焼きたてパンと羽根舞う空

佐楽

朝の光

まだ太陽も登りきらない時間、橙と青の空を見上げて私は仕事を開始する。

背中の羽は今日も何も不調はなく毛艶も良い。ばさりと広げてそのままぐん、と羽ばたき地を蹴る。

胸に抱えたパンの籠を落とさぬよう注意を払い私は愛する空へと舞い上がる。


ここは背中に鳥の羽を持つ種族の住まう土地であり巨木の上や切り立った断崖の中腹に住居がある。よって外敵に脅かされることもなく極めて長い期間を平和に暮らしている。とはいえ鳥人も昨今は高齢化問題に悩まされつつあり毎日の食事を調達することすら難しい人々がいる。

私の役目はそんな彼らに食事を届けることだ。勤めているベーカリーの仕事の一環ではあるが、パンのみならず私に届けられるものならなんでも運ぶしちょっとした雑用なんかもこなす。


「メリちゃん、いつも悪いねぇ」


パンのほかに本を届けた先のおばあさんは恐縮するが私は別にこの仕事を嫌嫌やっているわけではない。


「お気になさらず、半分好きでやっているので」


よく疑われるが本当のことだった。仕事だからやっているのが半分、好意でやっているのが半分。

私は生まれてすぐ親を喪い、この里の年長者らに育てられた。だから恩返しのつもりなのだ。

とりあえず今は今日のノルマをこなさなくてはならない。ひょっとしたら思わぬ要事を頼まれるかも知れないからだ。

私は翼を羽ばたかせ巨木の樹上から飛びたった。


次に訪れたのは断崖の中腹にある一人暮らしのおじいさんの家だ。おじいさんはパンを受け取るとすまなそうに切り出した。


「メリちゃんや、申し訳ないが背中の翼をこのブラシですいてはくれないか」


「いいですよー」


私はブラシを受け取り、椅子に腰掛けているおじいさんの後ろにまわる。

ずいぶんと白けた灰色の大きな羽をすきながらこの羽でどんなふうに空を飛んでいたのかを聞いてみる。


「ねえ、バルさんが今まで行ってよかった場所ってどこ?」


私はあまりこの里を出たことがない。出たとしてもこの山の中だ。だからかつて長距離輸送便の仕事をしていたバルさんの話には興味がある。


「そうだね、アイネス神聖国は美しい建物がたくさんあったな。あそこの大聖堂の鐘楼からは国を広く見渡すことができてね。時間があるときは寄ってずっと眺めていたものさ」


バルさんは遠くをみるような目をして語ってくれた。おそらく私の知らない風景を映しているのだろう。


「あそこは屋根の色が統一されていてね。赤茶色の屋根が太陽に照らされて街全体に明るい雰囲気をもたらすんだ。綺麗だったなぁ」


「そうなんだ。私も見てみたいな」


「いくらでも機会はあるさ。まだ若いんだから」


そういってバルさんはにっこりと微笑んだ。


ブラシを返すとバルさんはお礼の言葉とともに私にお駄賃だといっていくらか私に握らせようとした。


「だめだめ。こういうの貰っちゃいけないことになってるの」


「黙ってりゃわからないさ」


「ほんと、ほんとに大丈夫だから。また遠くの国の話をしてくれればいいよ」


気が済まないようなバルさんを背にして私は断崖から飛び立った。

さてあと数件だ、頑張ろう。

私はばさりと羽を羽ばたかせ、空を舞う。



配達を終えて巨岩の上にある店へと戻ると店主のゴラさんがウインドウに焼きたてのバケットを並べていた。


「やぁおかえり」


「ただいまゴラさん。今日も美味しそうなバケットが焼けたみたいね」


「ああ、今日もいい出来だ。さ、バケットサンドをどうぞ」


ゴラさんはカウンターに置いてあったバスケットを寄越してくれた。中には焼きたてのバケットで作ったハムとチーズ、野菜を挟んだサンドとぶどうジュースの入ったボトルが入れてある。

全部私の大好物でこれを朝食にかぶりつければ配達の疲れなど吹き飛んでしまう。

当初ゴラさんも私の配達以外の仕事に対しても賃金を払おうとしてくれたが私はそれを断り代わりに焼きたてのパンを食べさせてほしいと頼んだのだった。


「ありがとう!」


私はバスケットを受け取るとすぐに店を出て飛び上がる。目指すはこの森で一番眺めの良い枝だ。

断崖絶壁の上から空に手を伸ばすように伸びている枝に腰掛けるとバスケットの蓋をあけてパンの香りを楽しむ。

そして大きな口でがぶりとかぶりつくのだ。

食べごたえ十分なサイズだがこれくらい体を動かしたあとならペロリといけてしまう。


朝食を楽しみながら朝の清らかな空気を感じるのが好きだった。まだ飛び交う人影もまばらな空を眺めながらまだ見ぬ世界に思いを馳せる。

この空の向こうにそれはある。いつかこの羽で飛んでいくのだ。


ひゅう、と頬を撫でる風が「おいで、待ってるよ」と微笑んでくれた気がした。

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焼きたてパンと羽根舞う空 佐楽 @sarasara554

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