ゼロのエタニティ

いつる

第1話 柊木伊弦

高校最後の夏休み。

僕は冷房の効いていない空き教室で一人、絵を描いていた。一年生の途中から授業に出なくなったがそんな僕を止める先生も、親も、もういなくなっていた。というか、そんな僕に興味なんて誰もこれっぽっちもなかった。

僕が授業に出なくなった理由は単純で、一言で言えば兄が自殺したショック。それで人生がどうでも良くなった。死ねないからただ絵を描く。死ねないから、ただそれだけ。本当は存在価値が欲しかっただけなのかもしれないけど。

外から運動部の人達の声が聞こえてくる。近くの木でイライラするほど蝉が鳴いている。だけど僕がいるこの教室だけは、忘れ去られたかのようにしんと静まり返っている。そんな教室が妙に居心地が良くて僕は兄の部屋にあった絵の具の道具たちを持ち込んだ。そして気づけば高校三年生の夏休み、みんなは受験勉強で忙しい中僕だけはただひたすらに絵を描き続けた。その後のことなんて何も考えていない。

ふと、壁に寄りかかっている鏡を見つめる。肩まで伸びた明るい茶色の髪の毛、輝きを失った深海のように青黒い目、折れそうなくらいに細い身体、奇妙な生き物だ と思った。

左頬には絆創膏が貼られている。


まぁいいや


そんなことを思いながら視線を絵に戻す。

深海に沈む鯨の死体、それを見つめるようにして死んでいる鴉。僕が描く最後の油彩画。




これを描き終えたら死ぬ、そう決めていた。

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