初めての〔デスペナルティ〕

 何もない空白の真白な空間にぽつんと立つカラーは首を巡らして、それだけでは何も見付からないから体もぐるりと回した。カラーの花のように広がるスカートの裾がその動きに合わせてふありと浮かび、そして足が止まると同時に空気が抜けて落ちる。

「なんにもありませんねー。あら?」

 カラーの手の中に納まったままだった【珠鈴】が勝手に浮かび上がって離れていく。

 カラーがじっと見詰めている前で、【珠鈴】は光を地面へと降らし、その地面が盛り上がって来た。それを台座にしてその上で【珠鈴】はゆっくりと回り出す。

「これは、どういうことでしょう? 取れるんですかねー?」

 カラーが瞬きをしながら手を伸ばすと、【珠鈴】には触れられなかったがシステムウィンドウが開き、【珠鈴】で行える操作内容が羅列された。

「おやや。これは分かりやすいですね。便利便利。ハイテクですねー」

[ママ、ママ、これくらいゲームなら普通だよ?]

[まぁ、世の中にはリアリティ求めすぎてログアウト方法が分からずに困ったプレイヤーを量産したクソゲーもあるから]

[ああ、ログアウトできないデスゲームごっこができるあれな]

[あの問題作以降、VRゲームは開始時にログアウト方法の明示が義務化されたんだよな]

「あらまぁ。ログアウト出来ないでいたら、お腹空いちゃいますねー。こまこま」

[こまこまいただきましたー]

[こまこま?]

[ここでは、それは困っちゃいますね、くらいの意味。他にも、困っちゃいましたどうしましょう、とか、困ったけどまぁいいか、みたいな意味でも使われる草白語]

[草白語は草]

 カラーは良く考えずにてきとうな言葉をくっ付ける癖がある。有志により、Wikiにも独自な言い回しが草白さしろ語として集められている。だいたい、二音くらいの繰り返しで構成されている。すこぶるどうでもいい。

 コメントが脱線しているのを脇目に、カラーはシステムウィンドウを弄って色々と確認を進めていた。

「公式情報の通り、この【珠鈴】で〔箱庭〕に色々出来るんですねー。でも【馥郁ふくいくな花】というのを持ってないから操作は出来ないとー。どうやったら手に入るんですかねー?」

[そういうのはだいたい敵を倒すと手に入るのがセオリーだよ]

[マムー!]

[お、遅刻組か。おつ]

[今日の仕事も強敵でした、配信後に再戦します]

 土曜日なのに残業持参で帰宅するなんて社会人は大変だ。そのコメントにつられてちらほらと今日の仕事は大変だったとか明日も仕事とか今仕事してるとかいうコメントが流れ出す。

「はーい、皆さんお仕事お疲れ様ですー。なでなで」

 カラーが配信映像に向かって手を伸ばし頭を撫でるような仕草をする。画面の向こうからしたら主観映像になっている。

[わーい!]

[しかし、さっきからライバー視点にしたりカメラ視点にしたり、切り替えが上手いな。使ってるAI性能良さそう]

[アラヒトモくんな、有能だし、オタク心をよく分かってるできたAIぞ]

[MicotMaisonの配信で欠かせない存在よな、トモくん]

「ふふ、トモのことも褒めてくださってありがとうございますね。大事な家族でサポート役ですよー。よきよき」

 カラーまでゲームそっちのけで脱線に加わってしまった。大したコミュニケーションが取れるAIでもないから、そんな引っ張って話題にしないでほしい。

「さて、【珠鈴】で今出来るのは〔ログアウト〕だけみたいですねー。まだ〔ログアウト〕しませんので、ここにいても仕方ありませんねー。こまこま」

 全く困った感じがしない様子でカラーはお腹の前で手を組んで体を揺らす。

[はじまりゆらゆら]

[ゆらゆらー]

[途中だけど]

[どっちかっていうとポーズ画面?]

[一定時間操作しないと見れる動きだな]

[いや、言ってないで動作入力しろよ。カラーさん、せっかくなので歌って魔術使ってみたらどうです?]

「あ、そうですね、試してみましょう」

 本当にゲーム慣れしてなくて、視聴者からのアドバイスがないとすぐ動きがなくなってしまう。

 コメントからもちらほらと不安の声が漏れ出ているから、心配だ。

 でもカラー本人はそんなこと気にしている様子もなく、当てもなく歩きながら歌い始めた。

〈白い花と緑の茎の境目のような

 恋かトモダチかわかんない気持ちがわたしののど元にあるの〉

 カラーは地声とそんなに変わらないほんわかとした歌声がふんわりと広がっている。

 とても気持ち良さそうに歌っていて、声もよく伸びている。

[草白さんの持ち歌きたー]

[この歌好きです!]

[柔らかい声でいい感じ]

 視聴者にも好評だ。MicotMaisonで歌枠担当の傘音かさねしずくとのコラボでしっかりとプロに作ってもらった曲なのだが、カラーは普段の配信では鼻歌くらいでしか披露しない。

〈キミになんて伝えたらいいかだなんて

 そんなのわたしの方が知りたいの


 カラーの花はどこから茎になるのだろう

 カラーの茎はどこから花だと言えるのだろう〉

 曖昧な気持ち、でも確かにそこにある気持ちをカラーが歌う声が、ゆっくりと一歩ずつ出される足と一緒に真っ白な景色を進んで行く。

 そんなお散歩が三十秒に至った瞬間に。

『〔MP〕が0になり、〔デスペナルティ〕を受けました』

 無感情なシステムメッセージがカラーの死亡デスペナルティを告げる。

 カラーのアヴァターは弾けて光と瞬いた。

[唐突にピチュった]

[は?]

[なんぞ?]

[草白さん、なにやらかしたの???]

「……歌ってただけなんですけどー」

『〔蘇生〕可能時間を経過したので、〔ログイン〕画面へ転送されます』

 誰もが事態を飲み込めないままに時間が過ぎて、カラーは香り雪を目の前に月明かりに照らされた雪の庭園へ戻された。

 アヴァターも元通りになっていて、カラーはぱちぱちと草白色の瞳を瞬きさせている。

「〔MP〕消費の激しい〔魔術〕によって〔デスペナルティ〕してしまいましたね。〔MP〕が足りないと〔魔術〕も発動せずに〔デスペナルティ〕になってしまいます。〔詠唱〕が長い〔魔術〕は強力ですが〔MP〕消費も激しいので、レベルが低い内は短い〔詠唱〕の〔魔術〕を使いましょう」

 かおゆきが丁寧に〔デスペナルティ〕の原因とアドヴァイスをくれた。

 まさかの開始地点から殆ど移動しないままの自滅である。

「そんなこともあるんですねー。これから気を付けます」

[あー、歌一つ分が詠唱ってそりゃ長いか。数分がかりだもんな]

[歌を提案したやつが戦犯か]

[え、おれ!?]

「いえいえ、こんなことすると死んじゃうっていうのも立派な検証ではないですかー? カケルくんが教えてくれた動画でも死に戻りたくさんしてましたものー」

 ゲームの中とは言え、一応死んだというのにカラーは全く動じていない。

 コメントをくれた視聴者もこんなことで落ち込んでしまったら可哀想ではあるし、フォローは大事だ。

「さて、〔デスペナルティ〕中は〔能力値〕が0.9倍、〔スキル〕使用不可となります。〔デスペナルティ〕期間中にまた〔デスペナルティ〕になると〔能力値〕の低下は重複、〔デスペナルティ〕期間も延長されてしまいますので、気を付けてくださいね」

「これは弱ってしまいますねー」

[弱体化だけに]

[デスペナ時間どれくらいなんだろうな?]

[草白さん、ステ画面で確認できんー?]

「捨て画面?」

 ゲーマーでお決まりの略称が分からないカラーは首を傾げる。

[捨てないで。ステータス画面の略だよ、ママ]

[ステータス画面出てこーいって念じればだいたい出て来るやらやってみて]

「ああ、なるほどー。教えてくれてありがとうございますねー。ステータス画面、出てこーい」

 カラーは打ち込まれたコメントの台詞をそのまま読み上げてステータス画面を呼び出しに成功した。

 プレイヤーネームの横に『〔デスペナルティ〕59min』という表示が確認出来た。

[59分、つまり一時間か]

[普通だな]

[能力一割減か。まだなんとかなるかな]

 カラーはコメントに目を通してほんほんと学んでいる。学習は大事だからな。

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