其の三十九

「あたたた…… 」


 小夜子の家に避難した私は、小夜子に用意してもらった救急箱で三善の手当てをしていた。 窓の外には何人もの警察官と、巡回するパトカーが数台。 ここにも聞き込みに来て、小夜子が相手をしてくれている。


「ありがとね、こんなに怪我するまで頑張ってくれて 」


 口元には殴られた痕。 着ているジャージの肘や膝は破れて擦りむいた肌が見える。 血が滲んでいる所に絆創膏を貼ったけど、私は処置も下手くそらしい。


「気にすんな、これくらい出来なきゃ男じゃねぇんだよ 」


 少し元気がない声で強がりを言うのは照れてるんだろうか…… なんか子供っぽくて笑えてくる。


「優斗君、大丈夫かな…… 」


 勝負をしよう…… そう優斗君は言っていた。 今まで藤原に負けたことがないと言うのだから心配することではないけれど、それでも心配になってくる。


「あの人は負けねぇよ。 覇気っていうか、気合いっていうか…… 同じ道の俺が言うんだ、信用しろ 」


 『うん』とひとつ頷いて答える私に、三善はデコピンを一発。


「あたっ! 」


「湿気た顔で迎えられるのが一番キツいんだよ。 菅原さんを笑顔で迎えてやれバーカ 」


(…… 三善のくせに )


 こいつと話してると安心する自分がいる。 薄々気付いてたけど…… 今は認めたくない。  


「警察帰ったけど、もうちょっと様子見た方がいいかもねー 」


 聞き込みに来ていた警官の相手をしていた小夜子が部屋に戻ってきた。 ちょっと時間がかかっていたみたいだが、上手くはぐらかしてくれたようだ。


「ありがとね小夜子、おじさん達にまで迷惑かけちゃって 」


「アンタのせいじゃないでしょ? 藤原って奴らが全部悪いんだから。 パパとママは全然気にしてないよ 」


 小夜子パパと小夜子ママは、突然家に上がり込んできた私達を笑顔で迎えてくれた。 傷だらけになった三善にも何も聞かず、ご飯食べていきなさいとか、お風呂入っていきなさいとか、泊まっていきなさいとか…… 小夜子の人当たりの良さはここから来てるんだなと思う。


「目的は果たせた? 」


 私は小夜子に頷く。 藤原の行方がどうなったかは分からないけど、旧日本兵の幽霊があの裏路地で誰かを襲うことはもうない筈。


「お前の霊苻ってやつ、スゲーな。 おっさん真っ二つにしちまったんだぜ? 小夜子にも見せてやりたかったぞ 」


「うげ…… グロいよ春樹。 人間が真っ二つなんて見たくない 」


「人間じゃねーよ、幽霊だ。 悪霊だ。 安倍晴明だって煮たり焼いたりしてたじゃねーか 」


 煮たりはしてないと思う。 三善は『ワハハ』とヒーロー気取りで笑うけど、一歩間違えれば三善が取り憑かれてもおかしくない状況だった。 こんな危ない事は二度としたくない。


「陰陽師に目覚めちゃったの? 美月 」


「やめてよ。 私じゃ全然力不足…… 三善にも怪我させちゃったし。 あんな怖い霊を、いつも相手にしてたおばあちゃんがスゴいと思う 」


 前に霊苻を暴発させた時に見た、おばあちゃんの身のこなしが納得出来た。 


「俺はいい経験が出来たと思ってるぜ。 でもよ、取り憑かれた人間ってあんなに強くなるんだな。 狭い通路で上手く立ち回れなかったのもあるけど、広さがあってもあれは苦戦しそうだ 」


「きっと恐怖心とか痛みとか、色んなものがないからだと思う。 それに藤原は空手もやってたっていうからじゃないかな 」


(もし三善が取り憑かれたら、私はこいつを助けることが出来ただろうか…… )


 そう考えると、今回もまた自分の無謀さに情けなくなってくる。


 もしあの時私の霊苻が効かなかったら……


 もしあの時優斗君が来てくれなかったら…… 


「とおっ! 」


 突然私の背中に小夜子がダイブしてきた。 肩から手を回して私をギュッと抱きしめてくる。


「お疲れ様。 アンタは自分に出来ることを精一杯やったんだからいいじゃん! もっと胸を張っていいと思うよ 」


 小夜子が耳元で囁く。


「…… うん 」


 そっか…… 私が暗い顔しちゃいけないんだ。 小夜子は私を信じてくれたからこそ協力してくれた。 三善は体を張って私を守ってくれた。 優斗君だって……


「三善、もうひとつお願いしていい? 」


「おう、一つでも二つでもいいぞ 」


 思わず胸がトクンと鳴った。 不覚…… 二つ返事で嫌な顔せず返してくれる三善がカッコいいと思ってしまった。 小夜子はそんな私の気持ちを悟ったのか、クスクス笑い始める。


「これから連れていって欲しいところがあるの 」


 今回のこの結果で、何が変わるか分からない。 何も変わらないかもしれない。 でも私は、三善が言ったように優斗君を笑顔で出迎えようと決めた。


「私も行っていい? 」


 小夜子が再びギュッと抱きしめてくる。 そうだよね、この二人には見届けて欲しいと思った。


「うん、逆に私からお願いするよ 」


「んじゃ行くか 」


 私達は警察の動きが収まったのを見計らって三善の軽自動車に乗り込む。 時刻は既に夜中の1時過ぎ…… 静まり返った住宅街を、静かなエンジン音を響かせて車は走り出した。

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