〔詠唱〕募集

 カラーが先に進む程にテディベアがぽこぽこ出現した。

 目を閉じていてもカラーの〔魔術〕が問題なく敵に当たるのは幸いだった。テディベアがある程度近付いてきたのを確認してから目を閉じて〔詠唱〕し、倒す。

 そうやって倒したテディベアを二体倒したところでシステムメッセージが入る。

『〔歌手〕が2レベルに上昇しました。

 〔破壊〕が11に上昇しました。〔妨害〕が5に上昇しました。〔治癒〕が23に上昇しました。〔祝福〕が23に上昇しました。〔呪縛〕が20に上昇しました。〔HP〕が98に上昇しました。〔MP〕が120に上昇しました。

 〔HP〕と〔MP〕が最大値まで回復しました。

 2APを取得しました。1SPを取得しました』

 テディベア三体分の経験値でカラーはレベルアップを果たした。

「これは、強くなりました?」

 本人はそれをきちんと把握出来てないのが不安になる。

[レベルアップなので強くはなってますよ]

[HPMP全快は嬉しいな]

[レベル上げ続行できるな]

[AP使って〔能力値〕上げする? しない?]

「あ、そうですね。APは〔能力値〕の上昇に、SPは〔スキル〕の取得に使えるんでしたね」

 コメントに促されてカラーはシステムメニューを出した。

 〔スキル〕の方は現在新しく取得出来るものはなく、取得済みの〔スキル〕のランクを上げるには2SPが必要で選択肢がない。

 なのでAPで〔能力値〕を上げるかどうかが問題になる。

「これはきっと〔MP〕の消費が厳しいんだと思いますが、あってますかねー?」

[テディベア戦に関してはその通り]

[MPか代償上げる? あとはもっと短い詠唱の魔術考えるか?]

[普通のゲームならMP上げんのは無難よね]

 視聴者からのアドヴァイスを見て、カラーは成程成程と頷く。

「確か〔MP〕は1APで5上がるんですものね。お得です」

『2APを消費して〔MP〕が130に上昇しました』

 これで〔魔術〕の負担が少しは軽くなった。

 しかし手数の少なさという不安はまだ解決されていない。

「んー、でも〔魔術〕が使いにくいのは問題ですよねー。わたしが考えるとどうしても〔詠唱〕が長くなってしまうようですし……アリスちゃんに今度素敵な〔詠唱〕考えてもらうのもいいかもですねー」

[アリスの文学的厨二病爆発したらむしろ永遠に続く〔詠唱〕考えてきそう]

[システムバグらせんのやめれ]

 言数ことかずアリスは、MicotMaisonの一人で朗読枠を良く開いている。それだけでも分かるように本の虫で、榮泉さかいずみまほらふとの共用している部屋では、まほらふが酒以外に物が少ないのもあって、びっちりと隙間なく埋まった本棚で四方が囲まれている。その上でリビングに置かれた本棚も中身も殆どがアリスの所有物であるのだからその熱意には脱帽だ。

 しかも自分でも時折詩や短編を書いているので文学表現にも素養がある。実はこのゲームと一番相性がいいのは彼女だろう。

「あ、せっかく皆さんがいるんですから、コメントで〔詠唱〕を頂くのもいいかもですね。一緒にゲームは出来ませんが、その代わりに」

[お?]

[ぼくのかんがえたさいきょうのじゅもんをママが使ってくれるの?]

[それは率直に楽しみ]

[【数の力】検証って意味でも、いろんな〔詠唱〕でどんな違いが出るのか試すのはとても理に適ってるな【人類の叡智】]

[よーし、お父さんがんばっちゃうぞー。とりま、『花よ咲け、その香りに心は惑う』とかどうですかね]

「早速ありがとうございますー」

 カラーの名前に因んだのか、花に関する〔詠唱〕が寄せられた。反応が早い辺り、カラーが口に出す前から用意していたのだろう。

 カラーは胸元に右手を置くと朗々と〔詠唱〕を始める。

〈花よ咲け、その香りに心は惑う〉

 辺り一面にカラーの花が咲いた。その強い薫りが海から来る波のように空白の景色に膨らんでいく。

 気付けば見渡す限りの花園の真ん中にカラーは立っていた。

 そして、手で鼻を押さえてその場に蹲った。

「気持ち悪い……頭がくらくらします……」

 完全にグロッキーな声は今にも嘔吐しそうだった。

[なんで!?]

[自爆魔術?]

[簡易ステータスになんか状態異常のアイコン出てんな]

[あー、〔朦朧〕か。意識がぐらぐらしてVR酔いするんだよな、このバステ]

[今、状態異常増えたな。このマークは、〔混乱〕か]

「あうー、あれー? ミヅナちゃんがいっぱい……クマちゃんもいっぱい……」

 敵味方を全く区別しないタイプの〔魔術〕が発動してしまったようだ。

 見るからに弱体化したカラーに向かって、たまたま出現した本物のテディベアがとことこやってくる。

[あ、やば。まじもんの敵も出て来た]

[逃げ……られそうもないな。そもそも立ってられなさそう]

 逃げられなくても元からテディベア相手に〔デスペナルティ〕になるには相当の時間が必要になる。

「いたっ、いたい、いたいですぅ」

 蹲って吐き気に耐えるカラーをテディベアがぽこぽこ叩く。

 そうやって一分近くも殴られ続けてもカラーの〔HP〕は一割程度しか減らない。

[てか、ぬいぐるみにバステ発生してなくね?]

[それな]

[もしかして、香りに心は惑う、だから香りを感じない相手には意味ないとか?]

[あり得るな。無機物系には効かないのはゲームでありがち]

 残念ながらせっかく貰った〔詠唱〕も現状では役立たずだった。

「もう、痛いですってば!」

 延々と殴られ続けていたカラーがついにテディベアを掴んで勢い良く放り投げた。

 見た目通りに軽かったらしく、テディベアは放物線を描いて遠くへと飛んでいった。

 そんな頃にやっと、一面のカラーの花が萎れていき、立ち込めていた匂いも少しずつ拡散して薄まっていく。

「うぇぇ。吐いてすっきりしたいですぅ」

 酒に悪酔いした時のようにカラーの顔は真っ青だった。見ていて憐れに思える。

[【結論】〔魔術〕がメインなのにどんな〔魔術〕になるか分からんって言うの、システムがピーキーすぎるな【ランダム要素強すぎ】]

 綺麗に纏められたコメントに視聴者の多数から同意が寄せられている。

 使いやすい〔魔術〕に一つでも当たればいいんだろうが、そう上手くは行かないものだ。

 ここでまたカラーはしばらく座り込んだまま酔いが引くのを待つ。

 数分してから大きく息を吸っては吐き、頭を左右に振って髪を揺らしてやっと立ち上がることが出来た。

「どうにか動けそうですー」

[ママ、おつかれ]

[まぁ、事故だから気にしないで行こう]

[草白さん、ごめんなさい……]

「いえいえ、こんなことになるなんて分からなかったんですから、これからも気にせずお願いしますねー」

 事故で落ち込まれてしまうのは可哀想だから、本当に気にしないでほしい。

 ある意味では自分で〔詠唱〕を出せないカラーにも非がある。

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