悪役令嬢とラヴロマンスと虐殺と

よねり

第1話

 その日、私は焼かれた。

 魔女狩りだ。

 私は魔女でもないし、まして焼かれるような下賤な身分でもない。

 それなのに、私は今、こんな仕打ちを受けている。

 磔にされた柱から、私は少しも目を話さずに奴を見ていた。

 あの女を。




「退屈、退屈、退屈。どうしてこの世はこんなに退屈なのでしょう」

 部屋の窓から外を眺めながら、小麦の穂のような美しい金色の髪を風に遊ばせる。フランクライヒ国第一王女マリーはため息をついた。その髪はマリーの自慢であり、国の至宝とまで呼ばれていた。農業大国であるフランクライヒにおいては、マリーの美しさは豊穣の女神と並び称されるほどであった。

「まあ、お姉さま。いつだってお姉さまはお忙しそうに見えます」

 言いながら、ティーカップを傾けるのは、妹のイザベルだった。イザベルはマリーの妹であるが、マリーとは全く似ていない。くすんだ赤毛で、顔にはそばかすが目立つ。公式な発表こそないが、イザベルは貰い子ではないかとすら噂されている。それでも、姉妹は仲が良かった。内心、マリーはイザベルの顔を醜いと思っており、その顔を見るたびにうんざりするとともに、国の至宝と呼ばれる自分の立ち位置が揺るがないことに安堵していた。事実、イザベルの顔は決して醜くはない。しかし、マリーの妹というフィルタを通してみると、どうしても口さがない市民からは笑いの種にされてしまう。

 そんな扱いを受けても、イザベルは少しも卑屈にならず、それどころかより大きな慈悲の心でマリーや国民に接していた。そのせいか、見た目では劣るはずのイザベルも人気があった。実際の所、次期王女にはイザベルを推す声も多かった。

 マリーは勝手に、派手な見た目で辣腕を振るう王女と、それを影から支える妹という構図を想像していた。しかし、マリーが自覚していない問題は、自身が思っているよりも人望がないことと、辣腕というほどの腕もないことである。

 マリーは平凡でなんの面白みもない、醜い妹を見下ろしてため息をついた。妹の目に忙しそうに見えるのは、むしろ退屈すぎるからである。生来、マリーは他人を虐げることにしか快楽を覚えない性質だった。ツンと尖った鼻が天を向く。口から魂でも漏れそうなくらいのため息をついた。ふわりと浮いた髪の毛から、バラの香りが広がる。

 ああ、どこかに私を満足させてくれる男はいないものか――マリーは再び外を眺めた。

 そこには、マリーが命じて逆さ吊りにされた男が、全身の穴という穴から血を噴き出していた。


 マリーがいるフランクライヒ国は、四つの国が合わさった連合国の三番目か四番目を争う程度の小国である。小国とはいえ、地方貴族をいくつも抱えた国であり、贅の限りを尽くしても尽くしきれないほどの富を抱えている。その第一王女であるマリーは、我が儘三昧で育った。国民からは悪女とささやかれていることを本人は知らない。相対的にイザベルが聖女と呼ばれ崇拝の対象になっているのは皮肉だ。

 元々は、小さい国がいくつか点在しているだけの大陸だったが、あるとき四人の男が大陸を統一した。それぞれが国を興し、連合国として力を合わせることで大陸を統べることが出来たのだ。これは、この国の教科書にも載っている有名な話である。

 連合国のトップであり統べる国・グロスアルティッヒ。彼が最初の四人のリーダーであった。その次に、スパニエン。彼は優れた剣士であり、スパニエンが興した国は剣術が盛んで、連合国の騎士達はスパニエン流剣術を基本とした。残る二人がフランクライヒとスウィーテンである。フランクライヒは事務方の適性があり、連合国の政(まつりごと)や財務や大陸資源の活用を担っていた。スウィーテンは社交的で大陸の外の国との外交を担っていた。しかし、近年、スウィーテンは他の3国と距離を置き始めたと現国王クロヴィス・フランクライヒは感じている。

 もしかしたら、外の文化に触れて考え方が変わってしまったのだろうか。馬鹿な国だとマリーは思った。元々マリーはスウィーテンが嫌いだった。軽薄な国だし、何より学友であったスウィーテン国第一王女のダークとは仲が悪い。

 確かに、スウィーテンがもたらす外の文化は貴重だった。見たことも聞いたこともない文明を持つ国が海の外に存在した。そこには、火を用いなくても夜の闇を照らすことができたり、蒸気機関を動力とした乗り物があると聞いた。

 しかし、そんなものがなくても、我が連合国の武力は最強である。連合国設立以来、何度となく続いた侵攻も、一度として屈したことがない。それは、連合国の騎士が強いだけでなく、他に国にはない魔法が存在することが大きい。

 魔法というのは四大王家だけの秘術であった。この魔法があったおかげで、最初の四人はこの大陸を統一することが出来たと言っても過言ではない。それが他の大陸や国に流出してしまっては、優位性が薄れてしまう。それに、王家を脅かす存在が内から現れるようなことがあってはならない。

 かつては侵攻があったが、少なくともクロヴィス・フランクライヒが国王になってからは一度もない。マリーは侵攻自体、教科書でしか読んだことがない。現役世代はほとんど戦争の経験がないのだ。

 そのせいだろうか。王家はかつてなく華やかで、武力以外の文化が発展していた。この国に危険が迫っていることに、だれも気付いていなかった。

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