最強種族《ケンタウロス》に転生したことに、私だけが気づいている。
轟イネ
一章 一部 愚かなる風習
第1話 命懸けの採取
▽第一話 命懸けの採取
転生したらケンタウロスだった。
誠に遺憾であるよ、神。
俺の身体は、首をもがれた馬の身体に、馬の首があった位置から人体がにゅっと生えている状態なのだ。
怖い。
しかし、この身体にも三年たった今では慣れきり、愛着が湧きつつある。
トイレ後に尻を拭けなかったり、身体に虫がたかっても払えなかったり、デメリットは多いものの、メリットも余りある。
この魔物ひしめく大草原、生き抜くためには必要な肉体である。
たとえば、今とか。
「うおおおお! おい、俺だ! 俺だって! どこにいる! いるなら返事! 頼むって!」
夜の草原、月光が照らし出す草の海の中、俺は全力で疾走していた。
背後からは複数の足音。
振り返り見れば、通常の三倍ほどの大きさを誇る狼が五匹。
毛並みは灰色。この草原に生息し、夜のみに活動するというナイトウルフだ。月を浴びるごとに魔力を高めていく性質を持ち、その生態はどちらかといえば肉食獣よりも精霊に近い。
その精霊もどきが求めるのは、俺の肉。
結局、狼はどこまで行っても肉食なのだ。
「来るな!」
人間の身体では、とうの昔に食い尽くされていただろう。
が、今の俺はお馬さん。
手に持った木製の棍棒は、まだ使う必要もないだろう。振り切れる。
「どこにいるんだ! 我が幼馴染み!」
「……こ、ここ!」
「っ! いるのか!」
声がしたほう、そこには我が幼馴染みの少女――といってもケンタウロスだが――が足に血を滲ませ、低木の陰に横たわっていた。
真白の長髪は地面に広がり、一部が血の色に染まっている。
ナイトウルフが唸り声を上げている。俺を追跡していたのとは別口の群れが、幼馴染みを囲んでいた。
「ようやく見つかった。無事で良かった」
「足を怪我した。無事ではない」
「息をしているだけ上等だろう」
「心の臓も鼓動している」
「完璧だね」
俺は失踪した幼馴染みを探すため、夜の草原を駆け回っていたのだ。
「今、行く」
俺は安心させるために声を掛け、直後には革袋から小石を取り出した。ケンタウロスの肉体はたいへんに便利であり、人類の長所――投石技術を用いることができる。
礫を放つ。
命中した。きゃうん、と狼の一匹が声を上げ、投石の痛みに呻く。
軽く出血させることに成功したものの、やはり殺すまではいかない。
が、それで十分だ。
幼馴染みを囲っていたナイトウルフたちが、一斉に俺のほうに牙を剥く。
途端、足を怪我していた幼馴染みが、近場の岩を拾って狼の頭を打った。脳漿が飛び散るのと、俺が群れに突っ込むのは同時だった。
馬の脚力で、踏み込む。
木の棍棒がナイトウルフの頭部に炸裂。首の骨を叩き折る。
ナイトウルフたちが飛び掛かってくるが、馬の加速で置き去りにする。離れてから反転、俺は荒い息を整えることなく、新たに突進を繰り出した。
「首の骨、折らせろ!」戦士を真似し、俺は叫んだ。
▽
木の棍棒が折れ、無理な反転と突撃を繰り返した代償に足の骨が折れている。それに血塗れだ。幾度も交差の瞬間、ナイトウルフに噛み付かれたからだ。
俺はそれでも幼馴染みを守るように立ち塞がる。
眼前には十を超えるナイトウルフの群れ。
倒したナイトウルフが五体だということに鑑みれば、状況はあまりにも絶望的だった。俺は背後で涙目になる幼馴染みに、仕方がないとばかりに溜息を吐く。
「我が幼馴染みよ、どうして村の掟に背き、一人で草原に出た?」
「……おまえが侮辱された」
「そうか。やっぱり」
ケンタウロスは遊牧民である。
ケンタウロスは生まれた瞬間から自分の足で歩けるし、成長の速度もかなり早い。俺も今世では三歳に過ぎないが、立派に馬の身体は競走馬レベルだ。
上半身にしたって、六歳くらいの体躯はあるだろう。
だとしても、俺のような子どもは群れの足を引っ張る。体力も少なく、足も遅く、戦闘することも難しい。
俺の実兄である《間断なき刃》は、そのような俺を馬鹿にする。
自身が子どもだった頃の記憶は失せたらしい。
(それで俺の代わりに、あいつを見返そうとしてくれたのか)
そのような時分、村ではとあるアクシデントが発生した。村長が体調不良になり、群れのオス全員で薬草を探すことになったのだ。
が、子どもたる俺は群れのオスの中、唯一、外に出ることを禁止された。
それを兄たる《間断なき刃》は侮辱した。
『戦に出られぬオスなど、もはや戦士とは呼べん。忌まわしい狩人になどなびくから、貴様は祖霊に見放されたのだ』
なんて言われた。
普通のケンタウロスならば大激怒。殺し合いに発展してもおかしくない文化だ。怖い文化なので、俺は早く廃れてほしいと願う。
この草原ってカルシウム摂取し辛いからね、みんな怒りやすいね。
俺自身、危険性が高いので群れから離れるつもりはなかった。むしろ、巫女の婆さんから『外に行くでないよ、坊や』と言われた時は嬉しかったくらいだ。
元は現代人をやっていた俺的には、兄の罵倒も効かなかった。
が、根っからのケンタウロスたる幼馴染みの少女は違ったようだ。仲の良い俺が戦士として侮辱されたことに怒り、掟に背いて草原に飛び出した。
そして、俺の代わりに薬草を手に入れ、その手柄を俺に押し付けるつもりだったようだ。
彼女の手の中にはたくさんの薬草が握り締められている。
彼女は肉体的には六歳でも、まだ三歳なのだ。
仲良しの男の子のために頑張った。健気じゃないか。
「なら、しょうがないか」
「……ん。しょうがない」
「俺たち死ぬけど。覚悟は?」
「ある。誇りあるケンタウロスの戦士は戦って死ぬ」
どちらとも言わず、俺たちは近場の石を拾おうとして――、
「――待たせたね、お前たち!」
涼しげな男性の声が、風に乗って届いた。かと思えば、次の瞬間には十体いたナイトウルフのうち、四体の頭部から矢が生えた。
ハッとして、俺たちは視線を地平に向けた。
そこには弓を構えたまま、馬の足で爆走するイケメンの姿があった。長い金髪が風に撫で付けられている。鍛えられつつも細い肉体は、芸術品のように美しい。
赤い瞳は、獲物たちを見逃さない。
俺の尊敬する義兄――《揺蕩う鏃》であった。
「さて、私の可愛い義弟を虐めたのだ。我が鏃を味わう覚悟は良いのであろうね」
義兄は弓を引きながら、ナイトウルフの長を睨む。
慌てたように長は逃げ出すも、義兄の矢は吸い込まれるように、長の頭部を貫いていた。誰も義兄の矢からは逃げられないのだ。
ナイトウルフたちが一斉に逃げ出す。
義兄は追うことなく、俺たちの元に駆け寄ってくれる。
「よく戦ったね、戦士よ。狩人が邪魔をしてすまない」
「いえ、義兄さん。助かりました」
「ふふ、そう言ってくれるのはキミくらいだよ。義弟」
優しく微笑んで《揺蕩う鏃(ガルジルド》が頭を撫でてくる。
華奢な容姿とは裏腹に、その手はゴツゴツとしていた。弓を何度も引いてきたからだろう。そこには誇りある職人の魂が宿っている。
義兄はまだ十五歳なのだが、前世の俺よりも立派な大人に見える。
俺の隣、助けられた幼馴染みは、つまらなさそうにそっぽを向いていた。
▽
義兄に連れられて、俺たちはどうにか群れに帰還した。
群れのケンタウロスたちは温かく歓迎してくれた――幼馴染みのことを。
一方、俺とガルジルドは無視されている。当然だ。
ケンタウロスには祖霊の掟、というルールが存在している。ともすれば宗教的な戒律ともいえるだろう。
その中に「ケンタウロスは誇りある戦士である。戦士とは卑怯にあらず。弓や槍、盾は戦士の武具にあらず」というモノがある。
しかし、遊牧民たるケンタウロス的に、弓を使わないのは難しい。
野生動物や強力な魔物を狩る上で、罠や弓はなくてはならない。しかし、ケンタウロスたちは弓や罠を使いたがらない。
だから、村から一人が代表して、狩人という誇りを捨てた汚れ仕事を担うのだ。
我が義兄はこの村唯一の狩人なのだ。
そして、そのガルジルドに懐き、義兄弟の契りを交わした俺もまた、この村では大変なつまはじきモノとなっている。
ケンタウロスの社会では、血の繋がりは重要視されない。
皆が家族なのだ。
ゆえに、本当の兄弟関係よりも、より重視されているのは義兄弟の契りだ。ケンタウロスの男児は兄を決め、その兄から色々と教わる。
俺はこの群れでもっとも誇り高いガルギルドを義兄にした。
それゆえの迫害である。
一方、我が幼馴染みは巫女の家系だ。
群れには五つの役職があり、《村長》《巫女》《戦士長》《鍛冶師》《狩人》が存在している。
巫女は村の女を統べ、なおかつ特殊な力で戦士の傷を癒やす。村の相談役でもあり、占いにて群れの凶事を回避する。
また、十を超えたケンタウロスに名付けを行う役目も担う。
そうケンタウロスには十歳まで名前がない。それまでは祖霊の子であり、一人の戦士として認められないのだ。
名付けの際には、巫女がその素質に合わせて二つ名を授ける。
二つの言葉を繋ぎ合わせるパターンが多い。その二つ名に古代語の音を合わせて名前とする。
たとえば、義兄は《揺蕩う鏃》と言い「揺蕩うがガル」、「鏃がジルド」を意味する。
合わせてガルジルドだ。
つまり、巫女は名付け師でもある。
ケンタウロスは名に誇りを持つ。その誇りをもたらす巫女の孫ということもあり、幼馴染みは村ぐるみで大切にされているのだ。
怪我をした幼馴染みに、我が
「次巫女よ、これにて身を清めよ。不浄は軽微な傷をも、腐らせる。その身はこの群れに於いて、いずれは大役を担うのだ。以降、勝手な真似は慎むが良い」
幼馴染みはそっぽを向いた。
筋肉の鎧に包まれ、巨体を誇り、よく日に焼けた戦士。それが我が実兄である《間断なき刃》だ。それを眼前に無視を決め込むとは、幼馴染みの肝の据わりかたは異常である。
俺は実兄を好いていないが、あの短く刈り込まれた銀髪には、ちょっと畏敬を覚えるのだが。
ラタトッパを無視したまま、幼馴染みは巫女に薬草を差し出す。
「これは我が幼馴染みが手に入れた。我が幼馴染みは立派な戦士。次からは草原で戦うべき」
「ならぬよ、我が孫」
「何故?」
「あやつもお主も祖霊のお言葉に背いたのじゃ。しばらくは祖霊の加護を浴びねばならぬ」
「我が幼馴染みは祖霊の化身。誇りある戦士」
幼馴染みは憮然とした表情で断言した。
巫女が息を呑んだ。しわくちゃな喉が大袈裟に唾液を飲み込むのが見えた。
「むっ! 其方、その言は誠か。翻せぬぞ」
「その通りだ、次巫女よ。何を戯言を」と実兄のラタトッパも苛立たしげに言い放つ。
幼馴染みの言葉に、群れ中が困惑の表情を浮かべていた。
次巫女を期待されている幼馴染みが、俺のことを祖霊の化身とまで言ったのだ。この言葉の意味はとても重く、戦士たちの中には、俺に向けて殺気の籠もった視線を投げてくる者までいる。
めっちゃ迷惑である。
つまり、俺は今、幼馴染みから神的な存在の生まれ変わりだ、と言われたのだ。
祖霊を超敬愛しちゃっているケンタウロス的には、中々に看過できない言葉であろう。
だって、まったく尊敬していない俺だって看過できないのだもん。
尊敬している人はそりゃあ怒る。
けれども、我が幼馴染みは一歩も怯まない。事実を語る態度を崩さない。怪我が治っていないのに、それを感じさせないほどに堂々と仁王立ちしている。
「我が幼馴染みは――」
続けて言い募ろうとする少女、その横から乱入するように義兄が言葉を挟む。
「巫女よ。我が義弟にも癒やしを。次巫女を救うべく争い、足を折っている」
「う、うむ。そうじゃのう。まずはそやつを癒やさねばならぬわ。次巫女よ、今の話はもう終わりじゃ。其方も疲弊し、やや混乱しておるのじゃろうて」
「違う」
「違わぬわ」
むすっ、としながら幼馴染みは俺の隣に寄ってきた。
巫女が「違う」と断言したことにより、戦士たちの怒りも和らいだのだろう。舌打ちをしてから、各々が住処に帰っていく。
この場を取りなしてくれた義兄は、やはり尊敬できる男だ。
ガルギルドのほうへ会釈をすれば、彼は嬉しそうにウインクを寄越してきた。様になっているのが羨ましい。
俺が女なら惚れている。子を産みたくなっちゃうだろう。
やはり、この群れで最も尊敬できるのは義兄である。
そして、その義兄は数ヶ月後、死んだ。
この時の俺は知らなかった。――この草原があんなにも簡単に、俺たちの命を奪えてしまうことに、まだ……気づいていなかった。
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