ひまわりの魔女

鯨雲 そら

プロローグ

 森のある一角に構えられた小さな家の中で、ある少女が椅子に腰掛け、ポストの中に大量に溜まっていた手紙を読んでいる。差出人は全て同じ人物からのようだった。彼女は片手で中身のなくなったカップの縁をなぞり、時折小さく笑う。窓から少女を覗く鳥や蟲も、どこか嬉しそうだ。彼らも、そして勿論この少女も、差出人の事はよく知っていた。


 この沢山の手紙の差出人である少年(あるいはもういい年かもしれない)が少女の家で共に暮らしていたのは、人間の感性で言えば、もうずいぶんと昔のこと。彼女にとってはごくごく最近のこと。まだ『魔女裁判』や『異端審問官』などの古い歯車で世界が廻っていた頃のことの話だ。


 あれから数十年経ち、そういったものたちは古い時代の忌まわしい産物として淘汰されていった。


 彼女は目を閉じ、ありし日々に思いを馳せる。あの時の出来事は今でも鮮明に思い出せた。百年を生きる彼女の記憶の中で、唯一色褪せることのないもの。目まぐるしい日常。今の彼女にとっては、その全てが眩しかった。


 ──けれど、そんな日々に戻りたいとは思わない。


 そう彼女が感じるのは、彼女が生者や死者とは一線を画すモノだからだろう。


 彼女は『魔女』だった。


 神から世界の権能の一部を授かり、円滑に世界を廻すモノの一人。


 またの名を“ひまわりの魔女”。


 少女は手紙を卓上に置くと、大きく伸びをして、家の外に広がるひまわり畑に目を向けた。変わらない愛おしい日常も、彼女にとっては永遠に続くものの一つだ。いくら待っても、あの時のような変化は訪れそうにない。


 彼女はきっと、毎日のように思い出すのだろう。彼と過ごした数ヶ月を。幸せに満ちた一瞬を。怒涛のように過ぎ去った、あの数ヶ月を。




 いつか彼女が焼かれる、その日まで。

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