嫉妬

ごま太郎

第1話

その男の名前はスズキ。


小さい頃から泳ぎが得意で、瀬戸内海の荒波の中を平然と泳ぐほどだった。


大人になるまで泳ぎ一筋だった彼にも春が訪れる。

とあるスーパーに就職が決まり、そこで運命の出会いを果たす。

ツマとなったその女は、透けるような白い肌が印象的な、か細い女だった。口数も少なく、3歩下がって彼を立たせる。田舎育ちの男は、その慎ましい女に心底惚れていた。


2人はすぐに、真っ白なワンルームで同棲を開始した。

何もない部屋だったが、厳しい寒さも2人で寄り添えば心は温かかった。


しかし、男には気になることがあった。

2人が引っ越してきた日から、奴は常に部屋の中にいた。いや、引っ越してくる前から既にいたのかもしれない。

名前をオオバと言う。

オオバはとても爽やかな、そしていい匂いのする男だった。スズキから見ると到底男とは思えない薄っぺらい身体付きだが、しなやかでどこか品のある男だった。


2人の仲を妨げるようなら、ケチョンケチョンにしてやろう。


スズキはそう心に決めていた。

実際スズキにはその自信も、体格も備わっていた。


いざ同居を始めると、オオバはツマには見向きもせず、スズキにピタリと引っ付いてきた。

そんな経験がなかったスズキは困惑したが、その爽やかな香りに不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


そんな日が続いたのち、ついにスズキが天に召される時が来た。

空へと昇っていく間際、スズキはふと妻の方を見た。透き通ったその白い肌は、出会った頃と何も変わっていなかった。

変わったとすれば、ツマの傍らに奴が寄り添っていることだ。


お、オオバァァ…


奴はこの時を待っていたのかもしれない。

自分に寄り添い、ツマには何の関心も示さなかった奴に、スズキは心を許していた節さえあった。

ツマはどうだっただろうか。

歪な同棲生活が始まってからは、奴はツマに常に背を向けていた。そんな男に、どんな感情を抱いていたのだろうか。


寂しそうに見上げるツマを支えながら、奴がニヤリと笑ったように見えた。







『パパは大根食べるのに、大葉は食べないの?』


『ああ、何だか大葉は好きになれないんだよ』


『もったいない、サッパリしてて香りもいいのに』


そう言うところが…


食卓に並ぶ半額の刺身を見て、ふとそんなことを考える。


スズキ、すぐにツマに逢わせてやるからな!




『そういえば、大葉も広義ではツマなんだって。だからお刺身は一夫多妻制だねぇ。』


『えっ?そうなの?』


『パパもお刺身なら、ママに捨てられなかったのにねぇ。』


透き通った白い肌を受け継いだ娘は、毎月会うたびに口の立つ元ツマによく似た、芯のある女になって行く。


『鈴木から大場に変わっちゃったから、あたし出席番号早くなって何だか損した気分よ。』


膨れた顔もまた、元ツマによく似てきたなぁ…

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嫉妬 ごま太郎 @gomatrou

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