは全くマナが足りていなかったから魔法は使えなかった」


「ふむ、それは興味深いな。なぜそんな短期間にマナを増やすことが出来たというのだ?」


「二人を追わないと約束してくれれば教えてやってもいいが」


 俺は賭けに出た。チップは心許ないが、それしかないので仕方ない。


「それはまあ正直どちらでも良いのじゃがな。ただ二人が逃げ出すのを見逃したとすると儂の今夜の宿が無くなるのも事実じゃ。どうしてくれる?」


 俺とジョシュアが泊まっている宿は普通の宿だ、ウォーレン家とは比べ物にならない。それに直ぐに追ってが掛かるだろうから街を出ないといけない。


「今夜の宿は俺たちにも無いさ。セリスは直ぐに街を出ないとまた捕まってしまうからな。行先は決めてあるが、当然言えない。拷問も効かないぜ、魔法もだ。その辺りの対応は抜かりない」


 魔法での自白強要は少し難しい。精神支配の類になるからだ。それに対応するのはさらに難しいのだが、俺はある程度マスターしていた。但し、ヴァルドアくらいになると簡単に自白させられてしまうかも知れない。物理的な拷問は死ぬような目に何度もあっているので全然怖くなかった。


「自信満々だのう。さて、どうしたものか」


 少し時間を稼げたとは思うのだが、今からでも追いついてしまうかも知れないので、まだまだ引っ張る必要がある。


「どうだい?別の魔法も見てみるかい?」


 俺は少し挑発することにした。


「火球の他にも使える魔法があるのかな」


「火球は一番得意な魔法さ」


 言ってから俺は失敗したことに気が付いた。火球があの程度で一番得意だとしたら他の魔法に見るべきものが無い、と白状していることになるのだ。


「風刃や水壁だっつて使えるぜ」


「ほほう。どれ使ってみろ」


 どちらも無詠唱で使えるところまでは修行してある。だが、俺はその二つではなく別の魔法を使った。


「雷鳴!」


 これも無詠唱だ。そこそこ強い雷が相手を襲う。地面が黒焦げになる。当然そこにヴァルドアの姿は無い。


「なるほどのう、雷鳴も使えると言うのじゃな」


「ああ、他にも色々と使えるんだが見るかい」


「いや、もういい。お主の力は大体わかったのでな。それでだ、物は相談なのだが」


「相談?」


「そうだ。儂の元で修業をせんか?」


 この展開で勧誘だと?いや、確かにこのまま二人を追われるよりはマシな展開か。しかし俺はもうそれだとジョシュアたちとは合流できなくなってしまう。


「なんで、俺が修行をしなきゃならないんだ?」


「儂はそろそろ引退したいと思っておってな。人間五百年も生きておると疲れて来るので休みたいんじゃよ」


 人間は普通五百年も生きないだろうに。人間じゃないのか?


「いや、れっきとした人間じゃぞ。ただ、そうじゃな判り易く言えば脈拍がお主たちよりは大体六分の一か七分の一しか打っておらん。儂の身体の時間の流れがお主たちよりも遅い、と言うことじゃ。本当はもう少し違うのじゃがまあ大体そんな感じじゃわ」


 いや、口に出しては言ってないだろう。読めるってことか。


「まさにそのとおり。時間稼ぎをしたいことも十分わかっておる。それが判った上で付き合ってやっておるのじゃ、感謝してほしいものじゃな」


「一々心を読むんじゃないよ。そうだ、弟子になるならそれが最低条件だな」


「なるほど、判った。もう今からは読まないとしよう」


 とりあえず話は早い。


 そこへ騒ぎを聞きつけた誰かがやって来るのが見えた。拙い。


「行くぞ」


 ヴァルドアがそういうと俺とヴァルドアの身体は消えていた。そして、そのまま宙に浮く。


「ちっ、ちょっと高いぞ」


「なんだ、高い所は苦手か?飛翔の魔法も重要じゃぞ」


 飛びたいとは思っていたが、まだそこには至っていなかった。


「いや、急だったから吃驚しただけだ。でもいいのか、何も言わずに屋敷を出たりして」


 急展開で話が進むので逆に心配になって来た。このままだと全員がお尋ね者になってしまうかも知れない。


「まあよろかう。それで、どこかに行くあてでもあるのかな?」


 屋敷から少し離れた場所に降りてとりあえず俺たちは歩き出す。少なくとも街を囲んでいる城壁を抜けておきたい。


 飛翔魔法を使ったまま城壁の外まで行ければよかったのだが、後で聞くと一人なら飛べるが二人を同時に飛ばせることは単純に肉体的負担が強いらしい。若い頃(今がヴァルドアにとって若いのか年老いているのかはよく判らないが)ならまだしも今は疲れるからやりたくなかったのだ。


「俺はケルンから来たんだが、土地勘と言えばそこしかない。あとはルスカナを除けば行ったことが無い街ばかりだから、俺にとっては何処も同じだな」


「そうか。それで二人を追わなくてもいいのか?」


「そうだな、まあ、ジョシュアが付いているんだ、大丈夫だろう。むしろ二人の方がいいかも知れない、色んな意味でな」


「気を遣うところじゃな。ではシルザールへと向かう事にしよう」


「えっ?」


「なんじゃ、拙いことでもあるのか?


「拙い、というか、シルザールはベルドア・シルザールの領地だろ?」


「そうじゃが、何か問題でもあるのか?」


「確かに俺は面も割れてないから問題ないかも知れないが、セリスを逃がした犯人の一人だと知られると拙くないか?」


「よい、大丈夫じゃ、任せておけ」


 ジョシュアたちが心配ではあったが、この魔法使いを敵に回す方が遥かに危険だと判断した結果だった。そして、俺はまあそれも面白いか、と思っていたのだった。

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