記憶がないですけれども、聖女のパワーで解決します

アソビのココロ

第1話

「アリーチャ! 貴様を聖女職から解任し、追放処分に処す!」


 王宮前の広場、衆人環視の状況で断罪かよ。

 魔王を退治した功労者に対してこの仕打ち。

 しかも王子様あんた、私に色目使ってきたじゃないか。

 やってられん、マジでやってられん。

 ぶっとばしてやろうかな。

 聖女クビになったから、らしくないと非難されることもないだろうし。

 思えば私が聖女として呼び出されたのは、ちょうど一年くらい前だった。


          ◇


「……む?」

「成功だ!」


 何だろう?

 目を覚ましたら、ぞろっとした格好をした男達が大騒ぎしている。

 私がいるのは円形の奇怪な文様の中心か。

 知らない場所だな。

 男達の中の一番地位の高いと思われる者に呼びかけられた。


「聖女様!」

「聖女? 私が?」

「思い出せませんか?」

「何にも」


 状況がわからないが、特に不安はない。

 どうにかなるんだろうという気がしている。


「お名前をお聞かせ願えれば……」

「名前? わからない」


 思い出せないのか、そもそも名前を持っていたという気がしない。


「名前がないと不便だね。あなた達が付けてくれる?」

「えっ?」


 明らかに面食らっているようだったが、男達は相談し、一つの結論を得たようだ。


「アリーチャ様、という名はいかがでしょう?」

「可愛らしい響きだね。気に入ったわ」


 私はアリーチャ。

 大事な物が増えたみたいで嬉しいな。


「聖女様は転送元の世界のことなど、何か御記憶されていらっしゃるのでしょうか?」

「転送元の世界? いえ、何もわからないわ」

「そうでありましたか。では申し訳ありませんが、我々どもの事情を話させていただきます」


 ふむふむ、ここはハモイロンという国で、最近瘴気が多くなっていて魔物の攻勢に押されていると。

 状況を打開するために、大きな神力を有する聖女と呼ばれる存在を探していたと。


「その聖女が私であると?」

「さようでございます」

「神力とか、全然わからないんだけど」

「魔道テスターにより、アリーチャ様には莫大な神力を検知しております。まだその神力の使い方を御存知でないだけだと思われます」

「そういうものなのね。私は何をすればいいの?」

「神力をどう発揮すればいいか、手法を学んでいただきたく思います。その後瘴気の浄化と魔物退治に従事してもらえればと」

「わかったわ。全て言う通りにする」

「よ、よろしいので?」


 何を遠慮しているのだろう?

 そのために呼び出したんじゃないの?


「我々の勝手な都合でアリーチャ様を召喚せねばならぬ事態となったこと、恐縮至極であります。アリーチャ様にも生活があったでしょうに」

「何も思い出せないからいいのよ」

「記憶を失っておるようですな。一種の召喚事故でありましょうか? ますます申し訳ないです」

「ハモイロンには私の神力が必要なのでしょう? ならば私が力になりましょう。でも今のままの私は何も知らないし、何もできないわ。あなた達も私の力になってくれる?」

「もちろんですとも!」

「ああ、聖女様!」


 ふふん、何だかわからないけど居場所はゲットした。

 神力とかいうものを提供してウィンウィンというやつだ。

 色々教えてもくれるらしいし、人生楽しもうじゃないか。


          ◇


 神力のコツを覚えた後は主に魔物退治に赴いた。

 聖女はレベルが上昇するのもビックリするほど早いらしい。

 最初はザコ魔物ですら、ウルトラゴージャス聖女ビームでしか倒せなかった。

 しかしすぐに聖女デコピンで倒せるようになり、やがてザコは寄り付きもしなくなった。


 その後勇者・戦士・魔法使いとともに魔王討伐の旅に出発。

 最初は足を引っ張っていたものの徐々に連携して戦えるようになり、さらには無双するようになり、最終的に聖女ビンタ一発で魔王を塵にした。


 ハモイロンの皆が喜んでくれた。

 ああ、聖女として呼ばれて良かったなあと思った、その時は。

 つい一ヶ月前の話だが。


 王様から褒美として何か欲しいものはないかと言われたので、旦那さんが欲しいと伝えた。

 だって勇者と魔法使いがラブラブで羨ましかったんだもん。

 戦士? ゴリマッチョはあんまり好みじゃないかな。


 そしたら何故か第一王子が自分の婚約者を捨てて私と結婚しようとしたため、私は悪女として非難されることになった。

 何で?

 私は王子を寄越せなんて言ってない。


 しかも婚約者と同時に後ろ盾を失うことに気付いた第一王子が、掌返して復縁して私を責めてくる。

 禁断の魅了魔法を使用したに違いないなんてことまでほざいてる。

 しかもそれが事実みたいに流布された。

 何で?

 魅了魔法使えたら旦那さんを紹介してくれなんて言わないわ。

 常識で考えろ。


 挙句の果てに聖女クビになったわ。

 もう魔王いないし瘴気が増殖することもないだろうから、聖女自体が不必要なんだろうけどね。

 でも気付いてます?

 勇者パーティーのメンバー全員が王家に不信感持ってますよ。


          ◇


「どうしたアリーチャ! 何も言うべきことはないのか!」


 おお、王子の挑発的な物言いで我に返ったわ。

 断罪の最中だったわ。

 断罪って、私が何をしたんだ。

 何も悪いことしてないわ。


 私をクビにして追放処分を宣言した王子が御満悦だ。

 ナルシストだなあ。

 居丈高の王子に一応聞いてみる。


「追放は結構ですけれども、私に下さるという旦那様はどうなりましたか?」

「まだそんなことを言っているのか! そこの奴隷をやるから勝手に番え!」


 勝手に番え、ですか。

 結構な表現ですね。

 チラリと件の奴隷を見る。

 戦争奴隷だと言っていた。

 左腕を失い、顔に大きな傷がある。

 私が悪女扱いされ始めたごく最近に付けられた者だが、態度を変えることなく仕えてくれている。

 うん、お買い得なんじゃないかな。


「ありがとうございます」

「これは手切れ金だ」

「御丁寧に」


 慰労金なり退職金なりでいいだろうに、手切れ金ときたもんだ。

 まあいい、お金には違いがない。

 王子がドサッと金貨の詰まった袋を投げて寄越した。

 結構入っている。

 働かせるだけ働かせて無一文で放り出したという批判は避けたいらしい。


「とっとと去れ!」

「お世話になりました」


 王子が後ろを向いた瞬間に、蹴り飛ばしてやりたい誘惑に駆られた。

 しかしそうするとお尋ね者か。

 私自身逃げることに不安を覚えていないけど、移住先の国に迷惑かかっちゃ申し訳ないしな。

 全くクソ王子め。


 それはともかく、どこへ行こうか?

 最低限の準備はしたいが、悪い意味で注目を浴びている王都では行動できない。

 即去らなきゃいけない空気だし。


 あそこがいいか、ハモイロン最大の港町ターフ。

 勇者パーティーが有名じゃない時、一度だけ立ち寄ったところだ。

 人の出入りが多いし、聖女に対する悪評も王都よりマシだろ。


「飛ぶよ」

「えっ?」


 奴隷君を連れて、港町ターフ郊外にワープする。


「こ、ここは?」

「ターフよ。大きな町だから、私達も目立つことはないと思うの。その首輪取っちゃうわね」


 装備者の行動を制限する隷属の首輪だ。

 そういえば第一王子のやつ、首輪を外すカギくれなかったな。

 まあいらないけど。

 ポキッとな。


 呆然とする奴隷君。


「隷属の首輪がこんなに簡単に……考えられない」

「だって私聖女だもの。あっ、クビになったんだった」

「あ、ありがとうございます」

「腕と傷も治しちゃうね」


 回復魔法で左腕を生やし、顔の傷も消す。

 うんうん、思った通り男前。

 驚く奴隷君。


「ば、バカな。欠損や古傷は回復魔法では治癒しないはず……」

「よく知ってるわね。でも私聖女だもの。あっ、クビになったんだった」

「今の行は二度必要でしたかね?」

「まあいいじゃないの。これからよろしくね、旦那様」


 ウインク一つ。

 しかしこの後のことはノープランなのだ。

 どーすべ?


「そうだ。旦那様の名前を教えてくださる?」

「レブロン・ゴーラルです」

「敬語はやめてね。夫婦なんだから」

「わかったよ、アリーチャ」


 ゴーラルゴーラル、聞いたことあるな。

 確かそんな名前の国があったけど。


「レブロン。私追放処分食らったんで、ハモイロン王国から出ていかなきゃいけないんですよ。とりあえずターフで旅支度を整えようと思ったんだけど、その先のことは考えてなくて。レブロンにいいアイデアあります?」


 戦争奴隷というからには、レブロンは他国人なのではないだろうか?

 レブロンの母国がいい国なら身を寄せてもいいしね。


「なくもないな。アリーチャのワープはどこまでなら飛べるんだい?」

「一度行ったことのあるところならどこへでも。でも私は国外に出たことがないのよ。魔王の住処以外には」


 魔王が勢力を誇っていたのは、北東の荒野の向こうの岬付近だし。


「南の砂漠を越えよう。僕の母国がある。かなりの覚悟と準備が必要だけれど」

「砂漠を越えるのは大変だからってこと? あ、飛行魔法で高速移動すればいいから、持ち物は最低限でいいのよ?」

「つくづく規格外だなあ。……正確な地図はどうしても必要だな。移動に時間がさほどかからないなら、その他の準備は適当でいいか」

「ラジャー!」


 頼りになる旦那様で嬉しいわ。


          ◇


「……というわけだ」

「ふうん、ハモイロンって強欲な国なのね」


 ハモイロン王国の南端からさらに南の砂漠を飛行魔法で移動しつつ、三年前のハモイロンによる砂漠遠征の話を聞いていた。

 私が召喚されたのは一年前だから、それ以前のことはよく知らないのだ。

 要するにハモイロンが砂漠交易路の独占を狙って、オアシスを攻撃したということらしい。

 砂漠の気候は苛烈で失敗したけど。

 自然は偉大。


「僕は下手を打って捕虜になってしまったけどね。……ここだ。アリーチャ、降りてくれる?」

「えっ、ここ?」


 レブロンが指示を出してきた。

 一見何もなさそうだけどな?

 フワリと着地する。


「……本当だ。おかしな気配がある。神力かな?」

「さすが聖女だね。わかるかい?」

「うん」


 懐かしいような心地がする。


「ゴーラルの血において命ず! 聖地よ、姿を表せ!」

「おおう」


 レブロンの宣誓とともに小さなオアシスが姿を現した。

 湧き水が澄んでいる。

 飲んでみたら冷たくて気持ちが良かった。


「とても綺麗。聖地?」

「そう。オアシスの小国家ゴーラル王国が代々管理しているんだ」

「ひょっとしてレブロンって王子様なの?」

「まあね。三年前捕えられた時に奴隷に落とされた」


 王子様だって。

 マジでお買い得物件でした。

 私の眼力すごい。


「アリーチャ、こちらへ来てくれるか」

「はいはーい」


 地下への入り口がある。

 レブロンの後について中へ。

 あれっ? ここは……。


「……不思議。この場所、見覚えがある気がする」

「やはり」

「ねえ、何なの? ここは」

「『千年の乙女』の寝所と言われている」

「『千年の乙女』?」

「千年に一度現れて魔を祓い、繁栄をもたらすとされる存在だよ」

「へー」

「おそらく君が『千年の乙女』なのさ」

「えっ?」


 私はそんじょそこらの聖女ですよ?

 魔を祓えと言われれば祓いますけれども。

 伝説的な存在と同一視されるのは恐れ多いんですが。


「正確な記録は残っていないんだが、そろそろ次の『千年の乙女』が現れるサイクルではあるんだ。ここから先は推測だけど、おそらくハモイロンは未覚醒だったアリーチャを、莫大な神力を持つ聖女として召喚した」

「およよ」

「君は記憶を失ったんじゃないんだ。誕生前だったから、この寝所のおぼろげな記憶しか持っていなかったんじゃないか?」


 何だかそんな気もしてきました。

 でも今更そんなこと言われても困る。


「ええと、では私はどうすれば?」

「どうもこうも、アリーチャは僕の妻だろう? 僕に愛される以外にすることなんかないんじゃないのかい?」

「そうでした」


 私の旦那さん、マジで頼もしい。


「ゴーラルのオアシスに行く。今ゴーラルは祖父が治めているんだ。皆が僕の帰りを待っている」

「わかりましたわ」


 ゴーラル王国へびゅーんと飛ぶ。


          ◇


 ――――――――――三年後。


 大規模な気候変動で砂漠は緑地化した。

 オアシスの小さな交易国だったゴーラルは、急速な発展を遂げようとしていた。


 六年前のようにハモイロンが砂漠に遠征することはできなかった。

 何故なら気候変動が飢饉に繋がっただけでなく、新たなる強力な魔王が出現し、国土を圧迫していたから。

 勇者パーティーの仲間達をはじめ、目端の利く者はハモイロンから逃げ出し、ゴーラルに身を寄せた。


 勇者パーティーのゴリマッチョの戦士?

 こっちに来てからいい人が見つかったみたいだよ。

 私も祝福してあげたい。


 最早聖女に頼れなかったハモイロンはさらに二年後、あっさり滅びた。


          ◇


「アリーチャ」

「何ですか?」


 飛ぶ鳥を落とす勢いのゴーラル王レブロンが、私こと妃アリーチャに話しかける。


「言い忘れていたことがあったんだ」

「何かしら?」

「歴代の『千年の乙女』に、アリーチャほどデタラメなパワーを持った者はいないんだ」

「えっ?」


 だから何なのだろう?


「多分途中で起こされたから、常識というかリミッターというか、そういったものを置き忘れてきてしまったと思うんだ」

「そうかもしれませんがどうせよと」

「僕に愛されてくれ」


 もう、レブロンはすぐそういうことを言うんですから。

 愛しい人め。


「そしてゴーラルを愛してくれ」

「はい」


 ゴーラルとはレブロン本人のことであり、国のことでもあるのだろう。

 ゴーラルは私を妻として聖女として遇した。

 であれば私も妻としてだけでなく、聖女として国を見守らなくてはなるまい。


「元砂漠である沃野を開発しなければならん。そして魔王を撃退し、魔王に対抗している都市国家群を救いたい」


 ハモイロンの王家は滅びたが、以前ハモイロンの支配下にあった都市の中には魔王に抗して独立を保っているところもある。

 魔王の攻勢も強くないので命脈を保っているのだが、それが続くとは限らない。


「私が思うに、旧ハモイロン北東の岬は瘴気が集中しやすいんですよね。私一度浄化したんですけど、すぐに次の魔王が現れたくらいですから。魔王出現の詳しい条件はわかりませんが、いくら魔王をやっつけても、次の魔王が生まれちゃうんじゃ意味がないです」

「ふむ、ではどうするのがいいだろうか?」

「和解できれば一番いいです」


 先代の魔王はわからず屋だったので聖女ビンタで消滅させてしまったが、今の魔王もそうだとは限らないし。

 会談してみるくらいはいいんじゃないかな?

 聞きわけがないなら聖女ビンタして……聖女クビになったから非聖女ビンタかしら?

 また次の魔王に期待すればいい。

 話の通じる魔王が現れるまでビンタしまくる。


「私がちょっくら魔王岬までワープして話してきますよ」

「……心配するだけムダだろうな。アリーチャの聖女パワーを信じている」

「お任せを」


 正直私一人の方が成功率が高い。

 自分のこと以外心配しなくていいし。


「しかしちょっと待ってくれ。旧ハモイロンの都市国家群に使いを出し、連絡を取っておこう」

「それも私が承りますよ。レブロンは開拓の方を指揮してくださいよ」

「そ、そうか?」


 まったくレブロンは心配性なんですから。

 かつて砂漠だった地域の開発の方が、よっぽど時間がかかるのに。


「アリーチャ」

「レブロン」


 名前を呼び合い、そして抱きしめ合う。

 ああ、私聖女として呼び出されてよかった。

 心からそう思います。

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