第2話 生き返りでも結婚できますか?

 生き返りに時間制限があることは、彼らもすでに医師からも聞かされているだろうし、一般的にも知られていることだ。わざわざ和季が言うことではない。ここで繰り返すようなことを言えば、余計に神経を逆なでしてしまうだけだ。


「すみません、少し机お借りします」


 このままでは話が進まない。ベッドの横の机に、鞄に詰めて持ってきたものを出す。


「こちらの書類を読んでサインをお願いします」

「はい」


 由梨は落ち着いた様子で書類を手に取った。

 書類を確認してもらっている間に、生き返り証と呼ばれるカードを準備する。


「こちらが、生き返り証です」

「はい」


 生き返り証を受け取った由梨は興味深そうにじっと見たり、裏返したりしている。男性も好奇心を抑えきれないらしく、カードを覗き込んでいる。


「生き返り証を見せることで、様々な手続きを優先して行うことが出来ます。また、割引制度などを設けている施設もあります」

「話には、聞いたことあります。生き返り割引とか店の前に貼ってあることありますよね。あと、交通機関とかもお得に使えるって」

「そういった割引にもこのカードが必要になります。ですから、無くさないようにお願いします。また、カードを使うのは本人のみで、譲渡することはできません。期間が終わりましたら、返却して頂くことになっていますので、廃棄はしないようにお願いします」

「不正使用ができないってことですね」

「有効期限までしっかり書いてあるんだな」

「はい、でないと際限なく使えてしまうことになってしまいますから。割引になるのは大体その場で消費出来るものや、入場する施設、交通機関などに限られています。購入していつまでも残るようなものには使えません」

「もしかして、転売とかに使えないようにですか?」

「はい。必ず本人だけの使用でお願いします。もしも、他の方が使用したことが判明した場合、刑事罰が科されますのでお気を付けください」


 以前に生き返りの本人ではなく、周りの人間が使用したことがあって大問題になったのだ。生き返り本人以外に使われては、生き返り証の意味が無い。


「ケチだなぁ」

「申し訳ありません。決まりですので」

「うわ、お役所っぽいな」

「それと、最期の日まで毎日私が訪問することになっています」

「そうなんですか?」

「はい。それと、もしもどうしてもやりたいこと、やり残したことなどがあったらお手伝いすることになっています」

「へえ」

「そんなこと、してもらえるんですね」

「じゃ、嫌なヤツに復讐するとかそういうのでもいいんだ」

「もう! たっくんってば」

「そういったことに手を貸すことは出来ません」

「出来ること、少なそうだなあ」


 男性の言うとおりだ。和季が出来ることは少ない。だからこそ出来ることを全力でやりたいとは思っている。


「はい、本当に申し訳ないのですが、私どもが出来る範囲でのお手伝いになります」

「あの」


 申し訳なさそうに、由梨がおずおずと右手を挙げる。


「はい」

「私たち、二日後にちょうど結婚式を挙げる予定なんです」

「おい、そんなこと言わなくてもいいだろ」

「だって、どうせ毎日顔合わせるなら言っといたほうがいいでしょ?」

「それは、おめでとうございます」

「ありがとうございます!」


 由梨がはにかんだ笑顔を見せる。


「だけど、こんなことになってしまって」

「俺は結婚式、挙げるつもりだぞ。もちろん、婚姻届けだって出すからな」

「あの、婚姻届けって出せるんですよね?」

「はい。生き返りの場合でも正式に受理することが出来ます」

「よかった。ね」

「ああ」


 二人が顔を見合わせて微笑み合う。きっと、不安に思っていたのだろう。もしかしたら、一番に聞きたかったことなのかもしれない。男性の緊張が少し緩んだように見えた。


「婚姻届については、私が受理することは出来ないので役所の担当の部署まで行ってもらうことになりますが」

「はい!」

「自分たちで出しに行きたいに決まってるだろ」


 悪態を吐きながらも、幸せそうな声に聞こえるのは気のせいでは無いだろう。


「結婚式の朝に、二人で出しに行くって決めるんです」

「それは、素敵ですね」

「結婚が決まってた時からそうしようって話してて、あ、すみません。こんな個人的なこと」

「お幸せそうで羨ましいです。予定が決まっているのなら、あまりお手伝いが出来ることは無いかとは思いますが、何か困ったことがあったら言ってください」

「ありがとうございます」


 由梨が微笑んだその時、軽快な着信音が病室の中に響いた。


「もしもし」

 

 男性のものだったらしい。ポケットに入っていたスマホを取り出して、通話を始める。


「え、もう着いたの? ……うん、うん。下まで迎えに行くから待ってて」

 再びズボンのポケットにスマホを突っ込んでから、由梨の方を向く。

「俺の親、もう着いたって。迎えに行ってくるわ」

「私も行こうか?」

「いいよ。まだ生き返ったばっかりだし、休んでて」

「ありがと」


 由梨が微笑む。さっきから和季には攻撃的な言葉ばかりぶつけてくる彼も、由梨には優しい。

彼女が死んで、生き返って、心の整理も出来ていないのに押し掛けてきた和季に対して態度が悪くなるのは、仕方の無いことだ。

 部屋から出て行こうとした男性が、思い出したように振り返る。


「お前、由梨に手なんか出すなよ」

「ちょっと、たっくん!!」

「ドア、開けとくからな」


 乱暴に言って、今度こそ出て行く。

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