夢のような研究
せらりきと
夢のような研究
博士は頭を悩ませていた。あと少し、あと少しなのにと、呻き声をあげながら、夢のような研究を行っていた。おかしなヘルメットをかぶり、体中様々な器具が取り付けられ、電飾が光り、博士を輝かせている。ダイヤルを回し、スイッチを押すと、後頭部に衝撃が走るという誰の目にも危険だと思われる設定になっていた。科学の進歩には、危険はつきものなのだ。
「あと少し、あと少しなんじゃ。なにが足らんのじゃ……」
そこへ、包丁を片手に覆面マスクを被った強盗が現れた。
「やい、死にたくなければ金を出せ」
ありきたりなセリフである。
「そんなものここにはないわい」
博士は恐れることなく反論する。
「知ってるんだぞ。研究費と称して国からだまし取り、日夜飲み代に消えている金があるってことを」
「だからないものはないんじゃ」
「嘘をつくな」
「嘘などつくか。それに、貴様がいま言ったではないか。飲み代に消えているって。その通りだよ。金なんて、毎晩酒を飲んでいたら消えてしまうわい」
強盗も、納得するが、納得できない。
「なんの研究をしているんだ?」
強盗が研究に興味を持ったようだ。
「おお聞きたいか。座れ、座るんじゃ」
博士は研究について質問されたのがよほどうれしかったのか、おかしなヘルメットを脱ぐと、強盗を丸椅子に座らせた。目の前には、巨大な煙突のような形をした装置があり、強盗は圧倒されていた。
「実はな、この装置を使って重力の研究をしておるんじゃ」
「重力を?」
「うむ。わしはな、反重力を発生させることが夢なんじゃ」
「反重力っていうのを発生させたらどうなるんだ?」
「どうなるって、いろいろできるが、まず空を飛べるようになる」
「へー」
「お前さんは空を飛びたいと思ったことはないか?」
「ま、まあ、あるにはあるけど……」
頬を人差し指でかき、照れながら答える強盗。
「そうじゃろ。わしだって飛びたい。子どものころから鳥のように自由に飛びたいと思っておった。それに空を飛べるようになれば、渋滞などといった問題も解決できるじゃろ?」
「はー」
強盗は、もっと他のことがあるだろ、とあきれ顔で博士の演説を聞いていた。
「もう少しなんじゃ。あと少しで完成だというのに、なにかが足らんのじゃ」
博士が奥に歩いて行く。そこで、強盗も慌てて立ち上がった。博士の進む先には古い黒電話が置いてあったのだ。
「おい、それ以上進むな」
再び包丁を博士に突きつける強盗。
強盗の声に博士が立ち止まり振り返ると、強盗の背後にある装置が、ちかちかと点滅していた。
「な、なんじゃこの反応は」
博士は目を見開き、強盗を押しのけ、装置のところまで飛んで行った。強盗は転倒し、包丁が、棚の下へと滑って行った。尻を強打し、悶える強盗。
「こ、これじゃ、この反応を待っておったんじゃ」
博士は、興奮気味に、設計図と装置を交互に眺めていた。顔を上げ、ふたたび奥の黒電話の所へ向かった。
「わしの仮説は、間違いではなかったのじゃ」
強盗の手を取り喜ぶ博士。そして、受話器を上げ、震える手を宥めながら、ダイヤルを回し始めた。重力を発動させる装置を起動させるためには、暗証番号を入力しなければならないのである。博士は自分の誕生日を暗証番号として設定していた。十一月九日これが博士の誕生日だ。博士は興奮のあまり、おかしなヘルメットをかぶるのも忘れて、ダイヤルを回している。
「一、一、〇……」
「おい、やめろ」
強盗は、警察に通報されると勘違いし、床に転がっていた角材を手に持ち博士へと迫る。
博士が最後のダイヤルを回し終え、スイッチを押すと、ガコンというもの凄い音と共に、後頭部に衝撃が走った。これまでの実験でも、何度か後頭部に衝撃を受けたことがあったが、今までにないほどの強い衝撃で、おもわず目をつぶり、前に倒れ込む博士。
確かな感触があった、と思い目を開くと、なんと宙に浮いていたのだ。
「ついにやったぞ。成功じゃ。成功したんじゃ。とうとう夢が叶ったんじゃー」
博士は喜びさらに高く飛び上がった。
下では、強盗が、後頭部から大量に血を流し倒れている博士の前で、角材を持ったまま呆然と立ち尽くしていた。強盗はすぐに我に返ると、キョロキョロとしはじめた。さらに、床に這いつくばり、なにかを探している。
「わっはっは、馬鹿め。わしはここにおるぞ。なぜ、そんな床の下におると思っておるのじゃ」
博士は笑った。強盗は、博士が宙に浮いていることに気がついていないのだと。しかし、強盗は博士を探していたのではなく、先ほど博士に突き飛ばされた際に落とした包丁を探していたのだ。なんとか手を伸ばし包丁を掴むと、博士を殴った角材と一緒に手に持ち、そのまま研究所を後にした。
一方博士はというと、強盗の行動など気にもとめず、空を飛んでいることを楽しんでいた。どんどんと上昇して行き、天上にぶつかりそうになったが、なんとすり抜け、二階にまで到達した。
「わっはっは。まさか、天井まですり抜けられるとはな」
その後も上昇しつづけ、今度は屋根をもすり抜けていた。
地上では、博士の研究所から慌てて逃げ出した強盗が、原付バイクに乗って逃走しているところだった。
「実験の成功に免じて、今回は見逃してやろう。わっはっは」
博士の体は、家よりも、ビルよりも、山よりも高く舞い上がって行った。見下ろすと、街の夜景が、まるで星の欠片を散りばめたかのように輝き、とても美しく、博士は成功を祝福されているような気分になっていた。
どこまでもどこまでも上昇しつづけている博士は、研究の成功を喜び、いつまでも笑いと涙が止まらなかった。
夢のような研究 せらりきと @sera_ricky
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