第2話 変な王子さん

俺の「バカ王子計画」はさらに進行していく。ベッドから起き上がれるようになった俺は、マーリンの部屋に向かった。

「あら、トランス王子。元気になったの?心配したのよ」

マーリンは俺をぎゅっと抱きしめてくる。化粧のにおいが俺を包んだ。

「マーリン。お顔真っ白。きれい」

俺がほめると、マーリンはうれしそうな顔になった。

「あら?お化粧に興味あるの?」

「うん」

俺はなるべく可愛く見えるように、こっくりと頷いた。

マーリンはいたずらっぽい顔になると、化粧道具を取り出す。

「なら、王子もやってみない?」

「本当?やったー」

無邪気に喜ぶ俺に微笑むと、マーリンはおしろいを手に取った。

しばらく後、マーリンの部屋にヒラテ将軍がやってくる。

「よかった。トランス王子、ここにおいででしたか。訓練の時間になっても来ないので、心配していましたそ」

後ろを向いている俺に、そう声をかけてくる。その様子をマーリンはくすくす笑って見守っていた。

「……王子。なぜ後ろを向いているのですか。こっちを向いてくだされ」

「ばぁ!」

振り向いた俺を見ると、ヒラテはびっくりした声を上げた。

「お、王子。その顔は?」

「いいだろ。マーリンに教えてもらったんだ。たりらりらーん」

俺は白化粧に、濃い紫色のアイシャドーと口紅を塗った姿で踊りまわる。

「お、王子がバカになった……」

ヒラテは絶望のあまり、膝から崩れ落ちるのだった。


それからの俺は、バカ王子として着実に悪名を積んでいった。

「王子!。今日こそは許しませんぞ」

剣の修行をすっぽかされたヒラテ将軍が、真っ赤な顔をして追いかけてくる。

「いやだねー。俺は剣なんて嫌いなんだ!」

俺は尻をフリフリと振ってからかいながら、城内を逃げ回る。その姿をメイドたちが見てクスクス笑っていた。

「まただよ。王子と将軍の追いかけっこ。ヒラテ将軍も苦労するわね」

あまりにも俺が派手に逃げ回るので、すでに王城の名物扱いになっていた。

「待ちなさい!お前たちも捕まえるのじゃ!」

メイドたちまで動員して、追いかけてくるので、俺は白い布をかぶって壁と同化する。

「『消姿 (イレイサー)』」

気配を散らす風の魔法を使って、追いかけてくるメイドたちをやり過ごした。

「よーし。うまく撒いたな。次は……」

こっそりと移動して、訓練場の隅にある水浴び場に行く。そこではヒラテ将軍の孫で美少女と評判の俺の幼馴染、青い髪の騎士エリスが鎧を外して汗を流していた。

「『物体転送(アポーツ)』」

俺はばれないように、衣装室からメイド服を取り寄せて変装し、ジュースをもって近づいた。

「ジュースを持ってきました」

「ああ。そこにおいてくれ」

シャワーを浴びていたエリスは、振り返りもせずに髪を洗う事に集中している。

俺はこっそり近づくと、裏声をつくって話しかけた。

「エリス様。きれいなお体していますね」

「そ、そうか?」

褒められて、エリスは照れた声を返す。

「よろしければ、お背中流しましょうか」

「ああ。頼む」

エリスはまったく疑いを抱かず、俺に背を預けてきた。スポンジにたっぷり石鹸を付けて、俺はエリスの背中を流す。よしよし、それではちょっと失礼して……

「あっ。手がすべった。にゅるん」

どさくさに紛れて、俺はエリスの胸を揉みしだいた。

「あっ。あん。何をして……」

振り向いたエリスが見たものは、真っ白に輝く俺の顔だった。

「き、きゃーーーーーー!変質者!」

まるでかよわい少女のような叫び声をあげるので、俺は耳がいたくなった。

「エリス様。どうなされたのですか!」

同僚の女騎士たちがやってくる。エリスは目に涙をためて、俺に指をつきつけた。

「こ、このメイドが、変なのだ」

真っ白い顔にメイド服を着こなしている俺を見て、女騎士たちの視線が冷たくなっていく。

「なんだお前は?」

俺はニヤリと笑うと、「アポーツ」で着ているメイド服を送り返した。真っ白な顔の男の裸を見て、女騎士たちは詰問してきた。

「きゃーーー!」

いきなり男の裸が現れ、動揺する女騎士たちに俺は決め台詞を吐く。

「なんだお前はって?そうです。余が変な王子さんです。はっはっは。では、さらば!」

後ろを向いて、尻丸出しで逃げ出していく俺を、女騎士たちが追いかけてきた。

「お、王子、裸で何をしているんですか!」

ヒラテやメイドたちも合流して、大人数で追いかけてきた。

(よし。次は……)

城の後宮の方に逃げ込み、隠し通路に身をひそめる。ヒラテたちがやってくるのを見て、仕掛けを作動した。

「うわっ!」

ヒラテたちの足元の床が抜け、メイドや女騎士もろとも落とし穴に落ちていく。

「ぎゃははは。ひっかかった!」

「王子!。これはなんですか?」

上から見下ろして笑っている俺に、ヒラテが真っ赤な顔をして聞いてきた。

「侵入者撃退用のトラップさ。何百年も使われないまま放置されていたのを見つけたんだ」

尻をフリフリふってからかう。

「このバカ王子!」

メイドや女騎士たちから一斉に非難の声があがり、俺はカチンときた。

「王子に対してバカとはなんだ。そんな態度だと余にも考えがあるぞ~」

俺は手でち〇こをもって、立ちションポーズをとってやった。

「ま、まさか。イヤーーー!。やめて!」

「もう遅い。5、4、3、2」

発射しようとした瞬間、怒号が響き渡る。

「これは何の騒ぎだ!」

やってきた父皇帝トランの剣幕におびえて、おしっこが引っ込んでしまう。

俺は衛兵によってひったてられてしまうのだった。


「陛下!トランス王子は完全に頭がおかしくなっております。追放すべしです」

貴族たちが責めている中、必死にかばっている老人がいた。

「へ、陛下。トランス王子はご病気なのです。なにとぞ寛大な処分を」。

「うむ……あ奴の頭がおかしくなったのは、毒を盛られたせいだ。あ奴のせいではない」

悲痛な顔をしたトラン皇帝も、俺に同情してくれた。

自室に軟禁され、『千里眼』の魔法でそれを見ていた俺は、やれやれとため息をついた。

「爺もおやじも優しすぎるぜ。どこか田舎の領地にでも追放してくれたら、俺も安全になるんだけどな」

そう思いながら見守っていると、俺への処分が下った。

「ですが!」

「あ奴は我が皇帝家の犠牲になったのだ。王位継承権ははく奪するが、王子の地位は残してやってもよいのでは」

「陛下がそうおっしゃるのなら……」

それを聞いた貴族たちは、安心して引き下がる。

(くふふ。もっとも帝位に近いと言われたトランス王子が、継承争いから脱落した)

そうおもった貴族たちは、自分の派閥の王子たちをアピールする。

「では、皇太子は第二王子に」

「いやいや、第一王女の美貌と美しさに、諸侯たちもこぞって頭を垂れるでしょう」

醜く争う貴族たちを無視して、トラン皇帝はヒラテ将軍に話しかける。

「あ奴はどこか属国にでも婿にやって、平和に過ごさせてやりたい」

「……はっ。それでは、トランス王子を任せられる、心優しい姫を探しておきましょう」

目に涙をためて、ヒラテ将軍は頭を下げた。

(どこか属国の姫と結婚させられて、帝国から追い出される?まずいな。思惑が外れたぞ……果たしてこれが吉とでるか凶とでるか)

帝国にいれば暗殺される危険性があるが、属国に入り婿になったら冷遇される可能性も高い。

(とりあえず、異国で裸一貫で放り出されても生きていけるように鍛えるか)

俺はひそかに自分の力で生きる決意を固めるのだった。

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