この空を守るためならば
根ヶ地部 皆人
この空を守るためならば
「市長! 新聞社から質問状が!」
「市長! 環境保護団体から面会の申請が!」
うるさいうるさい、私は忙しいのだ。
無論、市議も職員も秘書たちも職務に励んでいるだけであって、私の邪魔をしたいわけではないだろう。そんなことは分かっている。彼らだって忙しい。もちろんだ。
だが、私はそれ以上に忙しい。理想の街のため、働いても働いても時間が足りぬのだ。
「市長!」
「うきゃあ」
猿の鳴きまねをして片手を上げる。
それまで騒いでいた連中が、シンと静まり返る。
うむ、誰もネタが分からなかったか……と後悔しかけたが、私は見逃さない。一人だけ笑いをかみ殺したヤツがいる。脳天直撃。逃がさん。
「そこの君!」
かみ殺した笑いを飲み込んで顔面蒼白となった、名前も役職も覚えていない私と同年代の男性へ一束の書類を突き出す。
「製鉄所に伝えたまえ。この煤煙除去装置の設置は認められない、と」
「市長!?」
若い女性秘書が叫んだ。うむ、製鉄所の担当は彼女だったか。
「その装置は大気汚染の緩和だけでなく、設備の延命にもつながるものです。目先の投資を惜しんでは」
「金銭を、惜しんでいる、わけでは、ない」
怒鳴りつけたりしないよう、ゆっくりと区切って発言する。今のご時世、すこし口調を強くしただけでも訴えられかねないのだ。
「製鉄所も、火力発電所も、ゴミ処理場も、すべて、私が愛する街のためだ」
またシンと静まり返る。語気を荒立てぬよう気を使ったつもりだが、かえってストレスを与えてしまったか。しかし、今更言葉を止めるわけにもいかなかった。
「私が愛する街のため、どれほどコストがかかっても、マスコミや環境保護団体とやらを敵に回しても、この方針は変えない」
先ほど書類をつきつけた男性が、おずおずと手を上げる。
「これが」
上げた手が、窓の外を指さす。
「これが、あなたの愛する街なのですか」
ああ、見慣れた光景だ。こどもの頃から、ずっとここで暮らしてきた。
私の少年時代が、青春が、捧げるべき一生が、ここにある。
「そうとも。これが私の愛する街、愛する空だとも」
私が守るべき、黒煙と化学物質によって覆われた空だとも。
この空を守るためならば 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba
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