第12話 始まりの街を後にした

 ケルンの街からルスカナまでは馬車で10日というところだそうだ。途中に小さな街はいくつかあるようだし、まあのんびりとした旅になるのだろう、と高を括っていた。


 少し大きな森を抜ける道を走っていた時だった。急に馬車が停車した。


「何事だ?」


 馬車の中から前の御者を見るてみると、定位置に居ない。馬車を置いてどこかに行ってしまった。なんだ、逃げたのか?何から逃げた?


「どうしましたか?」


 セリスは事態を飲み込めていない。この馬車は多分誰かに襲われているのだ。


 乱暴に馬車のドアが開いた。


「おい、二人とも降りろ。」


 人相の悪そうな男たちが俺たちに向かって怒鳴った。前にセリスを連れ戻そうとした男たちだろうか。それならルスカナに、父親の元に戻る途中なのだ、襲われる必要はない。


「なんだよ、ウォーレン家の人なら今からルスカナに戻る途中なんだ、こんな乱暴にすることはないだろう。」


 男たちは顔を見合わせる。リーダー格の男が答えた。


「ウ、ウォーレン家は関係ない。なっ、何の話だ。」


 バレバレだ。ウォーレン家の手の者だと白状している

に等しい。では、なぜウォーレン家の者だと認めないのか。これはもしかしたら拙いことになったのかも知れない。


「では、何の目的で馬車を襲うんだ?」


 その質問の答えは事前に打合せができていなかったようだ。


「お前に関係ないだろう。黙って付いて来い。」


 剣を持った男が五人。こちらは剣を持っていない(持っていても意味がない)定年間際男と大貴族のお嬢様の二人。従うしかない。それにしても御者は護衛も兼ねていたはずなのに一番に逃げた。もしかしたら元々仲間だったのかも知れないが。


「どこに連れて行くんだ?俺も一緒でいいのか?ウォーレン家の者ならセリスだけ連れて行けばいいんじゃないのか?」


 男たちは何を聞いても応えない。少し離れたところに停めてあった自分たちの馬車に俺とセリスを詰め込んで走り出した。なぜだか拘束すらしない。剣を突き付けて脅すこともない。


 本当にどこに行くのだろう。なんとなくだが方向的にはルスカナに向かっているようにも思う。それならルスカナに着いてから捕まえてもよかったんじゃないか?


 馬車の乗り心地は、こちらの方が良かった。少し高級で広い馬車を用意してくれたようだ。最早ウォーレン家の関連は確定的だが、いつまで経っても男たちは口を開かなかった。何か答えて口を滑らせることを恐れているかのようだ。


 だとするとセリスを連れ戻しに来た父親の手の者ではない、ということになる。今のところ扱いは丁寧だが、良くない展開には違いない。


 しばらく行くと馬車が停まった。まだまだルスカナには着かないはずだ。別の場所に連れて来られたとしたら、やはり拙い。


「お前はここで降りろ。」


 俺に向かってリーダー格の男が言う。二人を離れ離れにするつもりだ。やはり用があるのはセリスだけだったのだ。俺は一応ここまで連れて来たが、何の用もないので放逐する、といってところか。殺してしまうまでもない、と判断されたのだろう。


「コータロー様、ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした。お気をつけて。」


 セリスが自分の身を案じもせず俺の心配をしてくれている。なんとかしないと俺的にも駄目だな。頼りないが自分を信じてみるか。幸い相手は俺のことは全く警戒していない。


 俺は自分でも信じられない速さでリーダー格の男の剣を抜いた。そして無造作に切り付ける。男たちは呆気に取られていて反応できていない。剣など扱ったことが無い俺にはどの程度切り付ければ相手が死ぬのか、怪我で済むのか全く判らなかった。


 まあ、相手のことなど心配する気もなかったが、人を殺すということに抵抗があった。一応元の世界では殺した経験はなかった。そんな機会もなかった。機会があれば殺したい奴は何人か居たが。


 とりあえず五人が動けない程度には脚を中心に剣を振るってみた。それにしても剣とはなんて重いものなのだろう。すぐに手が痺れて来た。男たちの血でもう剣は切れないようだ。剣なんてこんなものなのか。それとも俺の使い方が悪いのだろうか。もっとちゃんと剣の修行もしておけばよったか。まあ、相手が手練れなら無意味なんだが。


「逃げるよ。」


 俺はセリスを連れて逃げ出した。荷物もなければ馬車もない。地図もないのでここがどこかも判らない。逃げることが正解なのかすら判らない。もしかしたら、そのままセリスを普通にウォーレン家に連れて行くだけなのかも知れない。そうだとしたら男たちは無駄な怪我をしただけだ。


「はい、でもこの人たちはいいのですか?」


 セリスも未だに状況が理解できていない。


「いいんじゃないかな。とりあえず逃げよう。当てはないけど。」


 徒歩で行ける所まで行くしかない。街道に出れは誰か通る人も居るかもしれない。街道に出るまでの道は多分一本道の様だ。そこは少し古びた洋館だった。周りに他の建物はない。誰かの別荘なのかも知れない。もちろんウォーレン家の者であることも考えられる。


「ここは知ってる場所かい?」


「いいえ、初めて来ました。いったい何処なのでしょうか。」


 ウォーレン家の別荘でないとすると誰の屋敷なのだろう。非公式のウォーレン家別荘ということもあるか。家族には知られていない、ということだ。


 ほぼ下り坂を30分ほど歩くと森から抜けて大きな道に出た。ケルンからルスカナに向かう街道で間違いないようだ。ただ今のところ誰も通らない。ルスカナに向かって歩くしかない。 


 一時間も歩いただろうか。後ろから近づく馬車があった。俺たちは様子を見る為に一旦街道横の茂みに隠れた。ただ通り過ぎてしまうと意味がない。近づいたら俺だけが出て馬車を停めるのだ。


「止まってください。」


 俺が大声で叫ぶと馬車が止った。中から出てきたのはなんとジョシュアだ。


「何でお前が。」


「追いかけて来たのに決まっているだろう。でもなんで歩いているんだ、馬車はどうした。」


 俺は事情を説明した。往きの馬車の手配はジョシュアだったはずだ、その辺りのことも聞いてみたが、顔見知りの御者だったそうで、それなら脅されて逃げた、というところか。


「で、なんでお前は追いかけて来たんだ?」


「お屋敷のことはセバスさんに全部任せてきた。事細かに指示を書いた手帳を渡して来たから当面は問題ないと思う。」


「そんなことを聞いているんじゃないよ、俺は、なぜ、追いかけて来たのかと言う理由をきいているんだ。」


 なんとなくは判っているが本人の口から当事者の目の前で言わせたい。単なる嫌がらせの類だが。


「それは、まあ、アレだ。」


「あれとは、ドレだ。」


「心配だったからだ。」


「誰のことを心配してきたんだ。」


「それは、その、、、、、お前と彼女のことがだ。」


 顔を真っ赤にしてジョシュアが絞り出した。


「俺のことはついでだろうが。ちゃんと本人に面と向かって言え。」


 当の本人は意味が解らずただ聞いているだけだ。


「あ、あの、大丈夫でしたか、セリス様。」


「ええ、ありがとうございます。それでジョシュア様はいったいドナタの心配をして追いかけて来られたのですか?」


 セリアはまあお嬢様ってこともあるだろうが、単なる天然少女だ。顔を赤らめて目を合わせようとしないジョシュアを覗き込んでちゃんと目を合わせて話をしようとしている。まさか、もしかして判った上でやっているのだろうか。まあ、実際のところそれはなさそうだ。


 こうして途中アクシデントはあったがルスカナへの旅が再開されたのだった。今度はジョシュアという本職(?)がいるので大丈夫だろう。本人にそう言うと


「もう勘弁してくれ。」


 とだけ言って御者の横に並んでしまった。

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