レトリック・プレイ・ヴァーチャルライヴ

奈月遥

はじまりゆらゆら

 MicotMaisonミコトメゾン所属のヴァーチャルライバーVライバーである草白さしろカラーが個別のヴァーチャルスペースVSに入って来た。

 宇宙を思わせる暗闇と電脳を表すグリッドで構成された景色はVSの標準だ。その中に惑星のように球体で表示されたアプリケーションが使用者の設定に従って遠近に散らばって浮かんでいる。

「トモ、イヴライヴを起動してくださいなー」

 間延びした声に従って指定されたアプリケーションはカラーの前へと移動した。アプリケーションスフィアから漏れる仄かな光がカラーの顔を暗闇にぼんやりと浮かび上がらせる。

 Vライバーであるカラーの顔立ちはプロのイラストレーターが作成しただけあってとても綺麗だ。プロフィールに掲載されているのんびりした性格には似つかわしくないような、切れ長の目元に薄い唇は知的な雰囲気を醸し出している。

 若草色の長い髪は右肩から胸元へ向かい前へと流されていて、逆に露わになっている左耳にだけ金色のプレートピアスが光をえて目を惹く。カラーのキャラクターデザインはアシンメトリーがコンセプトなのだ。

 アプリケーションスフィアは自転しながら形を崩し、長方形のモニター型へと変わる。EveLiveはカラーが席を置いている会社で使用されている動画配信アプリケーションで、Vライバーごとに担当している人工知能AIがリアルタイムに記録と編集を行って映像を配信する。

 カラーの前のモニターでは彼女の配信待機画面が表示されており、既に接続した視聴者達から緩やかに期待のコメントが流れて来ていた。

[草白さんがゲーム配信とかマ?]

[ママ、ゲームするんか?]

[ゲーム配信と聞いて来たんだけど、配信者は初心者なん?]

[初見かな? 普段の配信でゲームのゲの字も出て来ない人だぞ、カラーさん]

[普段の配信が雑談っていうか家事とか日向ぼっこなママだぞ]

[たまにレベルの高い教養とか時事ネタとかが炸裂する]

[情報あり。取りあえず見てから判断]

[初心者がてんやわんやがしておもしろくなる配信もあるしな、ちな初見]

 コメントに目を通したカラーはほんわかと微笑みを浮かべた。

「新しい企画だから、初見の方も増えてるみたいですねー。よきよき」

 カラー自身もこれから行うゲーム配信を楽しみにしているようだ。

 カラーの細い指がEveLiveの画面に触れる。VSに意識を接続したこの状況では思考だけでアプリケーションを操作するのも可能なのだが、カラーはそれに馴染めなくて、こうして実際にアヴァターで触れて操作をする。

 EveLiveの画面が暗闇のVSに広がっていき、直ぐに配信空間へと様変わりした。待機画面に映っていたのと同じ何もないパステルカラーの市松模様の空間だ。

 その真ん中にカラーは立っている。景色が明るくなって、彼女の服装もはっきりと見える。

 彼女の名前の通り、カラーの花を逆さまにしたようなイレギュラーヘムスカートは右足を踝まで覆い隠すのに左足は太股から露出させている。翡翠色のオフショルダーのトップスはさらりとしたリネン生地で、これもまた右袖は五分丈のパフスリーブ、左袖は手首まで広がるアンブレラスリーブと左右非対称だ。

 ぱちぱちと草白色の瞳を瞬きさせて、カラーは目の前にある配信画面に映るアヴァターが自分の動きに連動しているか確かめた。

「うん、だいじょうぶですねー。トモ、接続と配信を始めてくださいましな」

[Yes,Mam]

 配信画面とのアヴァター接続も配信の開始もタイムラグ無く実行した。

 カラーがお腹の前で手を組み、足を肩幅に開いて体を左右に揺らす。

 当然、配信画面のアヴァターも全く同じ動きを見せる。

[お、はじまた]

[草白さんのはじまりゆらゆら]

[ゆらゆら~]

[これ見ると安心するよな]

[わかる。でもそれ調教だから]

「ふふ、皆さん、みことはー。今日も草白カラーの動画にようこそ起こしくださいましたー」

[みことはー]

[みことわー]

[みことはー]

[ゆったりした声だ。確かに落ち着く]

[みことわって?]

[MicotMaisonのみんなが使う挨拶だよー。みことはー]

[なるほど、みことはー]

 カラーの動画に来る視聴者はなかなかに民度が高い。これもカラーの実績と言えるだろう。

 細かいところは説明しなくても視聴者が初見の人に答えてくれるから、初めのテンポは落ちにくい。

「はーい、いつもの皆さんも初見の方も、みことは、ありがとうございますー。ではでは、いつものことですが、注意事項の確認しますよー。

 この配信ではMicotMaisonのみんな以外のライバーの名前は、わたしが話題にした方以外はコメントしないでくださいねー。

 コメントでケンカをしないようにお願いいたしますよー。みんな仲良くがいいですからー。

 各種ハラスメントやその他不適切なコメントをするアカウントは即時通報と切断の上、必要があれば裁判所に訴えます。公序良俗をちゃんと守ってくださいましねー」

[はーい]

[わかったよ、ママー]

[ま、この辺は基本だわな]

[一応、初見に言っとくけど、草白さんの場合ガチで潰されるから間違っても冗談で調子乗るなよ]

[え]

[え]

[過去に百人規模の摘発をしてるぞ、この人]

[ま、あれは残当な結果]

[カラー本人はのんびり受け流すけど、他のMicotMaisonにまで被害出した瞬間に本気出した]

[ミヅナにセクハラしたのは傍から見てもキモかったから、まぁ、草白さんgjではあった]

[あの瞬間のママの殺意に満ちた目で失禁したのはオレだけではない(確認済み)]

[gkbr]

「こらー。初めての方達を脅かしちゃ、めっ、ですよー。みんな楽しく見に来てくれてるんですからー」

[いえす、まむ]

[めんご]

[いやー、今回初見さん多いから予防的な?]

[最初に言っとけば被害が減ると思うんですよー、特に加害者の方の]

[それ、被害じゃなくて粛清って言うんだぜ]

 ……これもカラーの実績と言えるだろう。犯罪を寄せ付けない空気は大事だ。それに常連の気持ちも分かる。今までいなかった相手が多くやって来たからには、当然物分かりの悪い者が紛れ込んでいる危険も増えるのだから。

「もー。この話はここまで。いいですか?」

[はーい]

[ま、こんだけ言えば十分じゃろ]

[この配信はママに見守られています]

[それはミヅナちゃんの配信の時に表示されるテロップだぞ]

 カラーがちらりと配信画面の隅に表示されている同時接続人数を確認した。さっきまで数字を飛ばしながら回っていたカウントが、何秒か止まるようになってきた。

「皆さん、接続も落ち着いてきましたかねー。それじゃ、今日から始まる新企画の説明からしていきますよー」

[きたーい]

[よっしゃ、間に合った]

[ゲーム配信するんだよね。しかも今日からサービス開始のやつ]

[気になってたやつだから、楽しみ]

「はい、コメントでも言われている通り、今日から始めるのはゲームの実況配信ですよー。クヲンからサービスが始まったレトリック・プレイ・オンラインというゲームですねー。公式情報を見ると、自分で考えた魔術詠唱が使えるのと箱庭システムが特徴みたいですー」

 レトリック・プレイ・オンライン――RPOは最新技術を利用したVRゲームだ。仮想現実VRの技術はこうしてカラーが配信でも利用している通り、意識を没入させて現実と同じ感度を接続者に与えることを十数年程前から実現させている。クヲンというゲーム会社はそこに高性能なAIを複数併用させることで、リアルタイムにシステム運営をしていくのを売りにしている。

 今回のRPOで言えば、プレイヤーが考えた〔詠唱〕を即座に解析して対応する〔魔術〕を作成して発動させたり、無限に自由な〔箱庭〕を実装したりという面でゲームの管理AIが活用されているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る