第11話 始まりの街で尋問してみた

「で?」


「で?」


「いやいや、君の事情を聞こうっていうことでここに連れて来たんだから事情を話してくれないと。」


「なるほど。そうでしたね。」


 なんだか浮世離れしているかのように話す不思議な少女だった。


「俺の方から名乗ろうか。俺は沢渡幸太郎、この屋敷はストラトス准男爵家の屋敷で俺は居候ってとこだ。こいつはジョシュア、この屋敷の、まあ小間使いだな。」


「お前よりは役に立っている。」


「まあ、そんな奴だ。で、あなたは?」


 少しの逡巡の後、少女は徐に答えた。ケルン守護隊騎士長の屋敷と知って安心したこともあるようだ。


「私の名前はセリス・ウォーレン、ルスカナ領主の次女になります。」


「ルスカナだって?」


 ジョシュアが直ぐに反応する。地理に疎い俺にはさっぱりだ。


「ルスカナと言えばこの辺りで一番大きい領地でアステアでも三番目には大きい街だぞ。その領主は確かガルド・ウォーレン侯爵だったはず。大貴族の一人だ。」


 おお、そんな高貴なお嬢様だったのか。そんなお嬢様がお供も連れずに追われているなんて、余程の事情があるはずだな。


「で、そのお嬢様がどうして追われていのか。あいつらは誰なんだ?」


「あの方たちは父の手の者です。」


「父って、ウォーレン侯爵ってことか?」


「そうです。父が私を連れ戻そうと捜索に放った者たちなのです。」


 意味が解らない。なぜ父親から娘が逃げるんだ?


「どういうことだ?もうちょっと説明してくれないと判らないよ。」


「実は父が私に結婚を強いろうとしているのを嫌って逃げて来たのです。」


 なるほど、この世界には政略結婚と言うものが有触れているのだろうな。それに逆らう娘、ってところか。


「意に染まない結婚をさせられそうになった、ということか。それでその意に染まない相手ってのは。」


「ルーデシア・ケルン子爵様です。」


「ええっ、ケルン領主の?」


「そうです、そのルーデシア様です。」


 ルーデシアといえば先日会ったが年はどうみても六十は超えていそうだった。このセリスは二十歳そこそこに見える。政略結婚とはいえ歳が離れすぎていないか?それに大貴族のウォーレン家がケルン子爵家と政略結婚すること自体が在り得ないようにも思う。


「なんで大貴族の令嬢の君がこんな小さな街の子爵家と政略結婚することになるんだ?歳も相当離れているじゃないか。」


「それがよく判らないのです。突然決められてしまって。なんでもケルン子爵様がとてもすごい情報をお持ちの方を配下にされている、とか。父も詳しくは知らないようでしたが、それは大変なお方だとのことでした。」


 えっ。ちょっと待って。それってもしかして。


「私には判らない言葉が飛び交っていたので、何一つ判っては居ないのですが、なんでも『異世界』という所から来た方だとか。その人を配下にしているといつかアステアを支配することも可能なのだとか。」


 拙い。情報が変形しているようだ。それでこの子の人生が犠牲にされるなんて以ての外だ。


「ごめん。それ俺だわ。」


「えっ、どういうことてすか?」


「その異世界から来たっての、俺のことだと思うよ。」


 セリスは呆然としている。自分の運命を変えた人物に偶然助けられたのだ。下手な物語でもそんな展開は書かないだろう。


「本当ですか。本当にあなたはアステアを支配できるような情報をお持ちなのですか?」


「いや、俺は確かに異世界から来たけど、そんな大それた情報を持っているわけじゃないよ。ケルン子爵の御屋敷にも呼ばれたけど、すぐに飽きられてここに戻って来ているしね。」


 セリスは哀しいような嬉しいような不思議な表情をしている。少なくとも俺のいう事が本当ならケルン子爵と結婚する必要がなくなるのだ。


「それが本当なら、私と一緒にルスカナまで来ていただけませんか?父にお話ししていただきたいのです。」


 なんか色々と急展開だな。12話予定だったドラマが10話で打切りされる時の様だ。


「俺はゼノンがいいと言えば構わないけど。」


「ではゼノン様がお戻りになられましたら私からお頼みしてみます。宜しくお願いします。」


 その夜、戻ったゼノンにセリスは俺をルスカナに連れて行ってもいいか聞いてみたが、ゼノンがウォーレン家の令嬢の頼みを断れるはずもなかった。領主の次は大貴族か。俺もモテモテだな。しかし、そんな価値がないことは自分が一番判っているので自惚れることはなかった。


 ウォーレン侯爵にも呆れられて終わりだ。セリスはルーデシアとの政略結婚から逃れられるのだから万々歳だろう。


 俺は侯爵の期待を裏切ったとして抹殺されなければいいのだが。まあ、それならそれでいいか、とも思う。ここでの暮らしは苦労はなかったがそれほど楽しいこともないのだ。特に波乱万丈を望んではいない。


「ところで、なんで逃げるのにわざわざ相手の居る街ケルンに来たんだ?」


「ここが一番逃げる先としては考えない場所、ということでしょうか。」


 なるほど、この子なりに色々と考えた結果なのだろう。ただ俺に会ったのは偶然だし、そんな偶然に頼っていたのでは本来命がいくらあっても足りない。運がいい子、もしくは幸運を引き寄せるタイプの子なのかも知れない。


 こうして俺はルスカナに行くことになったのだが、なぜかジョシュアが同行したがった。しかし屋敷のことを放ってはおけないので諦めたようだ。旅の準備を整えた俺とセリスはゼノンの用意した馬車でルスカナへと向かうのだった。

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