譲り合いの心

せらりきと

譲り合いの心

 狭い路地でにらみ合う二台の車があった。どちらかが少し下がれば離合できるのだが、両者とも一向に動く気配はない。すると片方の男が、ギアをパーキングに入れ、サイドブレーキまで引き、タバコに火をつけた。それを見た対向車の男も、同じようにギアをパーキングに入れサイドブレーキを引くと、シートを後ろに倒し、右腕を枕にしてスマートフォンを眺め出した。お互い相手が折れるのを待つ状態になってしまったのである。

 当然のように、彼らの後続車からはクラクションが鳴らされ、早く進むように促されている。しかしながら二人は知らぬ存ぜぬと言った表情で、まったく意に介さない。しびれを切らせたドライバーたちがこぞって降車し、両方の車のフロントガラスをたたき、早く行けと怒鳴るものの、二人は聞く耳すら持たず、あくびまでしはじめていた。

 ついには、この二人の後続車同士のいざこざまで発生し、現場は騒然となった。警察も駆けつけ注意するが、二人は一向に動く兆しはない。

 騒動は、SNSによって瞬く間に広がった。

 まるでハイエナのようにマスコミが現れ、二人の運転手にインタビューを開始するリポーターまで現れた。それでもお互い、相手が引くまで動く気はない、と意志は固かった。

 ここで明らかになったのは、東から西方面へと向かう車の運転手の名前が四方田よもだで、反対側の車の運転手の名前が御手洗みたらいということだ。

 インターネットでライブ配信をする若者が現れ、カメラを二人の車に設置させてもらい、両者の様子を眺めることができるようになった。視聴者数がとんでもないことになり、若者は笑いが止まらなかった。

 緊急報道特別番組まで組まれ、精神科医で心理学に詳しいコメンテーターなんかを呼んでは、どういう心境なのかを真面目に分析したりしていた。

 長時間、車の中で立てこもると、問題はトイレだ。トイレに行きたくなれば出てくるだろうと、警察たちは軽く考えていたが、二人ともペットボトルに小便をし、大便はナイロン袋の中へと済ませていた。

 お互い腹が減ったのか、四方田は肉うどんを、御手洗は盛りそばを出前で注文することに。ほぼ同時刻に出前を届けに来た配達人二人に群がるマスコミたち。百台近いカメラが向けられる中を、一人は四方田に、もう一人は御手洗に届けた。届ける瞬間、大量のフラッシュがたかれていた。ただの出前でここまで注目を浴びるとは思わなかったと、二人の配達人はインタビューに答えている。配達人にまでファンができ、どちらの店も同じくらい出前の注文が殺到したそうだ。

 腹が満たされた二人はいびきをかき始めた。本格的に深い眠りに入ったのである。

 チャンスとばかりに、警察が二台を動かそうとレッカー車を用意するが、いつの間にか歩道を埋め尽くすほど膨れ上がった野次馬たちからの大ブーイングに断念せざるを得なかった。

 

 目を覚ました四方田は、野次馬の中にいる女の格好に刺激されムラムラしてしまった。そこでスマートフォンを取りだし、デリバリーヘルスに電話をした。

 三十分後、さらに過激な格好をした女がやってきた。四方田が呼んだ女だった。四方田は、気分を高ぶらせるために、後部座席で筋トレをしていたため、女が来たことに気がついていなかった。

 ところが、女は四方田の乗った車へは行かず、間違って御手洗の乗った車の方へと向かってしまった。それでも御手洗は、四方田と同じようにムラムラしており、風俗サイトを眺めているところだったため、ちょうどいいと言って、女を車へ無理やり入れると、そのまま情事に励んだ。さすがに、情事を中継するわけにはいかず、若者は慌てて画面と音声を切り替えたため、視聴者からは、アンチコメントが多発した。

 事を終え、女が料金を掲示したが、御手洗は、俺はお前を呼んだ覚えはない、あいつが俺の元へお前を寄越したんだろ? 俺の名前は御手洗だ。あいつに支払ってもらえと言って、車から放り出した。

 女は泣きながら四方田の車へと向かった。筋トレで汗だくになっていた四方田は遅かったなと、言いながら車のドアを開けたが、女から予想外のことを言われ、唖然とした。あまりに釈然としないが、自分が呼んだことは事実のため、御手洗の分の料金を払いつつ、追加で自分の分を支払い、事に及んでから女を車から追い出した。

 前方には、頭の後ろで手を組み、下卑た笑みを浮かべる御手洗の顔があったのは言うまでもない。

 納得のいかない四方田は、御手洗の名前で高級寿司を出前させやり返した。当然請求は御手洗に行き、御手洗は渋々払うことになった。二人ともその辺は律儀なのである。

 その後も、お互い高級なものを送りあったりしたが、すぐに資金が尽き、支払うことができず、視聴者が立て替える事態になっていた。これをきっかけに、視聴者同士の争いも勃発していた。どちらのファンがお金を持っているかどうかの争いだった。

 まるで自分たちを神のように扱ってくれる一部視聴者に対して気を良くした二人は、相手に送りつける物ではなく、自分たちが欲しいものを呟くようになっていた。あれが欲しい、これが欲しいと呟くと、翌日には宅配便で到着するのだから、どちらも笑いが止まらなかった。

 四方田が最新ゲーム機が買えないんだよなー、とブツブツ言っていると、翌朝には届いていた。それは、四方田だけではなく御手洗のもとにも届けられ、さらにこのゲームをプレイしてくれたら五時間で百万円支払うという企業案件まで届いていた。バトルロイヤルゲームで、最後の一人になるまで殺し合うという内容だった。別に好きなジャンルのゲームではないが、金を貰えるということと相手を殺せるということで、夢中になってプレイした。二人のゲーム内での殺し合う様子は、非常に盛り上がっていた。

 他にも、怪しい企業から飲料水を宣伝してくれと頼まれたり、テレビの通販番組でよく見る便秘解消のサプリの宣伝、座り続けるのもしんどいだろうからと、ジェルのクッションが送られて来たりと、まるで売れっ子タレントのように扱われていた。化粧品をぜひ使って使用感を教えて欲しいと頼まれた時は、二人ともさすがに断っていた。

 気がつくと、車内は物で溢れ、二人が座るスペースは運転席だけしか残っていなかった。その後も、企業から頼まれることがあったが、これ以上物が入らないと言って断るようになっていた。

 二人は、非常に我慢強かったが、寝るスペースが狭くなりストレスが溜まっているのか、これまで取ったことのなかったようなアクションをとるようになっていた。クラクションを鳴らし、お前が下がれと四方田が言うと、御手洗は二度クラクションを鳴らし、お前が下がりやがれ、とやり返す。

 お、そろそろ動きはじめるか、とマスコミや野次馬たちは期待したが、その時だけですぐにまた我慢比べに戻って行った。

 しかし、このことがきっかけで、世間が次第に二人から遠ざかっていった。一時は国会でも取り上げられたり、世界でもニュースになったりしたが、はじめこそ意地の張り合いが面白く、ギャラリーやネットの視聴者たちを引き付けてやまなかったのだが、ここまで動きがないとやはり飽きというものはやってくるのだ。それに加えて別の理由もあれば当然のことだった。人という生き物は、流されやすい生き物だ。新たに面白そうな話題が発生すれば、自ずとそちらへと流されることは不可避なのである。

 次第に、一人、また一人と、野次馬が去り、マスコミが去り、ワイドショーも他の新しい話題に変わり、インターネットライブ配信の視聴者も他の番組へと移動していた。車内の様子の中継を担当していた若者も、バッテリーの交換と嘘をついて、カメラごと撤去し、次の流行先へと急いだ。この時の視聴者数は、三桁もいなかったため、アンチコメントなども流れなかった。 

 とうとう警察だけが残り、二台の車を除けば、いつもの路地に戻っていた。警察も、たったの二人だけで、迷い込んだ車に回り道を教えるためだけに残ったのだった。

 過去の人となり、妙に焦る二人はどうにか再び脚光を浴びるため、何かないかとネットで検索してみた。

 現在世間を騒がせているのは、巨大ニシキヘビが脱走したことだということで、見つけた者には百万円支払うと、懸賞金までかけられていた。

 これだ、と二人は車を降り、我先にと草むらへと走った……が、懸命の捜索の甲斐なく、巨大ニシキヘビを見つけることはできなかった。

 なんの収穫もなく二人は車へと戻ったものの、すでに車は撤去され、いつもの路地に戻っていた。騒動は、巨大ニシキヘビ脱走事件で、呆気なく終わりを迎えた。二人の意地の張り合いが終わったことも、ニュースではほんの数秒程しか流れないほどで、世間からの関心も失われていたのだった。二人は警察に連れていかれ、こっぴどく叱られてから帰宅した。

 その後、路地には、譲り合いの心を持ちましょう、という看板が設置された。

 そんなある日、四方田と御手洗の乗った車が、この路地で再び顔を合わせていた。周囲にも緊張が走る。

 ところが、今回は二人とも前回の反省を生かし、どうぞどうぞと、譲り合った。その光景を見て、誰もが安堵していた。

 しかし、どちらも一向に進む気配がなかった。相手に先に進んでもらうまで、譲り合う気でいるらしい。四方田がどうぞと笑顔で言うと、御手洗も笑顔でそちらこそどうぞと返す。いやいや、そっちこそ、いえいえ、そちらこそ。いや、本当にそちらが行ってください。いや、あなたこそ……。

 

 

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譲り合いの心 せらりきと @sera_ricky

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