第21話 ルスカナの街で準備を整えた

 ジョシュアの情報によると屋敷には魔法使いが居るらしい。ジョシュアは会ったことが無いということだが複数人の魔法使いがいるとのことだった。


 魔法の腕はというと国都アステアールの国立魔法学院でそこそこの成績で卒業した経歴の魔法使いが一人いるらしい。他の者はその弟子だそうだ。


 魔法使いにも階級があって初級魔法士、中級魔法士、上級魔法士、特級魔法士ときて、その上の伝説級魔法魔法士なんて者もいるらしいが、それは正に伝説であって見た人はほぼ居ないらしい。


 ウォーレン家に雇われている魔法使いは中級魔法士とのことだ。それがどの程度の魔法を使えるのかがよく判らなかったが上級や特級が居るよりはマシだろう。


 試しに忍び込んで見つかってしまったら元も子もないので決行の時まで自重しなければならない。セリスの見張りに剣士は勿論魔法使いも、多分弟子達だろうが張り付いている可能性もある。


 剣士には眠ってもらうとしても魔法使いには多分睡眠魔法は効かないだろうし、やはり慎重に行かないと失敗する可能性が高い。


 いずれにしてもまずはセリスが監禁(普通に暮らしている可能性もある)されている建物と部屋を特定することが必須だ。


「なかなかセリスお嬢様の居場所は口が堅くて教えてもらえない。もしかしたら使用人の間でも少数の者しか知らされていない可能性もあるな。」


「そうだな。あの執事長とかメイド長とか、下手したらそのくらいの人しか知らないかもしれない。そうなると情報を得るのは難しいか。」


「執事長のレシルノさんは怖くて声が掛けられない。俺の顔を覚えている可能性もあるしな。」


「それは止めた方がいい。確かに執事なんて人達は他人の顔を覚えることに長けているはずだからな。なんとか情報を引き出すとしたらメイドや使用人だが、ジョシュア様の力でメイドを誑し込めないか?」


「お前は何を言っている?本気で言っているのか?」


「当り前じゃないか。セリスを救う為には手段を選んでいる場合じゃないだろう。それとも何か?お前の自尊心の為に彼女を見捨てるのか?」


 俺は本気だった。本気でジョシュアを揶揄っていた。いや違う、本気でジョシュアの思いを遂げさせてやりたかったのだ。勿論セリスの身も心配している。彼女が不幸になるのは本当に嫌だった。万が一失敗するとしても、出来ることはやってから後悔したいのだ。


 ジョシュアは少し考えると、


「判った。俺が間違っていた。前にも話したがメイドの一人と少しは話をするようになっている。今のところただの世間話だけだが、もっと積極的に近づくようにする。」


「それなら、食事の用意をしている料理人にも探りを入れられるともっといいと思うんだが。多分料理だけはウォーレン侯爵たちと同じ程度のものを出しているはずだから。」


「幽閉しているのにか?」


「どんな場合でも自分の娘にひもじい思いをさせる親は居ないさ。」


「そうか。それなら食材を納入している奴らに聞けば何か判るかも知れないな。」


「知り合いがいるのか?」


「ああ、何度か同時にお屋敷に行くことがあって知り合いになった若い奴がいる。そいつに聞いてみよう。」


「情報はどんな些細なものでもいい。多いに越したことはない。」


「わかった。怪しまれないよう注意しながら集めるとしよう。」


「それとメイドを誑し込めるのも忘れるなよ。」


「判っている。そっちも徐々にやっていく。」


「任せた。セリスの未来が掛かっているんだ、頼んだぞ。」


「言われなくてもやるさ。」


 そろそろジョシュアを揶揄うにも飽きたので俺はそのあたりで休むことにした。


 それから一週間。ジョシュアは週に一度屋敷に行く。特に新しい情報も進展もない。


 但し、食材を納入する業者の知り合いからは少し情報を得られた。お屋敷ではなく外で食事を共にしたのだ。やはり高級な食材は四人分、ウォーレン侯爵、その妻マリア、セリスの姉シンシア、そしてセリス本人の分を納入しているようだ。あとは使用人ばかりなので間違いない。


 これで少なくとも屋敷の外に連れ去られては居ないことと、ちゃんと食事を与えられていることが確認できた。


 次の一週間。この週は二度屋敷に行った。新しいシーツや枕などを納入するのだが、高級なものが四人分。それ以外の普通のものも使用人の数を納入した。普通のものは洗濯するので半年に一回新しいものを納入する。高級なものは毎週新しいものを納入する。使い捨てだ。


 ジョシュアの情報は少しづつ増えていく。メイドとの接触も少しづつ親しくなりつつあるようだ。


 その間、俺は屋敷の外での情報収集には限界を感じていたので魔法の修行に集中していた。


 一般の本屋にある魔法の本はできるだけ買い集めたが多分初級や中級の魔法しか書かれていない。それ以上になるとやはりそれなりの学校に行って習う必要があるのだ。


 ルスカナの街は大きい方だったが魔法の学校は無かった。ルスカナの人が魔法を学ぼうと思えば皆アステアールに行く。自分の身分に応じて入れる学校が変わってくる。貴族の子弟などは国立魔法学院に、それ以外は高名な上級魔法士や特級魔法士が開いている私塾に通う。いずれにしてもそれ相応の費用が掛かる。魔法使いになるにも金次第な部分があるのだ。


 金もコネもない俺は当然アステアールにも行けないし、行っても年齢もあって入れる所は無い。自分で修行するしかないのだ。


 俺は無い知恵を絞って色々と工夫をする。その一つが分解魔法だった。分解魔法はその名の通り物体をバラバラに分解してしまう。それは破壊とは少し違い、たとえば部品の一つ一つをバラバラにすることができる。そして、そのバラバラにして物をまた組み立てることが可能なのだ。分解魔法は破壊するよりも高度な魔法だったが、俺はなんとかマスターできた。


 分解魔法の次は再構築魔法だ。一旦バラバラにしたものを再構築して元の形に戻す。こっちの方が遥かに難しい。俺が入手できた本には、その存在のみが記載されていて詠唱などは書かれていなかった。


 俺は何度も何度も再構築魔法の詠唱を試した。色んな詠唱を組み合わせてみる。いくら詠唱を唱えてもマナは殆ど減らない。マナの量だけなら一流かも知れない。今でも毎日薬を飲んでは死にかけて復活を繰り返している。マナ切れで捕まるのは避けたいのだ。


 何度も何度も試しているうちに、やっと詠唱の切っ掛けを見つけた。そこからは順調に完全詠唱を探すことが出来た。そして、その詠唱を魔法の名前のみで発動できるように繰り返し繰り返し唱え続ける。


 分解魔法、再構築魔法の両方をなんとかマスターして俺は次の段階へと入った。ここからが俺の本来の目的だ。二つの魔法を同時に発動するのだ。それによって分解と再構築が同時にできるようになる。俺はそれを無詠唱で使えるまで自分を追い込む。死ぬほどの疲労感を覚えるが死なない。何度も何度も死にかけるが死なない。疲労感と身体中の痛みは受容せざるを得ない。それに耐えないと先には進めないのだ。


 そして、俺はあるものを分解することにした。それは元居た世界なら動物虐待と罵られてしまう類のことだった。この世界にも居る小動物を分解・再構築する。一瞬だ。申し訳なかったが何頭かはそのまま動かなくなってしまった。そしてついに、


「やった!やったぞ」


 俺はついに成功した。分解・再構築の同時発動で一旦バラバラにされた小動物を元に戻し、ちゃんとまた動き出したのだ。逃げようとする小動物を捕まえて、透視魔法で身体の内部を見てみる。大丈夫だ、内臓の位置なども特に変な部分は無い。完全に元に戻っている。


 数回成功した後、俺は本来の目的である対象物に魔法を掛ける決心をした。死なないのだ、大丈夫、大丈夫、大丈夫。俺は自分自身に言い聞かせる。大丈夫、大丈夫、大丈夫。何度も何度も口に出して言う。


「よし、やろう」


 俺は自分の左腕に魔法を掛けた。一瞬バラける俺の腕。そして一瞬の後元の腕に戻っている。


「成功だ、痛みもない。ちゃんと手も指も動く。大丈夫だ。」


 自分の身体の分解・再構築。それが俺の目的だった。それからは更に修行が続く。自分の身体を分解・再構築する。速く、速く。色んな部位で試す。今度はそれを反射で発動できるように練習する。発動する意識が無くても何か剣ででも切られれば、その切られた部分を一旦破壊して再構築するのだ。


 死なないので切られても問題ないとも思うのだが、切り離されてしまうと問題だ。それを避けるための分解・再構築魔法だった。


 俺が何とか分解・再構築魔法をマスターしたころ、ジョシュアから新しい情報が入って来たのだった。

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