第22話 ルスカナの街で侵入してみた

「明日屋敷に行くんだが、どうも魔法使いが居ないようだ。」


「確かか?」


「正確には居ないという話を聞いたわけではない。明日は魔法使いに何も頼まないように、という内容の話を聞いたんだ。居ない、若しくは手を離せない状況にある、という事じゃないか」


「うーん、それはどうだろうか。確かに可能性はあるとは思うが」


「なかなか来ない好機じゃないか。明日決行でどうだろう」


 確かに魔法士が居ない、若しくは手が離せないのはかなり有利な状況ではある。二度と来ないチャンスかも知れない。


「判った、明日やろう。セリスの部屋は特定できているのか?」


「部屋までは無理だったが、建物までは調べが付いている。あの追い返された大きな建物のまだ少し奥の建物だ。俺はその建物までは行ったことが無い。中に入ってから探すとなると少し時間が掛かるかも知れんな」


「それでも何も判らないよりはマシか。馬車の手配は出来ているから外に待たせておくとしよう」


 明日決行と決まったらなんだか逆に落ち着いてきた。やるべきことはやって来た。あとはセリス次第だ。それが一番のネックでもある。彼女が「行かない」と言えばそれで終わりだ。二人とも捕まって長い間牢獄暮らしになってしまうだろう。流石に直ぐに処刑などとはならないだろうが、領主の娘を拐そうとしたのだ、重い刑もあり得る。


「明日だ、明日。気を抜くなよ。今日は早めに休め。明日は万全な体調で臨まないとな」


「判った、明日は頼む」


 珍しく素直なジョシュアだった。失敗したら二人とも酷い目に遭う。自分のセリスを救いたいという気持ちに俺を付き合わせている事も十分判っているようだ。


 そして俺には付き合う理由が希薄なことも、毎日死にそうになって魔法の修行をしていることも知っている。ジョシュアなりに気を使っているのだ。


 次の日、ジョシュアは普通に仕事に行った。俺は馬車を取りに行ってそのまま屋敷の裏手に向かう。


 屋敷に着いたがジョシュアたちはまだのようだ。屋敷に着いたら表に目印を置いておく手筈になっているが目印は無かった。


 正門が見える所で少し待っていると一台の馬車がやって来た。しかしジョシュアではないようだ。


 少し経ったとき、もう一台馬車がやって来た。荷車を引いている。これがジョシュアの乗っている馬車だ。ジョシュアが馬車から降りて目印を置くところを確認して俺は裏手に向かった。


 途中には使用人専用の小さな扉がある。しかし、その扉を使うと見つかる可能性も高い。もう少し回ると普段は全く使われてない扉があった。前もって調べてあった扉だ。鍵も簡単に開くように細工を事前にしてあった。


 ジョシュアからの情報と併せると割とその扉からはセリスが居る建物は近かった。屋敷までは森のような木々が多い場所が続いている。隠れて近づくには最適だ。


 ジョシュアが屋敷に入って半時間。屋敷の裏で合流する手筈になっていた。約束の場所に簡単に辿り着いた俺は草陰に潜んでジョシュアを待っていた。


「待たせた」


 ようやくジョシュアがやって来た。


「いや、よく抜け出してこれたもんだ。さ、行くぞ」


 俺たちは目的の屋鋪の裏口から中に入った。念のため隠蔽魔法で姿を隠す。この魔法は本来一人にしか使えないのだが手を繋いでいたら二人でも使える。俺たちは仕方なしに手を繋いで奥へと入って行く。


 1階には見張りも含めて誰も居ないようだ。2階に上がる。廊下に一人、見張りらしき男が立っている。あの部屋にセリスが居るはずだ。判り易くて助かる。


 俺はとりあえずジョシュアと見張りから見えない場所で別れて一人で近づく。見張りの男に眠りの魔法をかける。隠蔽魔法も眠りの魔法も散々練習してきた。火球魔法よりも得意なくらいだ。


「おい、もう大丈夫だ」


 俺はジョシュアを呼ぶ。眠っている男を横にずらせて扉の前を開けた。


「はい、どうぞ」


 俺は扉を開ける役をジョシュアに譲った。


 トントントン。


 ジョシュアがノックをする。


「はい、どうしました?」


 中から女性の声がした。セリスだ、間違いない。


「セリス様、ジョシュアです。入ってもよろしいでしょうか」


 少し間が開く。逡巡している様子が伺い知れる。


「どうぞ」


 返事があった。ジョシュアはゆっくりとドアを開けた。


「セリス様、ご無沙汰をしております。ご無事でしたか

?」


 セリスは後ろに控える俺を確認し、見張りの男が居ないことも確認したようだ。


「はい、お陰様で快適に過ごさせていただいております。ジョシュアさん、コータローさん、どうしてここへ?」


「あの日、セリス様をお送りして、そのまま俺たちは屋敷を追い出されてしまいました。それでセリス様が意に染まない立場に追い込まれておられるのかと思って、ここまで来た次第です」


 少し様子が違うセリスに遠慮がちにジョシュアが言うがセリスは嬉しそうにはしていない。やはり監禁されてはいなかった、ということか。


「セリス様はここを出られたいのではないかと思って参ったのですが」


 ジョシュアが絞り出すように言う。なんだか思っていたのとは違う、と感じているのだ。


「私は、私がここを出ることはできません」


「それは問題がすべて解決した、という意味ですか?」


 元々ベルドア=シルザール侯爵から姉シンシアへの求婚のついでに求められた。それを回避するためと異世界から来た者を抱えているとうわさが出たルーデシア=ケルン子爵との結婚を強いられていたのだ。その異世界から来た者とは俺のことだが。それらか全て解決した、ということなのか。


「ええ。シルザール侯爵はシンシア姉さんを妻として正式に迎えられることになりました。その際私もご一緒に、という事でしたが、それは諦められたそうです。ケルン子爵との婚約が成立した、ということが理由なのですが。そして、私とケルン子爵との婚約は一旦成立したけれども破談になった、というところが今の状況です。ケルン子爵の元の異世界から来た方は、コータローさんでしたから、大きなお力は持っておられないことを父に報告しましたところ「婚約は破棄でよい」と仰られて」


 勝手に過度の期待をして、力が無いと知ると一旦成立した婚約も破棄してしまう、貴族なんてそうなもんか。


「でも、ここで監禁とは言えなくとも軟禁はされていたのでは?」


 俺は黙って聞いていたが、そう口を挟んだ。


「そ、それは」


 セリスは口籠ってしまった。まだ何かありそうだ。

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