第85話 耐性スキル



Side 福井美穂


あの日から、私は何も考えられなくなっていた。

あの男たちに弄ばれ、誰の子供か分からない子を妊娠し、産むか降ろすか家族と話し合った。

何故なら、私は未成年だから降ろすには親の同意が必要になったから……。


何度も話し合って、誰の子供か分からなくても親の意向で産むことになった。

特に、母が私のお腹の命に同情したのだ。


私の母は、何度か流産を経験している。

私を産んだ後の話だったが、私の妹か弟が欲しかったと話し合いの時教えてくれた。

だから、私に産みたくても産めない女性がいるのだから、どんな子供であろうと生まれてきてほしいと説得された。


「……私は、……」


高校を休学して、十七歳にして出産を経験した。

……あんなに大変なことだとは思わなかったが、無事生まれてきてくれた命は愛おしいものだった。

子どもの顔を直に見るまでは!!



「何で、何で……」


そっくりだった!

私に覆いかぶさってくる、あの男に!!

あの目! あの耳!

あの子を抱いて、私を見るあの子の顔を見ているだけで恐怖がよみがえってくる。


しばらくは、母が付き添ってくれたが私とあの子だけになると……。

だから私は、あの子を捨てた。

あの場所なら、ファンタジーの場所なら何とかしてくれると思い、私は捨てた。



でも、離れてみてすぐに分かる。

心に穴が開いていることに……。


「ごめんなさい……、ごめんなさい……」


ここはどこかの森の中、どこをどうここまで来たのか分からないけど、私の罪を償うにはいい場所だろう。

ゴメンね、お母さんお父さん。そして、私の赤ちゃん……。




▽    ▽    ▽




Side 五十嵐颯太


「【スリープ】」


首を吊ろうとしていた福井美穂さんに、睡眠の魔法を掛けて眠らせて助ける。

あと一歩遅かったら、確実にロープで首を吊っていただろう。


実家を探し出し、訪ねてみればあの子供をダンジョンパークに置き去りにした日から戻ってなかった。

そこで、例の虫ゴーレムで捜索してみればダンジョンパークのある山近くの森で見つけた。


しかも、首を吊る寸前の状態で、だ。

俺はすぐに転移魔法を使って、虫ゴーレムの側に転移し睡眠魔法を展開。

福井さんはその場に崩れ落ちるが、眠っているだけなので大丈夫だ。


「……危なかった。ロープの輪に、首を通す前で良かった」


安堵していると、ミアたちも同じように転移魔法で転移してきた。

ミアとエレノアが、周りを確認する。


「マスター、この辺りも魔素が少量ですが流れてきています」

「魔素が、かなりの広範囲に流れていることは間違いないですね」

「魔素に関しては後で考えるとして、今は彼女のことをどうするか、だ」

「とりあえず、ダンジョンパークに連れて行きましょう。

こんな場所では、話もできませんから」

「そうだな」


俺たちは、福井さんを担ぎ上げると転移魔法でダンジョン内へ転移した。

魔素流出問題は、今は深刻な量ではないし大丈夫だろう。

それに、地球人は魔素があっても自身で魔法は使えない。


こちらが用意した魔道具の持ち出し禁止で、魔法による問題は起こらないと思いたい。




▽    ▽    ▽




Side ミア


福井美穂様を、最初の町の孤児院に用意した一室のベッドに寝かせる。

ここには、彼女の赤ちゃんも保護しているし、起きた後で話しておきましょう。


「マスター、そういえば福井様のレベルを上げるとか仰ってましたが……」

「ああ、彼女のレベルを上げて精神耐性を習得してもらおうと思ってな?

こうして、ダンジョンポイントで交換してスクロールも用意したんだ」


そう言って、マスターは自身のアイテムボックスからスクロールを取り出した。


耐性スキルは、耐性になる攻撃を受けてからレベルを上げると、耐性スキルを30%の確率で習得することができる。

だが、精神耐性となると一歩間違えれば廃人となることがある。

そのため、スクロールによる習得方法にしたのだろう。


マスターは、お優しい。

ですが、今回はもう一つスクロールが必要だと考えます。


「マスター、もう一つスクロールを用意してもらえませんか?」

「もう一つ? どんなスクロールを?」

「恐怖耐性スキルのスクロールです」


そう、福井美穂様に必要な耐性スキルは、一つでは足りない。

福井様が置き去りにした経緯を調べた私たちは、マスターにお願いするつもりだった。

2つの耐性を持たせられないか、と。


精神耐性と恐怖耐性の2つを。


「……なるほど、そうだよね。

彼女は、無理やり襲われたんだった。ならば、その恐怖は耐性無しでは乗り越えられないか……」


福井様の問題は、子供だけの問題ではなく福井様自身の問題も解決しなければ、未来を見て進むことはできない。

本来ならば、こういう問題はカウンセラーや親など周りの人たちの頑張りで克服するものだが、彼女へのケアが足りなかったようだ。


「分かった。もう一つスクロールを用意しよう。

だけど、彼女のような女性はたくさん存在している。

その原因を作った奴らを、野放しにしておかないように解決を急いでくれ」

「了解しました」


私は、エレノアに目で合図するとエレノアはこの場から転移した。

おそらく、虫ゴーレムをさらに放って捜索するのだろう。



それにしても、マスターが転移魔法も習得してしまわれるとは……。

生まれてずっとそばに仕えているが、ここ最近魔法を覚え始めたのに、すでに転移魔法を覚えるまでになっている。


いくら、マスターの魔力の源であるダンジョンの第九階層のトレント森林が、膨大な魔素を生み出しているとはいえ習得スピードが速すぎる。


「マスター、もう転移魔法を習得されたのですね?」

「ああ、これもミアたちが丁寧に教えてくれたおかげだよ。

俺の中にあるダンジョンコアのおかげで、ダンジョンの魔力は俺の魔力として使えるからね。

第九層や第八層の精霊の大木が、魔素を生み出し続けているから、ダンジョン内の魔素や俺の魔力は無限に近くなっている」


……もしかして、ダンジョンから魔素が漏れ出ているのはマスターやダンジョン内では使いきれなくなってきているから?






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