第3話
あれからどこに連れて行かれたかというと、当然というかなんというか、さっきの屋上直結の和室だった。
コタツに東雲柚姫とシャルロッテ、俺の三人で緑茶を飲んでいる形だ。なんだ、これ。
「まったく、人の話は最後まで聞きなさい。もう少しで死ぬところだったらしいじゃない」
そうは言ってもな、いくらかまともな話なら、きっと最後まで聞いていただろうさ。そう、世界が終わるとかじゃない話なら。
「とにかく、私がこれから話すことは、すべて現実。本当に起こっているし、起こることなの」
「世界の危機とやらがか?」
「その通り」
東雲はゆっくりと頷くと、コタツの側に置いてあった学校カバンを開けて、大きめのノートを取り出した。ペンケースからシャーペンも取り出して、サラサラと書き始める。どうやら関係図のようなものを書いているらしい。
「早足かつ簡単に説明するから、ちゃんとついてきてね」
「待て待て、何の説明だ」
「この世界のよ」
東雲は何の迷いもなく、だが少し面倒くさそうに言う。
「まず、この世界は大きく分けて三つあるわ。天使や聖獣が住む天界、私たちの住む人間界、そして魔族と魔獣の住む魔界。大昔は戦争とかもあったらしいけど、ここ数百年は和平条約が結ばれたこともあり、何とか均衡を保ってやってきていたわ」
ほう、これまたありがちな設定だな。ライトノベル大賞なら一次選考で落ちるレベルだ。
「でも、今、その均衡が破られようとしているの」
「さっきの魔王アンドロなんとかってやつのせいだってか?」
「そう。魔王アンドロマリウスが、人間界に干渉しようとしている。アンドロマリウスは魔界全てを統治する大魔王とかではないけど……」
ではないのか。
「それでも、ソロモンにも選ばれた七十二柱の魔王が一人。統括するは数千の軍勢。彼の軍勢だけで乗り込んできても、人間界は大きな影響を受けてしまうわ」
ほう、やはり立派な厨二脳だ。
「私はそれを止めたいの。私はこの世界を壊したくない。壊されたくない。だから、立ち向かうことを決めたの」
立派な主人公思考だな。お前みたいのが、今は流行りの異世界転生ものの主人公になっても、うまくやっていくタイプなんだろうと思うよ、俺は。
「とある理由で私は魔法が使えるし、それなりに戦闘訓練もしている」
「お前、魔法使えるのかよ」
そいつはすげーな。
「特大殲滅魔法みたいな、対軍勢魔法は使えないわよ? 一対一戦闘で役に立つ程度のものだけね。つまり、私たちだけではこの世界を救うことができない。魔王を止められないの」
一つ一つ確認するように至って真面目な表情で口にする東雲。
俺はいつまでツッコマずに聞いていればいいんだ?
「でも、あなたならできる」
「……なんでだ。理由は?」
「それは……」
東雲は少しだけうつむく。
「志木城雪臣が救世主であることは、天啓によってもたらされた情報です。その予言は、ほぼ百%の確率で当たり、現実となります」
横から割って入ったのは、自称実弾担当、シャルロッテだった。
「天啓? その『天啓』で、このなんの力もない俺が選ばれたと?」
「力や能力があるから救世主なのではなく、救世主であるからこそ、力や能力が宿るのです。それに、力がない訳ではなく、目覚めていないだけです……多分」
またも答えたのはシャルロッテだ。屁理屈みたいな理論だな。
「とにかく、この状況をなんとかできるのは、志木城君だけなのよ。だから、私たちと一緒に戦って欲しいの」
またも真剣な顔でいう東雲。
この安っぽく使い古されてきた設定の王道ファンタジーをどう信じろと?
一人遊びは、一人でやるのが基本だ。俺を巻き込むな。
「……信じて、いないのね。なら、さっきの石像は、全部幻覚だったというの? この和室は? 全部夢だとでも? 目に見えないもの、誰かから聞いたものを信じられないのは仕方ないけど、目にした事実を信じないのは、ただの現実逃避じゃなくて?」
「それは……」
東雲の言葉に何も反論は出来ない俺がいた。
言い訳や言い逃れなら、いくらでも出来ただろう。この圧倒的な非現実を、完全にないものとして扱い、跳ね除ければいいのだ。
しかし、だ。
悔しいが、彼女が言うように、一連の出来事は紛れもなく俺が体験した『現実』だった。
酔ってはいない。多分心の病気でもないし、変なクスリもやっていない。その上、眠ってもいないなら、夢である可能性もないわけで。それならば、俺はどう考えても、屋上へ向かう階段から直結した和室に入ったし(現に今もそこのコタツに入っているわけだし)、動く雷神の石像との円滑なコミュニケーションに失敗し、追いかけられて襲われた。
その事実を、残念ながら否定しようがないのだ。
「戸惑いは、わかるわ。でも、私たちはあなたに信じてもらわなくてはいけない。それに、あなたが救世主という情報は魔王にも届いている。つまり、どの道あなたは狙われるのよ」
これ、一度仮にも信じないことには話が進まない感じか。
「ええと、そうか。まあ、ちょっと、というかかなり半信半疑だが……。いや、一先ず六割方信じることにするよ」
言うと、東雲とシャルロッテは二人共少し安心したような表情になった。
「今はそれで十分よ」
「それで、俺が救世主だとして、何をすればいいんだ? 剣道の経験は少しだけあるが最近はまったくやっていないし、その他の格闘技経験なんてないぞ? 喧嘩も小学生以来してない」
「ええ、それは大丈夫。追々戦い方は学んでもらいますから。あと、出来る範囲で魔法もね」
「俺が魔法を? 使えるようになるってか?」
「そうよ。勿論、使える魔法にはかなり制限があるとは思うけど。あとは才能と相性ね」
東雲は簡単に言い放つ。
「シャルロッテも元々は魔法が使えなかったけど、ここまで使えるようになったわ」
いや、シャルロッテの魔法見てないから、ここまでもどこまでもわからんのだが。
「あら、見ているはずよ。彼女の魔法は物体転移術と空間接続術。屋上のドアとここを繋いでいるのもシャルロッテの魔法なのよ」
東雲が目配せすると、シャルロッテが頷いて立ち上がった。
「私の魔法は空間と空間を接続する魔法。現実のどこかにある物を自由に手元に転移させることができます。とはいっても、その物の近くや、その物自体に魔法をかけておかなきゃいけないのですが。さっきのロケットランチャーもあらかじめ魔法をかけて家の武器庫においてあるのを空間転移術で持ってきているというわけです」
なんだか少しだけ楽しそうに話すシャルロッテ。ほう、だから実弾担当ってわけか。
ん? 武器庫? ……まぁいいか。
「つまり、召喚とはいっても普通の召喚術とは根本的に違います。まあ、その分というかなんというか、空間を魔法陣で繋げれば、ここみたいに条件にあった人のみを転移させるなんていう使い方もできるのですが……」
それにも実は細かなルールがあるのですけど、と少しつまんなそうに言う。
「そういうわけ。分かってもらえたかしら?」
今度は東雲が問いかける。
そうだな。で、俺もそんな風になれると?
「まあ、魔法系統は潜在意識によるものが大きいから、何とも言えないけど、全く使えないということはないはずよ」
「なんか、不確定要素多くないか?」
「それは仕方がないことよ。天啓は『あなたが世界を救う人間である』ことしか告げなかったのだから。私もあなたもそれを信じて訓練して、戦うしかないの」
そうか……え? 訓練?
「戦う為の、準備と訓練よ。時間も余裕もないから、すぐにでも始めたいけど……今日は初日だし、ここまでしましょう。詳細はまた、明日以降で」
こうして、この日は解散になった。
俺はイカれた情報爆発に苛まれながら、東雲たちより先に和室を出た。
下校中も家に帰ってからも、やっぱりあの一連の出来事全てが、俺のみた白昼夢だったのではないかと、何度も考えていた。
普通そうだろう? あれをすんなり信じられるのは、きっと精神がまともではない人間に違いないのだから。
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