其の十三
何度もボールペンを落としながら、優斗君が書いた二人の友達の名前。
書き終えた優斗君は力みすぎたのか、テーブルに突っ伏して動かなくなってしまった。
「凄いね、あっという間にボールペン使えるようになったんだね 」
「集中するので凄く疲れますけど…… 端から見たらボールペンだけ動いてるように見えるんでしょうか? ポルターガイストですね 」
突っ伏したまま優斗君は力なく笑っている。
「少し休んでて。 この人達の住所分かる? あ、口頭でいいからね 」
私は優斗君が言う住所を名前の下に書き足す。 うろ覚えの記憶で番地までは分からないと言うが、それをタブレットのマップアプリに入力し、表示された位置を地点登録した。 おおよその住所が分かれば、後は足を動かして探せばいい。 藤原という人は会社から一駅離れた住宅街、角田という人はここから私の自宅マンションに帰る途中にあるようだ。
「今から角田君の家に寄ってみようか? 」
「え? 今からですか? 」
「うん。 友達に君の高校出身の人がいないか返事待ちだけど、その間に話が聞ければいいかなと思って 」
「行動派ですね。 僕の為にどうしてそこまでしてくれるんですか? 」
恩返しならお断りです! そんな表情の彼に私は笑う。
「私も橘さんに会ってみたくなっちゃったから 」
「え…… 美月さんがですか? 」
訳が分からないといった顔をする優斗君に、君の好きな人がどんな人なのか興味があるなんて言えない。
「まぁ何でもいいじゃない。 さ、帰る支度しないと 」
私はテーブルに広げたタブレットやらメモ帳やらをバッグにしまい込み、部屋着から着替える為に二階の自室に駆け込んだ。
(運良く橘さんが見つかって彼女に会ったとして、それからどうしよう…… )
着替えながらそんなことを考える。 いや、先ずは彼女がどこにいるのか探すのが先だ。 どうするかはその後でいい。
「…… よし、行こう! 」
部屋の姿見の前で、私はロングカーディガンを気合いを入れて羽織るのだった。
実家の最寄りのバス停から駅方向のバスに乗り、5つ目のバス停で降りて古い商店街の中を歩く。 駅近くに大きなショッピングモールができたのと、近くに大型スーパーが出来た影響によって、昔は賑わっていたこの商店街はシャッター街となってしまっていた。
「昔は何度か来た事あったけど、こんなに寂れちゃってたんだね…… 」
ほぼ通路と化してしまった商店街を見まわしながら私は優斗君と歩く。 すれ違う人は少なく、その中に混じって幽霊さんの姿もちらほらある。 足がなかったり、人型の黒いモヤに見えたり。
(そうそう、こういうのが幽霊なんだよ )
チラッと優斗君を見て、やっぱり彼は特別なんだと一人で納得する。 でも、ちょっとこの辺は幽霊さんの数が多いような気がする。
「ここ覚えてます。 確か…… 」
優斗君はフラッと小道に入り、景色を確認しながら商店街を抜けた。 私もその後に続き、座り込んでいる強面の幽霊さんに睨まれながら小道を抜ける。
「ここを真っ直ぐ行った先が角田の家だったと思います 」
優斗君に先導されて何分か歩くと、すぐに角田君の家が見つかった。 二階建ての古い一軒家…… 小さな庭が塀の隙間から見えるが、あまり手入れはされていないようで雑草が伸び放題だ。
(まぁそんなことはどうでもいいか)
私は玄関についているインターホンのボタンを押した。
「…… あれ? 」
何度かインターホンを押すが誰も出てこない。 まぁ休日の昼間だもんね、留守なのも無理ないか。
「無駄足でしたね、ごめんなさい 」
「ううん、優斗君のせいじゃないでしょ? 留守ならまた来ればいいから 」
諦めて玄関を離れたその時、カチャっと鍵を開ける音がして玄関ドアが少し開いた。
「あ…… 」
優斗君につられて玄関を見ると、ひげ面のボサボサ髪の大きな男が顔を出していた。
「なんか用? 」
低い声の大きな彼は、顔だけを玄関から出して怪訝な表情で私を見ている。
「あ…… か、角田敦君…… ですか? 」
精一杯の勇気を振り絞って、ひげ面の彼に名前を聞いてみる。 男を前にすると、防風林で襲われた時の事がフラッシュバックしてしまう…… 軽い男性恐怖症なのかもしれない。
「そうだけど、あんた誰? 」
低く警戒するような声に圧されて次の言葉が出てこない。
「大丈夫、彼は怖くないですから 」
優斗君がポンと私の肩に手を置いてくれる。
(うん、ビビってる場合じゃないよね! )
「安倍と言います。 ゆ…… 星藍高校の卒業生にアンケートを取っていまして 」
いきなり優斗君の名前を出すのもおかしい気がして、思い付きでそう切り出した。
「アンケート? 何の為に? 」
だよね。 もっと自然に聞けるよう考えてくるべきだったと今更後悔する。
「あの…… 同窓会名簿の制作を委託されまして、連絡の取れない卒業生に訪問して連絡先を伺ってるんです 」
口から出まかせ…… なんとか食いつながなきゃ。
「委託? 誰から? 」
ですよね。 個人情報なんてそんな簡単に教えてくれないし、こんな訪問で聞くなんて怪しいことこの上ない。
「
「く、クラス委員長だった小田さんからです 」
優斗君が耳元で助け舟を出してくれた。 角田君はフーンと怪しげに私を見ていたが、クラス委員長の名前を聞いて安心したのか、素直に電話番号を教えてくれた。 警戒心なさすぎじゃないですか?
「ありがとうございます。 それと、橘早苗さんの…… 」
ボーっと私を見る角田くんの顔が赤い。
(風邪でもひいてるのかな? 顔色悪そうだし )
「あの…… 具合悪いんですか? 」
心配になって聞いてみる。 角田君はイヤイヤと首を振って頭を掻いた。
「い、いや…… あんたの番号を教えてくれないかな? 」
…… え? そっち?
「あ…… はは。 ごめんなさい、彼氏いるもので…… 」
口から出まかせ。 あからさまに落ち込む角田君には悪いけど、彼には全く興味がないどころか苦手な部類だ。 教えてめんどくさいことになるのも嫌だし。 でもそんな断り方をする自分が虚しくなってきた。
「そ、それとですね、橘早苗さんの連絡先を知りませんか? 」
「橘? あぁ、そういえば引っ越したんだっけ。 どこに行ったんだったかな…… 藤原君なら知ってるかもしれないけど。 今聞いてみる? 」
「いえ、彼にも直接許可を取らなければ名簿に掲載するわけにもいかないんで。 ありがとうございました 」
橘さんの行き先を知らないんじゃ、ここに長居する意味はない。 私は話を切り上げて早々に立ち去った。 チラッと後ろを振り返ると、門まで出てきた角田君が私を見送っている。 そんな角田君を、優斗君はそこに残って無表情で見つめていた。
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