Old Sky

中田もな

xenolinguistics

「ねぇ、空って知ってる?」

 俺が聞くと、Sakuraは一瞬、動きを止めた。

「Sora。知らない単語。初めて聞いた」

 ああ、そうなんだ。俺がそう言うと、Sakuraはピンク色の髪をふわふわさせながら、ピンク色の目をパチパチさせた。

「Aoi、空って何? 知らない日本語は、ちゃっかりと記憶しないと」

「『ちゃっかりと』じゃなくて、『しっかりと』だよ」

 Sakuraが「何?」を連発するから、俺は愛用のカラーペンを使って、空の説明をしてあげることにした。

「『空』ってのはね、青くて、広くて、明るくて……」

 白い画用紙の上に、「空」を描く。青いペンと白いペン、他にも色々な色を使って。

 空には色んな種類があるけれど、俺はこの空が一番好きだ。

 Sakuraは俺の絵を見て、「むぅむぅ」と言った。最近覚えた相づちで、一日に何回も使ってる。

「それなら、分かる。Sky。私たちの頭の上に、広がる空間」

「うん、そうなんだけどね……。父さんが言うには、俺たちは『新しい空』しか見たことがないんだって」

 Sakuraはじぃっと考えている。俺の言葉を読み込んでいるらしい。

「……『新しい』の反対。それが、『古い』。New、Old」

「そう。ずっと昔、人間が『地球』って所にいたときには、みんな『古い空』を見てたって、父さんが……」

 ……言いながら、俺は父さんのことを思い出した。それに、この間の会話のことも。


「ALなどに、感情移入するな」

 久しぶりに、父さんと二人きりで、外でご飯を食べていたのに。父さんのこと一言で、俺は気分が悪くなった。

 AL。人工生命体。Sakuraの本当の名前。人間じゃない、造られた命。

 父さんは、ALのことが嫌いみたいだ。Sakuraが傍にいないときに限って、いつもALのことを悪く言う。

「あいつらは本来、戦うためだけに生かされている人工生命体だ。例え戦死せずとも、いずれ機密保持のために破壊される」

 ALは戦力。数百年前に開発が開始された、戦闘機搭乗用のパイロット。

「でも、Sakuraは違うだろ。俺たちの家にいる、れっきとした家族だ。『Sakura』って名前をつけたのも、他でもない、父さんじゃないか」

「家族であろうと、ALであることには変わりはない。性別もなければ個性もない。追加されたオプションに応じて、人間らしく振る舞っているだけのまがい物に過ぎない」

 父さんの目は、いつも暗い。まるで、星が出ない日の夜みたいだ。

「葵。Sakuraは日本語を覚えるために、ここに来た。それ以上でも、それ以下でもない」

 「地球」の言語を保持するために、Sakuraは父さんと暮らすようになっただけだ。

 父さんは、そう言った。


「ねぇ、Sakura。父さんは、冷たすぎると思わない?」

「Tsumetai? Tousannは、Tsumetai?」

「……えーっと、分からないなら、いいや」

 ……きっと父さんは、自分はALとは違うんだって、そう思いたいんだろうけど。

 でも、「人間」とか「AL」とか、そういう風に区別するのって、そんなに重要なことなのかな。

 俺には、父さんの考えていることが、よく分からない。

「葵、帰ったぞ」

 そのとき、がちゃりとドアが開いて、父さんが帰って来た。いつも仕事が忙しくて、なかなか家には帰って来ないから、こういう日はとてもうれしい。

「父さん! 仕事、もう終わったの?」

「ああ。思ったより、早く片付いてな」

 父さんはいつも、俺を抱きかかえて頬ずりをする。父さんの少し長い髪が、首に当たってくすぐったい。

 「父さん」は、やっぱり若い。見た目的には兄さんみたいだし、友だちにも「葵のお父さん、なんかヘンなの!」って言われたこともある。

 父さんが言うには、長い間、冷たい場所で起きたり眠ったりを繰り返したり、不思議な実験を受け続けているから、らしいけど。詳しくは教えてくれなかった。

「これは……」

「空だよ、父さん。Sakuraがね、空のこと、知らないって言うから」

 父さんは、俺の描いた絵を手に取った。

「……やはり、違うな」

「え、何が?」

 何故だか、悲しそうな顔をして。

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Old Sky 中田もな @Nakata-Mona

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