第5話 ダンジョンで命を落とすことだってあるんだぜ。

「第7層に向かったパーティが出てこなくなって今日で一週間です」とポプリ。

「レア武器をゲットするまで帰らないとか言っていたけどさすがに……」とはマリエルの言葉だ。

「こんな時に限ってプリメーラが不在だなんて……」と受付嬢のアナスタシアも嘆く。俺もそろそろ頃合いかな、と思う。


 第7層は冒険者ランクAが4人以上揃わないと挑戦することすらできない、最高難度のダンジョンだ。ああ、これは俺の作ったダンジョンの基準とかではなく、国が定めた「人工ダンジョン建設基準法」に基づくものだ。そうしないと冒険者たちが無謀な挑戦を繰り返すことになるからな。

 だいたいそういったところに挑戦するパーティは、レアなお宝探しがメインなので、キャンプ用品なども持ち込んで、泊まりがけでダンジョンを攻略する。基本的には数日から、長くても一週間は超えないくらいだ。たしか今回のパーティは入場前に荷物を確認したところ……3・4日分ほどしか食料はなかったはずだ。さすがに第7層の魔物を倒して食べることは……しないだろう。


「うーん、ちょっと様子を見に行ってくるよ。今日はヴァイスを連れていこう、何事も経験だからな」

「え、俺っすか?」

 名前を呼ばれてヴァイスがびっくりした顔をする。若いホビットである彼はこの職についてまだ日が浅い「回収屋」のうちの一人だ。回収屋とはその名の通り、ダンジョンで命を落とした冒険者の亡骸を回収し、遺族に引き渡す仕事を生業としている。亡骸だけでなく、落とした武器やアイテム等も同時に拾う。たまにあるんだ、遺族が遺品として装備を回収して欲しいっていうことが。だからダンジョン内に落ちている武器や防具は拾ったから自分のものとするのではなく、遺族がいる場合には引き渡し、身内のいない冒険者の道具は再利用したり売却したりするんだ。


「でも俺、第7層とかいったら死んじまいますよ。そうだ、ポプリのアネゴが行けばイイじゃないっすか!」

「私は今から王都に行ってアイテムの仕入れがあるから」

「じゃ、じゃあマリエルのアネ……」

「私は泊まり番だったから今から帰るの。マスターについて行けば安全よ、期待しているわヴァイス君」

 ここでアナスタシアに声をかけなかったのは偉かった。彼女は受付嬢だからな、そこはさすがにヴァイスもわきまえていた。


 ポプリもマリエルもヴァイスを軽くあしらうと、さっと部屋を出て行った。「そんなぁ」と肩を落とす彼に、俺はにこりと微笑みかけた。

「じゃ、早速だけどいくぞ!」

 俺とヴァイスは第7層への魔法陣に入ってテレポートした。


「うえぇ、第7層って壁も不気味じゃないっすか!」 

 ヴァイスが第7層に着いたそばから怖がる。まあ、確かにランクA以上の猛者が冒険するにふさわしいように、と俺がデザインしたものではあるんだけど……改めてここに足を踏み入れると、最後の冒険みたいな雰囲気がして緊張感が一気に高まる。うん、やはりこういうのが冒険! なんだよ。

「まあ、俺の後ろをついてくれば死ぬことはないから。はぐれないようにな」


 だいたい第7層の冒険者が行き詰まるところといえば、ドラゴン戦か最後の謎解きだろう。俺とヴァイスは最短距離でドラゴンの居場所へ急ぐ。


「あっ、なんか竜の叫び声が聞こえたっす!」

 背中越しにヴァイスが言う。ホビットは人間よりも耳がいい。俺に聞こえない声が聞こえたんだろう。竜の叫び声……やばいな、もしかするともう……。


 ドラゴンの居場所に俺たちがたどり着いたときには、すでに三人の冒険者が倒れて血を流していた。……残念だが息をしていない。残っているのは後一人、ローブを身にまとった女性の魔法使いだけだった。彼女も相当に傷を負っていて、目もうつろ。立っているのがやっとな感じだった。持っている杖から魔力もほとんど感じられず、勝負はついたように思われた。


「カインのアニキ! 助けないと!」

 ヴァイスが急かすが、俺はその場から動かない。逆にヴァイスに向かって大きい声を出すな、と指示を出す。


「アニキ!」それでも小声でヴァイスが俺に話しかけてくる。

「いいから黙って待つんだ。俺たちの存在が向こうにばれないようにしろ」

「でも、それじゃあの娘、死んじまいますよ!」

「しょうがない」

「見殺しにするってことですか!」

 ふう、と向こうに悟られないように息を吐くと、俺はヴァイスを連れて、やって来た道を少し戻った。


「あのな、冒険者は自分の死を覚悟してダンジョンに入ってるんだ。それを横からやってきて助けるなんて、フェアじゃない」

「フェアとかそういう問題じゃないっすよ!」

「じゃあお前は魔物がやられそうになったら助けるか? それと同じだ。ダンジョンにいる以上、生と死は隣り合わせだ。冒険者も魔物もそれはわかってる。わかっているから命がけで戦うんだ」

「でも……」

「そもそも勝てないと分かった時点で逃げ出すべきだった。それをしなかった

 のはあのパーティの失敗だ。魔物もそうだ、勝てないと思ったら逃げ出す。逃げる勇気があるものが生き残れるんだ」

 それに、あの子を今助けたとしても長くは生きられないのは明らかだ。そして仲間を見殺しにしたという自責の念に押し潰されてしまうだろう。


 そんな話をしていると、ぎゃっと言う声が聞こえた。そしてドスドス……とドラゴンの地鳴りのような足音が遠ざかっていき、静かになった。どうやら戦いは終わったらしい。残念だが、あのパーティには第7層は早すぎたのかもしれない。

「行くぞ、遺体の回収だ」

「でも他のドラゴンがいたり……」

「心配するな、後ろからついてこい」

 俺とヴァイスは再び戦いの舞台だった場所へ戻り、四人の冒険者の亡骸に手を合わせ、装備品とともに彼らを回収した。やはり、冒険者が亡くなり、その亡骸を回収するときはやるせない気持ちになる。だけどそれは魔物が命を落としたときも同じなのだ。


 もしも今回の戦いで冒険者が勝ち、ドラゴンが命を落としたとしても、俺たちは同じようにドラゴンの遺体を回収する。ダンジョンを作り、経営するものとしては、冒険者と魔物どちらに肩入れしてもならないのだ。

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