第8話 幸運の定義
次の日、再び連絡を入れてから和季は由梨の元を訪れた。
「こんにちは!」
駅前で声を掛けられても、一瞬誰だかわからなかった。
「あ、こんにちは」
遅れて和季も挨拶を返すが、由梨は昨日の病衣を着ていた姿とは印象が全く違う。ふわり柔らかそうなスカートが、彼女の人柄にはとても合っているように見える。
「では、行きましょうか」
「はい!」
雑踏の中で見る由梨は、もうすぐいなくなってしまう人間には全く見えない。実態がきちんとあって、生きている。存在感がある。
事前に連絡を入れると、一人で会いたいとのことだったので喫茶店での面談になったのだ。第一に生き返った人間の意思を尊重することになっているので、面談には家族の同席は問わない。もしも、この後で会って欲しいと言われるようなことがあれば、またそちらへ足を運べばいい。
「萩本さんと会うからって、出てきました」
喫茶店に入って注文をした後で、由梨が口を開いた。席のスペースがゆったりと取られていてボックス席になっている店なので、話をするのにはちょうどいい。背もたれの部分も高くなっていて、ちょっとした個室のようでもある。店内を歩いてくる間に、他の席でも書類のようなものを広げている人たちがいた。保険の相談か何かだろうか。この時間は客もまばらで、そういったことに使いやすい雰囲気だ。
「大丈夫ですか?」
「本当は明日の準備とかいっぱいあるんですけど、必要だからって言ったら行ってこいって」
その言葉にほっとする。とりあえず、結婚式が取りやめになったりはしていないようだ。だが、あの汰一が由梨を一人で和季と会わせることを了承したのは意外だった。昨日の様子だと絶対についてきそうな雰囲気だった。
「時間も短いので、ずっと一緒にいたいとかも思うんですが、やっぱり一人で歩く時間も欲しかったんです。萩本さんに会うって言ったら、誰も一緒に行くとは言わなかったので、ちょうどよかったです。それと、昨日はごめんなさい。お仕事なのに、萩本さんにまで出ていってもらうことになってしまって」
「それは大丈夫です。書類も頂きましたし、手続きは済んでいましたので、問題ありませんでしたよ」
ずっと気にかかっていたのだろう。由梨が安堵したような顔になる。他の家族が和季と顔を合わせたくないのは昨日の場面を見られていれば当然だろう。
店員が二人の前に飲み物を置いて立ち去る。
昨日あれからどうなったのか気にならないと言えば嘘になるが、こちらから聞くのは躊躇われる。由梨が話してくれたら聞こうと思っていた。
「何か困っていることは無いですか? 小さなことでも大丈夫ですから」
「えっと……」
由梨は一度下を向いて考えるようにしてから、和季に向き直った。
「正直、何していいのかわからない感じです。三日って短いのか長いのかわからないですよね。うん、やっぱり短いかな。でも、明日結婚式の予定が無かったらすごく困っていたかもしれないです。何すればいいのかわからなくて。というかやりたいこといっぱいあるのに、時間制限があるって思うと何していいかわからないものなんですね」
最後の言葉は淋しそうな、小さな呟きのようなものだった。
「結婚式は挙げられることになったんですね」
「萩本さんが帰ってから、キャンセル料だってバカにならないとか言ってやりました。ここまで用意してきてやめるなんて嫌ですからね。みんな全然話聞かなくて大変でしたけど」
由梨は笑う。和季は結婚式が挙げられるようになったという事実にほっとする。
彼女の言うとおり言い争いはあったのだろうが、徹底抗戦したのだろう。一見ほんわりしているように見えるが芯は強そうだ。
『彼女』は見た目も中身もそうだった。
「ちょうどよかったのかもしれません」
「え?」
「あ、死んだのがって意味じゃないです。誤解させるような言い方してごめんなさい」
ぱたぱたと由梨は手を横に振る。
「明日が結婚式なのがってことです。ほら、友達とか親戚とかみんなに会えるじゃないですか。いくら三日間あっても、死ぬ前にこんなに縁のある人に会えるってすごいことですよ!」
「確かに、そうですね。会いたい人に連絡を取っても全員に都合がつくのは難しいですし」
「だから、私結構幸運だなって。あ、死んじゃったのに幸運とか変ですけどね」
「……いえ」
本当に幸運だと、口に出さずに和季は思う。
「お葬式もまとめたらどうかと言ったら怒られました。せっかくみんな集まるんだし」
「当たり前じゃないか!」
唐突に、男性の声が響いた。ボックス席で高くなっている背もたれの後ろから、サングラスを掛けて帽子を目深に被った男性が現れる。
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